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第一話  始まりの場所

   第一話  始まりの場所

    

 少女は真っ暗な世界に居た。何も見えない中で、知らない言葉だけが彼女の耳を通り抜ける。

 少女は必死に音声を認識しようにも、理解できない。それは地球上のどの言語にも属さないのではないかと思われた。彼女が何故ここに居るのか、こんな状態なのかはわからない。気がついたらここに居るだけ。

「ここは何処なの。ねえ、ここは……。」

 直後軽快な音とともに視界が反転した。

 頭部への衝撃と共に少女は目覚めた。体の感覚が戻ってくる。机に寝ていたらしい。起き上がると眼の前には教科書を持った女の先生が。ああそうか、今は授業中なのか。暑いから眠ってしまったようだ。少女は起きていない頭を使いながら周りを認識していく。蝉の鳴き声がどこからか聞こえてくる。

「ほら、授業中寝ないの。」

 先生は少女が起きたのを確認すると黒板前に戻っていった。

「春香。授業中なんだから寝ちゃ駄目だよ。」

 背後からは友の声。少女は春香。真鍋春香だ。

 春香は乱れた髪を直しながら前方を見た。今も授業は続けられている。黒板にはびっしりと文字が書かれていて、脳が理解する事を拒んだ。それよりも夢の事が気になった。彼女は夢の内容を覚えている。何故あんな夢を見たのだろうか。あれは、何だったのだろうか。

 目の前では先生が必死に今日の授業内容を生徒に説明している。いや、必死になっているのは生徒に教えるためではなく、上手く説明出来たことを証明したいためか。噂によれば先生には教科書以外に授業を教えるための教本があるそうだ。

 生徒にとっては先生自身の言葉か教本の言葉かなんて関係ない。ただ、必要なことを覚えて、実践できるようにするだけだ。何故そうしなければならないかなんて分からない。

 全部の授業が終わる。ある人は部活動へ、またある人はそのまま家に帰宅する。

 春香は鞄を机から引きずり落として教室を出た。一日に必要な教科書の量は一時期少なくなった。しかし、結局は増えて元通りである。国のお偉い人が馬鹿だと国民も馬鹿になりそうだ。いや、その逆が正しいのか。

 外はまだ太陽の光が辺りを熱していて暑い。何もしなくても、自然と汗が出てくる。立ち止まるのも何なのでさっさと家に向かって歩いた。

 あとは家に帰って宿題を消化して、次の日の準備をするだけ。ただ、それだけだ。

 陽が昇った次の日。暑さだるさが身に染みる。今日も同じく授業。合間にある体育のありがたみが分かる。暑い日のプールは気持ちいい。飛び込む水の中、この時期だけは冷水を頭からかぶっても平気だ。

 とはいえ体育後の授業。これが一番厄介。体力を使ったためか、クラス中に眠気が襲ってくる。目に留まるクラスメイトすべてが眠そうに授業を受けている。

 春香も必死に眠気をこらえて授業を受けていた。時計を見ればもうすぐ終わる。もう少しで休み時間だ。休み時間なら眠れる。気が緩んだその時、急激な眠気が春香を襲った。寝てはいけないと、顔を叩いて必死に目を覚まそうとする。遠くで先生の声が聞こえる。抵抗むなしく視界が歪み、そのまま暗転した。



 薄暗い部屋の中。ディスプレイの明かりだけが部屋を照らしている。ファンと外部記憶装置の読み書きの音が聞こえる。

「よしよし。これで実験はおしまいだ。」

 ひげで顔の半分が覆われた男はディスプレイに表示された情報に目を通す。キーボードを操作して結果を印刷した。彼は印刷したプリントをまじまじと見た。実験対象一覧だ。

「やっぱり情報通信技術研究所のやつは良いな。本気になってやっている奴が居るだけのことはある。」

 気持ち悪い笑みを漏らしながらプリントを机に投げた。彼は、すぐにEメールを書き始めた。内容は頼まれていた実験は終了したとの報告と実験結果だ。Eメールを送ると投げておいたプリントを眺めた。部屋に低い笑い声が広がる。

「さてと、お遊びはやめて本当の実験に移ろうか。」

 男はリストを指でなぞっていく。今回実験対象にしたものたち。しかし、男がしたかったのはこんな実験では無い。

「お前たちが何なのか私がじっくり調べてやる。」

 キーボードを操作してコンソールからプログラムを走らせる。ディスプレイの画面は切り替り、石で出来た薄暗い部屋が映しだされた。

 男はさらにキーボードを操作すると、部屋の中に沢山の光が生まれる。その光はだんだんと人の形をしはじめた。

「さてと、準備は整った。始めようか。」

 男はリターンキーを押した。



 春香は目覚めた。横たわるは固く冷たい床。体をさすりながら上体を起こす。薄暗い中、周りには見知らぬ複数の男女。まだ彼女と同様に現状が理解出来ていないようだ。

 春香は立ち上がる。触れた手はひんやりと冷たく、床は石で出来ているようだ。同じく壁も石で出来ているらしい。四方を壁に囲まれ、出入口が見当たらない。ここは、どこだろう。何故、ここに居るのだろう。必死に記憶をたどっても学校に居た時の事しか思い出せない。

 はっとして春香は自分の体を見た。着ているのは制服では無く、お気に入りの服。じゃあ、どこかで着替えたのか。何がなんだかさっぱりだ。彼女は頭を掻く。

「おい、ここから出せよ。」

 誰かが壁を叩いたり蹴ったりしている。それは波及して人数を増やしていく。その時理解した。部屋にいるのはざっと学校の一クラス分の人数だ。いや、数えていないので正確にはもっと居るかも知れない。

 直後、どこからかノイズの混じった音が聞こえてくる。どこかにスピーカーがあるのだろうか。しかし、周りを見てもそれらしいものは無い。

「何処から聞こえているの。」

 すこしばかりホワイトノイズが聞こえると、直後男の声が聞こえはじめた。

「ようこそ。始まりの場所へ。」

 声が聞こえると部屋に居る男女が騒ぎ出す。ざわざわと耳障りな音がする。

「なんだよこれ。ここから出せよ。」

「なんで私たちここにいるのよ。こっから出して。」

 みんな、現状がわかって居ないのだ。春香も同様にわかっていない。噴出する怒りが部屋中に響き渡る。煩くて気持ち悪い。

「君たちは選ばれたんだ。ある実験をするためにね。」

 すると、壁の一つが動き出し。その先に明かりのない闇の世界が現れた。

「ルールは簡単だ。幾つかの部屋を通って、この建物から出ること。ただ、それだけだ。それと君たちにプレゼントがある。自分の腕を見ると良い。利き腕では無いほうだ。」

 男の声で各人はそれぞれ腕をみる。すると、全員に白い腕輪がつけられていた。この腕輪は何なのだろうか。それに何故利き腕を知っているのだろうか。

「これって、何を意味するの。」

一箇所に固まっていた女性グループの一人が言う。あまり良いものでは無いと思う。

「私は教えない。いずれ分かるかもしれない。ちなみにそれ自体が君たちに影響を与えることは無い。安心したまえ。」

 先ほどまで闇の世界だった空間に手前から順に明かりが灯っていく。長く続く通路のようだ。

「さてと、そろそろ始めてもらおうか。幸運を祈るよ。」

 男の声は聞こえなくなり、部屋に居る人の声だけになった。みんな口々に不満と怒りを吐き出した。何故、私たちがこんなことをしなければならないのかと。

 春香は通路を見る。この先に行けということだろう。見たくもない夢を見ているようだ。これが夢なら早く覚めて欲しい。しかし、体の感覚はある。夢では無いのだ。

 春香や部屋に居る人達はじっとしていても意味無い事を悟り、それぞれゆっくりと歩き出した。他に行く場所が無いのだ。押し出されるように今居る部屋を出た。全員が出ると先ほどの部屋の扉は閉められた。開けようとしても開かない。もう、後戻りはできないということだ。

「ほら、そこのあんた。こっちきなさいよ。一人で行動するなんて危ないじゃない。」

 春香は先ほどの女性グループに入る。面倒が起きないよう固まっていたほうが良い。グループ内を見渡すと、見た目による年齢差は様々だ。どのように選ばれたのか、どこから来たのかさっぱりわからない。

 春香たちは何を試されているのか、腕輪は何を意味するのか。彼女は悪いことが起きない限り、何も分からないような気がした。

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