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最終話  希望の少年

   最終話  希望の少年

    

 レイが成長するにつれ、やはり母親である春香も歳をとり昔の復讐を心の奥底にしまいこんでいた。

 きっかけはレイがもうすぐ15歳になる事を知ったときだ。春香が昔住んでいたところでは15歳になると一人前の大人として見られる。いや、その時彼女が連れてこられたから余計覚えているのだろう。

 レイの人生を縛りたくないが、一方で彼なら神への復讐が可能だと思えた。

 レイが15歳になった日。春香は彼に静かにこれまでの事を話した。この土地のこと、彼女の過去、そしてあの実験のこと。そして、この世界に来てから今までのこと。実験についてはゲームと言い表した。何故かそれが一番良いと思えたからだ。

「知らないと思うけど、私が居た世界では15歳になると大人として認められたの。だから、ここからはあなた自身で自由に決めて良いわ。話はそれだけよ。」

 言い終えて、レイは自分の部屋に戻って行く。春香は一人になって初めて気がつく。ただただ、春香はレイに自分の過去を押し付けているだけだった。

「やっぱり、言わなければ良かった。」

 これはレイの誕生日に言うべきだったのだろうか。

 次の日からレイは外に出かけては遅くに帰ってきた。食事中も何か考え事をしているらしく、聞くことも出来ずにいた。

 それがある時、レイは嬉しそうに春香の前に駆け寄ってきた。久しぶりに彼の顔をしっかりと見たような気がする。

「お母さん。僕ね、外の世界に行けたよ。」

 レイは外の世界に行けたことを春香に説明した。その中で見たものをうれしそうに語っている。彼女はその姿に言い知れぬ恐ろしさを覚えながら、極めて冷静に反応した。

「そう、別の世界に行けたのね。」

 春香はあくまで冷静に応えた。ここは冷静に答えなければならないところだ。

「これからどうするの。外の世界を知った以上、外に行きたいでしょう。」

 春香は口に出してすぐに後悔した。レイの答えが聞きたくない。けど、聞きたかった。

 レイは頷いた。彼は春香が安心して住める世界を探してくると言った。

「僕が、母さんの望む世界に連れて行ってあげる。」

 春香はレイにまっすぐ見つめられた。その眼差しに幾らかの罪悪感を覚え、目をそらす。彼の目を見られなかった。彼女が彼の日常を変えてしまったのだ。



 その夜、春香は夫と一緒にテーブルを挟んでレイと向かい合った。

 レイは視線は宙を泳いでいたが何かを決めたのか春香たちを見た。彼は一度深呼吸すると、夫の前でこれまでの事を話し始めた。彼女から聞いた話と別の世界に行けたこと。夫相手に話をするというのは勇気がいるだろうと思った。夫はレイに対して何時も厳しいからだ。

 夫はレイの話が終わると、春香を怒りだした。彼女は何も言えず視線を落とす。彼女の言葉がこんな結果を招いてしまったのだから仕方ない。

「ちょっと、やめて。母さんをいじめないで。」

 レイは慌ててそれを止める。夫は黙りこみ、誰もしゃべらない時間が生まれる。

 夫が怒る気持ちは分かる。知らなければこの世界でみんな一緒に過ごせたんだから。けど、それが本当に幸せかどうかは分からない。

「この世界でいいじゃないか。他の世界に行ったってここより良いという保障があるのか。下手をすれば戻ってこれないもしれないんだぞ。」

 レイは夫を説得しようと、色々と言葉を並べる。しかし、今の夫にそんなものは通用しない。終わりの見えない言い争いが続く。春香はさらにテーブルの端で縮こまった。何故このような事をしてしまったんだろうと自問する。

「もう、勝手にしやがれ。とっととその別の世界とやらに行って、二度と帰ってくんな。」

 夫は吐き捨てるように言うと自分の部屋に行ってしまった。春香はその後を追いかける。夫は寝室に座り込んでいる。彼女からは背中だけしか見えない。

「ごめんなさい。私がいけないの。私がレイにすべてを話したから。」

 夫は春香を見てまた前を見た。

「もう、いい。何時かはこうなると決まっていたんだ。あいつが生まれた時から。」

 夫が生まれたばかりのレイを抱き上げたとき、泣き声で世界にひびが入った。その時彼は思ったんだろう。何時かレイが自分の力に気き、それを使用する時が来ることを。

 夫はそれ以上何も言わず。春香は彼の背中を見つめた。



 太陽の昇りきらない朝。大きく開けた亀裂の前で、レイは春香たちや近所の人たちに別れを告げる。夫は彼女が連れてきた。嫌々言ってはいるが、それ以上の抵抗はしなかった。

「ふん。勝手にしやがれってんだ。俺が居なくてもいいだろうが。」

 夫はそれだけ言うと、何も言わずむすっとしている。春香は無言で彼の脇腹を叩いた。そんな事しか言えないのか。痛そうにしているが気にしない。

 場の空気を変えようと近所の人達が声をかけてくれている。

「とにかく行きっぱなしじゃなくて、必ず帰ってこいよ。帰ってこないとお母さんが心配するぞ。」

 近所に住むおじいさんが声をかけている。他の人たちもその言葉に被せるように帰ってこいと言っている。

 春香はポケットに手を入れる。そこにはペンダントがある。彼女はレイに近づき、ペンダントを取り出した。

「これを持って行きなさい。これがある限り、あなたと私は何時でも繋がっているわ。」

 レイは春香からペンダントを受け取った。赤い石が付いたペンダントはキラキラと光っている。彼は礼を言ってすぐ身につけた。

「お、おい。それってまさか。」

 春香は笑顔で振り返り、夫を睨んだ。何も言うなという念を送る。彼が黙ったのでレイを見た。

「無理しちゃ駄目よ。何時でも戻ってきていいんだからね。」

 レイは春香に頷く。彼は彼女があげたペンダントに触れている。

「ほら、あんたも何か言いなさいよ。子供じゃないんだから。」

 夫を見れば、不機嫌な顔をしている。やっぱり、大切なペンダントをレイに渡したからだろうか。レイには彼女が身につけていたものを着けていて欲しいから仕方ない。

「レイ、いってらっしゃい。」

 レイは春香の声に押されるように一歩踏み出した。

 春香は亀裂の先に消える息子を見ながら、無意識に手を伸ばしていた。

「おい、春香。泣くなよ、あいつは必ず戻ってくるさ。」

 春香は泣いていた。声を押し殺し、ただ泣き続けた。

 お願い、必ず戻ってきて。



     私たちの価値 (上) 絶望の少女と希望の少年  完  

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