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第四話  世界

   第四話  世界

    

 どこからか目覚まし時計の音が鳴っている。春香が何時も使っているものだ。どこにある、どこだ。何度か探してみるも見つからないので仕方なく目を開けた。

「おはよう。よく眠れたかな。」

 男の声が聞こえる。世界は相変わらず真っ暗だ。

「朝食を用意した。準備が出来たら中央の部屋に来ると良い。」

 途端に部屋の灯りが付いた。身支度を済ませると、部屋の中に料理が載せられたカートが現れた。先程まであったものなのか現れたのものなのかわからない。いや、もう気にしないほうがいい。気にしたら疲れるだけだ。

 春香が食事を終えて部屋を出れば中央の部屋には何人か居た。自分の部屋に戻ってもすることが無いので階段に座ってただ他の人たちを眺めた。時間が経ち徐々に人が増えるものの平均台のあった部屋の時よりも明らかに人数が少ない。かなり減ったということだろうか。目視で十数名しかいない。

「さあ、集まったようだね。さあ、今日も元気に始めようか。」

 意味もわからずただ生き残るために部屋を通るのだ。そこでどんな事が起きるとしても。



 次の部屋に入ったとき、ふわっといい匂いがした。食べ物では無い。もっと良い香り。香水だ。

 次の部屋はこれまでとは違ってデパートのワンフロアのような所。その中には沢山の衣類やアクセサリー類がある。

「ここには沢山の服やアクセサリーがある。好きな物を選んで先に進んで欲しい。選んだら次の部屋で着替えて先に進むんだ。自由に選んで良いよ。」

 人々はすぐにフロアに散らばった。春香も近い所から順に見ていく。沢山あってどれを選べば良いか正直わからない。ふと、値札を見れば気を失いそうな値段が付いている。

「そうそう。値札が付いているかもしれないけど気にしなくていい。全部タダだから。それと、次の部屋には幾つでも持って行っていいよ。着られる量は決まっているだろうけどね。」

 言われて値段を確認する人がちらほら。春香にとって未知の世界だった。選び放題の中でフロア中を歩きまわる。フロアには鏡と買い物かごが適度に配置され、選択をサポートしてくれる。フロアは意外と広くていくら時間があっても足らない気がした。

 気がつけばフロアには男性陣は居なくなり、女性ばかりになっていた。昨日から時間感覚が狂っている。今何時なのかどのくらい経ったのか分からない。最後に出るのも良くないのでかごの中身を確認してフロアを出た。



 春香が次の部屋に入り扉を閉めた途端。扉から金属音が聞こえた。試しに開けようとすると開かない。まだ彼女の他にも居たはずだ。

「なんなのよ。何が基準なのよ。」

 春香が扉を押したり引いたりしてみるものの全く動かない。何故彼女が次の部屋に行けて、残っていた人たちがこの部屋に来れないのだ。

「また君が最後かい。早く着替えたほうが良いよ。」

 何処からか男の声がする。この男は一体何を何の基準で行っているんだ。

「あんたな……。」

 春香は噴きだした言葉を飲み込んだ。ここで言っても何も変らない気がした。不思議がる男を無視して言われたとおりにした。

 部屋を見渡せば、両側に沢山の仕切りがあり、この部屋はただ着替えをするためだけに存在しているように思えた。左が男性、右が女性で、それぞれ個室になっているようだ。のぞき見防止だろうか。次の部屋への扉は目の前にあるが、開かない。彼女は仕方なく言われたとおり着替えた。

 春香はこの際なのでドレスのような派手なものも考えたが、それを来て何をするのかという考えに至った。暑いので結局水色のワンピースというあっさりな形に至った。あとは靴と時計とネックレス。母親は居ないし、何時終わるか分からないのだから好きなようにしたい。

 部屋には大きなゴミ箱があった。この中に脱いだ服を入れろということらしい。大きなゴミ箱は余った服を飲み込んでいく。

 次の部屋に進む春香。身なりが変わっても何も代わらないような気がした。



 春香が次に入った部屋はとにかく豪華だった。まるで、中世のパーティー会場。いや、本当にそうなのかもしれない。本やテレビで見たことのある世界がそこに広がっていた。ドレスやタキシードを着た沢山の人々が踊っている。彼女は格好が場違い過ぎてその場から動けなかった。何故こんな服を選んだろうと思ってしまう。近くの壁に張り付いてただただ眺めていた。一緒に部屋を通ってきた人を探せば簡単に見つかった。同じく場違いな服を着ているからだ。それでも、給仕から飲み物を貰って飲んだり、周りの人と話をしている。場違いなりに溶け込もうとしているようだ。

 良く見てみれば踊っている人たちは春香たちの事なんて気にしていない。ただただ自分たちの世界を楽しんでいるように思えた。

「さあ、みなさんそろそろ……。」

 部屋の中で、一番偉そうな人がみんなを誘導して別の部屋に連れて行ってしまった。大きな音を立てて扉が閉まる。残ったのは他の部屋から来た人々のみ。人数はもう数えられるほどだった。たった八人だ。

 人が多くて気が付かなかったが、部屋には扉が三つある。入ってきた扉とみんながぞろぞろと出て行った扉。そして、もう一つの扉。

 みんなが出て行った扉は開かなかった。春香はもう一つの扉に手をかける。引いてみれば案外すんなりと開いた。

「あの子行っちゃった。付いて行っちゃった。」

 残った人たちが部屋を出て行く中、しゃがみ込んで頭を抱える女性。話を聞けば、先ほどの移動でそのまま他のみんなに付いて行ってしまった人が居るそうだ。彼らがどうなったか分からない。ただ、目の前から消えてしまっただけだ。

 春香は女性を立たせると一緒に部屋を出た。残りの人たちは部屋の外で待っていた。

「もう、俺達だけか。」

 今や数えられるほどの人数になってしまった。

「なんなのよもう本当に。どうしてこんなことしなきゃいけないのよ。」

 残った春香たちと消えていった人たちに何の違いがあるというのだろうか。

「このままじゃ全員消えちまうぞ。あの野郎何がしたいんだ。」

 男が通路の壁を思い切り叩く。春香も怒りたい気持ちでいっぱいだ。だけど、どう怒れば良いか分からない。だって、本人が目の前に居ないのだから。



 春香たちは次の部屋に入った。目に飛び込むピンク色の世界。派手な装飾が施された部屋は薄暗く、その場にとどまり難い印象を与えている。

「なんなのこれ。趣味悪い。」

 微かに香水の匂いがする。この部屋は何なのだろうか。

「ここまで来たのは君たちだけかい。」

 突然あの男の声が聞こえてくる。探しても見つかるものでは無いが、春香は反射的に周囲を見てしまう。

「そんなに私の姿が見たいかい。」

 男の声の後、部屋の中心が白く光り始めた。春香は眩しさに顔を背ける。光が消え、再び部屋の中心を見ると一人の男が立っていた。

「うん、なかなかだね。現実と区別がつかない。しかしこれは……。」

 男は体を動かしながら独り言を言っている。

「ひっ、人が現れた。どっから来たんだよ。」

 男は体を動かす事をやめると、春香たちを見た。

「何処から来たと言われれば、神の世界とでも言っておこうか。それにしても……。」

 男は春香たちを一人ずつ見ていく。まるで商品を見ているような。そんな印象を受けた。

「ここまで来たのは君たちだけなんだね。まさか一桁だとは思ってなかった。もう少し居ればこの実験も出来たのに。まぁ、いいか。」

 春香は男の言葉に怒りを覚え、ただ吐き出すように言い放った。

「あのさ、聞きたいことあるんだけど。あんた何なの。なんで私たちがこんな事しなきゃいけないの。」

 春香の声が徐々に大きくなる。その声をかき消したのは男の笑い声。

「君たちはやっぱり人間だね。これで実験はおしまい。君たちが人間かどうかの実験だよ。」

「人間かどうかって。私は人間よ。今まで見てきた人たちだって同じ人間だったわ。一体何が違うのよ。あなたこそ神の世界とか言って頭おかしいんじゃないの。」

 目の前に居るこの男が神だというのなら、神などという存在は誰にでもられるのではないかと思えるほどだ。信じがたいの一言だ。

「頭がおかしいか。あはははは。流石はミスター・アラタニの子供だ。その思考回路に恐怖を覚えるよ。」

「だから……。」

「もう、実験は終わりだよ。君たちは用済み。消えていただこう。」

 春香は言葉は男の声で遮られた。男が手で宙を切ると背後で聞こえるうめき声。床に倒れる女性。すぐに跡形も無く消え去った。

「ちょっと待って、だから何故なのよ。何故私たちがあんたの実験に参加しなきゃいけなかったの。みんな何処行ったのよ。教えてよ。」

 春香自身にもどうすれば良いか分からない。目の前で起きていることがあまりにも現実離れしている。気が狂いそうだ。

「そう言われてもね。君たちが被験者として提供されただけなんだ。ここに辿りつけなかった人たちはただ消滅しただけ。」

「提供されたって何よ。消滅したって何よ。何でこんな事するのよ。同じ人間でしょ。」

「同じ人間だって。」

 男は笑う。部屋中を満たす笑い声。春香は馬鹿にされたと感じて、男を睨みつけた。

「君たちからはそう見えるだけだよ。他人とは自分から見える対象。本当の他人というのは分からない。それに見た目は同じでも君たちと私とでは何もかも違うんだよ。」

「だから……。」

 春香はもう呆れ気味に言おうとした。その言葉を男は制止する。

「君達は余分に増えた自己の分身だ。本体さえ居れば大丈夫なんだよ。」

「本体って、どういうこと。」

 予想していなかった言葉に春香は黙りこむ。もう何もわからないような気がしてきた。

「だから、君たちは誰かのクローンなんだよ。もう、元の生活になんて戻れないんだ。」

「わからないわ。そんなの信じられるわけ無いでしょ。どうしてそんな事になるのよ。」

 春香自身空しい抵抗だと思っている。それでも言葉を出さないと何もかもが消えて無くなりそうなそんな気がした。

「我々は君たちの知っている人間じゃない。神と呼ばれる人間なのだよ。そして、君たちは我々人間が創りだした別の人間ということさ。」

 春香は何度も首を横に振る。必死に受け入れようにも受け入れられない。

「理解出来ないわ。別の人間ってどういうことなのよ。あんたと私で何が違うっていうのよ。」

「別の人間っていうのは別の人間さ。私が考える人間と君が考える人間が違うだけの話だよ。しかし、本当に君は出来が良い。まるで同じ人間と話しているようだ。消すのが本当に勿体無いな。」

 少々悩む男。ぶつぶつと何か言っているが春香のところからは聞き取れない。

「ひと思いに消してやりたいが気が変わった。君たちに新しい世界を提供しよう。」

 男はしばらくの後顔を上げると、春香たちを見回した。男は背後にある扉をノックした。独りでに扉が開く。春香の位置からは扉の先が見えない。

「さあ、ここから先は君たちの自由だ。この扉の先に住むか、今ここで存在を消されるか選ぶと良い。」

 選択の余地など無かった。全員が扉から部屋を出る。その先は真っ白い世界。ただ背後に扉があるだけ。

「君たちの邪魔はしないよ。けど、人数が少ないからもう少し増やすかもね。」

 扉は静かに閉じられた。次の瞬間、空間に色がつき、世界が現れた。突如体を突き抜ける轟音。

 扉の先は時計台。真上で鐘が鳴っている。鐘が鳴り止み、春香はふと辺りを見回す。西洋の街並み、その先にはどこまでも続く青い海。背後にはそびえ立つ山。辺りを見回しても人一人居ない。本当に彼女たちだけのようだ。

「俺たちは生きている。ここでまた始めよう。」

 誰かが言う。受け入れられないものを無理矢理受け入れながら、彼女たちの世界が始まる。

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