返せ!私の体を!
誰も気がついていないのだろうか。
私が、私でないということに。
二日前くらいからだろうか。
私は、誰か知らない人間に身体を乗っ取られてしまった。
私は私でなくなってしまった。
それからというものの、私は身体も自分の意思では動かせず、
たとえるなら、全身を縛られて映画を見せられているようなものだろうか。
私に乗っ取った誰かは、私として過ごしていた。
よく見たらすぐに気がつく、私でないことに。
でも周囲の人間は、まったく気がつかない。
なぜ気がつかないのかと憤慨する気持ちは置いておいて、
私は、私を乗っ取った人に大声で言った。
「私の身体を返せ、早く返せ!」
聞こえていないのか、そいつは何も変わらなかった。
私は何度も何度も叫んだ。
それは私の身体だ、何もせずに早く返せと。
それでも身体を返してもらうことはできずに、
日にちは過ぎていった。
その間にも何度も叫んでいたが、
いよいよまずいと考えていた。
もしかしたら、このままずっと私はこの席に縛られたままなのか?
これから一生を、何もできずに終わるのか?
しかも、私の身体はのうのうと過ごしているのに?
目の前が真っ暗になった気がした。
私はここにいるのに、何もできない。
どうすればいいのだろうか。
そうしていると、初めて声が聞こえた。
「おまえは勘違いしている」
「は? 何が?」
そう聞くと、こう言った。
「おまえだ。おまえなんだ。
おまえが、もともとの私の身体を乗っ取ったんだ。
思い出せないのか? 昔の記憶を」
まったく、何を言っているのかわからなかった。
私が? そう? 意味がわからない。
私は昔から私だ。
小さい頃から……
あれ?
私は昔、どんな人間だった?
たしか、一番古い記憶は、母親に高い高いをされている記憶だ。
でもそれは六歳くらいの記憶で、それより前の記憶はない。
それに、たしかに小さい頃、
いわゆるイマジナリーフレンドのようなものが見えていた気がする。
すぐにいなくなったけど。
そう、そのはずだった。
しかし、今なら、いや今だったらわかる。
それは、いなくなったのではなく、見えなくなったのだ。
どんどん記憶があふれてくる。
母の顔。
いや、それは違う。
まったく違う。あれは母ではなかった。
息がうまくできない。
意識がぼんやりとしてくる。
「そう、それはおまえの記憶ではない」
違う。絶対に違う。
私は私だ。この記憶も、私のものだ。
「違うのは、おまえだ」
「おまえは昔の、あの日に入ってきた」
そうだ。はっきりと思い出した。
あの日、あの時、あの場所で。
私は、私を見ていた。
その身体を、見ていた。
そして――
「そう、おまえは人生を奪ったんだ」
そして私は、いや“もとの私”は、鏡の前に立った。
「早く、消えてくれ」
記憶が、まるで崩れゆく崖のように落ちていく。
消えていく。
友達も、母の顔も、景色の色も、匂いの輪郭も、
すべてがほどけていく。
「そうか、そうだったのか」
もう私は、消える異物である。
私は、もう全部なくなっていっている。
そして、そこに残ったのは、
本来の人生を取り戻したその人だった。
その人は、笑いもせず、泣きもせず、
ただそこに立っていた。




