私にサクラと言う名前をくれたあなた
私は造られた人間。人造人間。
人を守る為に造られた人造人間。
人造人間には掟がある。
~「主を全力で守れ」~
~「主の命令に逆らうな」~
~「人を愛するな」~ 以上の事を破ると、排除となる。
私には主がいる。名前は「アキラ」。主は私に「名前は?」と、聞いて
きた。私は「ありません」と、答えた。
すると、主が私に名前をくれた。主が私の主になった時に、私は「サク
ラ」になった。
主には家族がいない。主が子供の時に死んでしまったそうだ。この話を
してくれた時の主の顔が、とても悲しそうな顔だったから、私はつい「主
には私がいますから」と言ってしまった。主は少し驚いたような顔をして
から、穏やかに笑った。
主に恋人が出来た。とても優しくて、綺麗な恋人が。
それから月日が流れて、主に家族が出来た。小さくて可愛い子供が。
主に家族が出来てから、私はあまり動かなくなった。主の家族が全てし
てくれるから。家事も、主の見送りも。「私はもう必要ないのですか?」
そう主に聞いてみると、主は悲しそうな笑みを浮かべてから、「そんな事
は決して無いから。大丈夫だから。サクラは僕にとって、必要だよ」と、
言ってくれた。次の日から、主も主の家族も皆が、私にたくさん話し掛け
てくれる様になった。
ある日、主の家族が死んだ。車に轢かれたそうだ。主はあまり動かなく
なった。対照的に、私はたくさん動くようになった。主の家族が死んでし
まったのに、どうしてだろう?私は全然悲しくない。造られた人間だか
ら?主の家族がいなくなってから、私は主と過ごす時間が増えていった。
主が少しずつ立ち直ってきた。ずっと休んでいた仕事にも行き始めた。
笑顔が戻り始めた。だけど、その笑顔は弱々しかった。今の主には何かが
足りない。その何かが私には分からない。
主が壊れた。突然暴れ始めた。家の物を何もかも壊し始めた。
私は主を病院に連れて行った。医師は「精神への負担が問題だ」と、言
った。私は医師に「主は……、何かが足りていません。家族を亡くしてか
らです。立ち直ったと思っていたのですが」と、言ってみた。すると医師
は「彼は幼い時に家族を失っているからね。また大切な家族を失ったん
だ。すぐに立ち直れはしないだろう。そうだね……、彼に足りていないも
のは、きっと愛だろうね」
そう医師は答えた。そうか。主には愛が足りていないのか。主と主の家族
は、愛で結ばれていたのか。主の笑みが弱々しかったのは、無理をしてい
たからか。
私達人造人間には、自動的にリミッターが掛けられる場合がある。それ
は、人間を愛してしまいそうになった時。
私にもそのリミッターが掛けられていた。私は、一体主達の中の誰を愛
しそうになったのだろうか?リミッターが掛けられると、その時の気持ち
はもちろん、記憶も制御されるのだ。
リミッターを外す事にした。リミッターを外すのはとても簡単なこと
だ。ただリミッターを外すイメージをすれば、それで外れてしまう。リミ
ッターを外す事は、掟には書いていないが、排除対象になる事だ。でも、
今の私にそんな事はどうでもいいことだ。私が主達を愛しそうになった時
の記憶と、気持ちを思い出したい。それに何よりも、主を愛して救ってあ
げたい。私が愛しそうになったのは、主じゃないかもしれない。でも、愛
の気持ちを知ると主を愛する事が出来る。主は、人造人間である私の愛
を、受け入れてくれないかもしれない。それでも良い。やってみる価値は
あるのだから。
主には幸せになってほしい。新しい家族を作ってほしい。それは、私の
エゴかもしれない……。けど、主には過去ではなくて、今を見てほしいか
ら。
リミッターの外れる音が、私の身体の中に響いた。それと同時に、たく
さんのあたたかい気持ちや、主達の笑顔が流れ込んできた。よかった。私
は、主の事を、主達の事をちゃんと愛していたんだ。これで、主の事を救
える。
突然私の目から水が溢れてきた。これは、人間で言う涙と言うものだろ
う。次々と涙が零れ落ちてくる。私は人造人間なのに……。「悲しい」言
う気持ちは博士が消していたはずなのに。なのにどうしてだろう?主の家
族たちの死が、今になってとても辛く、
悲しく感じるのは……。私は、主と同様に、主の家族も愛していたん
だ。
私は主の部屋に入って行った。主はベッドの上で寝転がっていた。主を座
らせてから、私は主の隣に座った。そして、ずっと主に見せたかった表情
を、言葉を伝えた。
「主、私は、サクラは、主の家族の代わりになんてなりたくてもなれませ
ん。でも、私は心の底から主を、サクラに名前をくれたアキラの事を」
――愛しています――
初めて私は、主に笑顔を向けれた。気持ちを言葉にして伝えれた。人造
人間にとっての最大の禁忌であって、排除対象である言葉を。
主の目がしっかりと私の目を見ている。いつ以来だろう。主と目を合わ
せるのは。その主の目から、涙が零れ始めた。
主が私を抱きしめた。強く、でも優しく抱きしめた。主は何度も「ごめ
ん。ごめん。サクラがいたのに……!ごめん」と、繰り返していた。
私は泣いている主の頭を撫でながら、視界が黒くなってきているのに気
付いた。すでに内部から、排除が始まっているようだ。
「アキラ、アキラ。サクラはアキラに、今を生きてほしいのです。サクラ
は、人造人間です。だから、アキラを愛する事は出来ても、アキラの胸の
中にある穴を埋める事、は、出来ません。アキラは、まだ、若いのですか
ら、新しい家族を、作って、下さい。それが、サクラにとっても、主の家
族、に、とっても、幸せな、コト……ダカラ」
まともに喋れなくなってきた。主が、必死に私の肩を揺らしている。
「アルジ、ソンナニ、揺らサレルト、頭ガ」そう言うと、主は私を揺らす
のを止め、とても悲しそうな目で私を見た。人造人間達の掟は、主も知っ
ているはずだ。
「君は……馬鹿だよ。こんな僕のために……掟を破るなんて」
やっぱり知っていた。「ゴメンナサイ。でも、サクラニトッテ、アルジ
は、とても大切ダカラ……」主がまた私を、強く抱きしめた。
「アリガトウ、ゴザイマシタ。あ、るじ」
視界が全て闇に染まった。出来れば、主が幸せになるまでを見届けたか
った。
――本当にありがとう……。また、いつか――
完全に意識が途切れる寸前に、私は確信した。主はきっと幸せになる
と……。
だって、最期に見た主の、アキラの顔は、初めの頃の穏やかな笑みだったから……。