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メイズ・マーテル  作者: 沢渡 夜深
第一章
8/21

運命の出会い:7



 うわあああん、うわあああん。

 幼い少女の泣き声が、鬱蒼とした森の中に響き渡る。

 

 「おかあさあああん、おとうさあああん、おにいちゃあああん……!」


 少女は大粒の涙を流しながら、大好きな家族のことを何度も呼び続けていた。

 喉が枯れて痛くなっても、そのせいで声が掠れてしまっても、何度も何度も家族を求め続けた。

 しかし、少女が大好きな家族は、どれだけ呼んでも少女の前に現れなかった。

 出てくるのは少女のことを警戒しながらも観察してくる野生動物や、気ままに飛ぶ森に住む虫達だけ。

 

 「ひっぐ、うわああああああ……!!」


 周りは少女の何倍も高さがある木々が広がり、その木々のせいで月光は差さず、どこを見ても暗闇が広がっている。

 真冬の季節もあり空気は冷え、少女の肌は寒すぎる環境によって真っ白になっていた。

 防寒着を着ているとはいえ、この森には長時間彷徨っている。さすがに防寒着で寒さを凌ぐには限度があった。

 冷たい空気にさらされているせいで、左手で握り締めているキーホルダーはきんきんに冷えてしまっており、触るだけで寒さが体に伝わってしまう。それでも、少女はそのキーホルダーを手放すことはなかった。

 けほ、けほと、乾いた咳が少女の口から出てくる。何度も叫び過ぎた喉は既に限界を迎え、ついに少女は大きな声を出すことが出来なくなってしまった。


 「ごほ、おかあさん、おと、さん、おにいちゃん……」


 段々と、視界が霞んできた。

 ぐわんぐわん、と眩暈のような症状も出て、瞼も重くなって。

 がくり、と力を失った身体は、膝から崩れ落ちる。

 重くなる瞼に抗い切れずに、ついに視界が閉じようとしたところで。


 少女は、こちらをジッと見つめる真紅の瞳と目が合った。



 ***



 「…………」


 目を開けると、汚れたコンクリートの壁が目に入った。

 左半身にだけ伝わるごつごつとした痛み。間近に映る石ころ。微かに聞こえる喧騒……順番に情報を入手した私は、地面に手をついて身体を起こした。


 「……ここ、ダンジョンに入る前の、路地裏……?」


 改めて私は辺りを見渡す。

 どうやら私は、あのダンジョンに入る前の路地裏で倒れていたらしかった。記憶に新しいから、ここがあの路地裏だということは直ぐにわかった。

 腕と足、服についた土埃や石を払い落とし、私は立ち上がる。傍に鞄が置かれていたので、それを手に取って持ち上げた。

 鞄には大切なキーホルダーがしっかりと付いていた。私はほっと安堵する。


 「……!そ、そうだ、ダンジョン!」


 ほっとしたのも束の間。

 私は確かにダンジョンの中で気絶した筈だ。なのになんでここにいるのか。もしかして、誰か助けてくれた?でも一体誰が?

 警察とかだったら絶対にこの場にいるし、そもそも警察とかだったらこの場で放置、なんてことはしないだろう。なら警察以外の誰か。プレイヤーか。

 それも考えたいところだけど、今はとにかくここに野良ダンジョンがあったことを伝えなければならない。さらにモンスターが喋ること、モンスターにも人間並みの知能があることも言わなきゃ!と私はダンジョンがあった方を振り返った。


 「……あ、あれ?」


 振り返った私は、ダンジョンがあるであろう路地裏の突き当たりが、何もないことに目を見開く。

 おかしい。あそこにはダンジョンがあったはずなのに。ダンジョンの入り口である亜空間があったはずなのに、今は見る影もない。

 このままじゃ、たとえダンジョンがあったと警察に言っても、悪戯だと一蹴されるだろう。

 

 「……え、ええ……?まさか、全部自分の妄想……?」


 ………………………………いやいやんなわけ!!

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 



 取り合えず、私は家に帰ることにした。

 ダンジョンに入る前は雲一つない晴天だったのに対し、意識が戻った今は日が落ちかけ、夕暮れ時を指していた。

 あのダンジョンにどれだけいたのか改めて突きつけられた気分だ……本当にダンジョンがあったのかは、私自身自信が無くなってしまったけれど。

 とにかく夕方になっているから、急いで家に帰らなければ。これ以上遅くなったら言い訳のしようがない。


 路地裏には比較的早く出ることが出来た。帰宅ラッシュ時の混みあっている大通りをなんとか抜け、普段より人が多い住宅街を走る。

 全速力で走ったせいで汗がいっぱい出て、息も荒くなってしまう。家に着いた頃には暫く動けず、膝に手をついて肩で息をしていた。


 「あれ、おかえりー……アンタ走って家に帰って来たの?大丈夫?なにかあった?」


 息を整えていると、丁度仕事と買い物から帰ってきたお母さんとばったり会ってしまった。

 訝し気に見てくるお母さんに、「きょ、今日観たい番組があったから!」とその場で思いついた嘘の理由を言う。

 それにお母さんは納得したようで、「ふぅん、ちょっと待ってな、今鍵開けるから」と特に追及してくることもなく、家の鍵を開けた。


 「にしてもこんなに早く帰ってくることもあるんだねえ。そろそろ鍵でも持たせようか」


 「鍵?」


 「家の鍵。出来るだけアンタ達が帰ってくる前に帰るようにはしてるけど、今みたいにアンタ達が早く帰ってくることもあるでしょ?私が帰ってくるまで家の前で待ってもらうのはダメだしね。明日合鍵作ってくるわ」


 ……確かに。鍵があればどっかで時間を潰そうって思わなかったし、家に入れるならあって越したことはない。

 もし今鍵があったら、ダンジョンに行こうなんて発想は思い浮かばなかったのだろうか。

 ……い、いやいや。私の意思じゃないし。私はちゃんと警察に言おうとしてたし。私悪くないし!


 「……突然頭なんて振ってどうしたの?本当に大丈夫?」


 「だ、大丈夫!鍵楽しみだなー!!あ、私着替えてくるね!!」


 「ああ、そう。ご飯できたら呼ぶわね」


 「はーい」


 このままお母さんと話してたらとんでもないことを口走りそうなので、早々に話を切り上げて自分の部屋に籠ることにした。


 自分の部屋に戻った私は、机の上に鞄を置いて、鞄からキーホルダーを取り外す。

 銀髪の男のキャラクターが印刷されたキーホルダー。命と同じくらい大切な、私の宝物。

 

 「……夢、だったのかな」


 改めて、あのダンジョンの出来事が現実だったのかを考える。

 夢にしてはとてもリアルだった。手から伝わったあの角が生えた兎の感触は本物だし、翼が生えたあの男の顔も、声も覚えている。ダンジョンに溜まっていた雪のような白い地面の感触も、手のひらで霧散した雪の結晶も、全て覚えている。

 夢って片づけるにしては、得た情報の濃さが消化しきれないくらい濃い。というか夢だったら、そこまで妄想できる私の頭を褒めた方がいいんじゃない?

 でも夢っていうことにしておかないと、私は犯罪を起こしたことになっちゃうし。プレイヤーでもない人が、野良ダンジョンに無断で入ったっていう罪が残ってしまう。今のところ誰にもバレていないけど、バレたらどうなることやら。


 「……うん、夢ってことにしよう!そうしよう!悪い夢でも見たんだ!もうなにも考えないようにしよう!」


 私は悪い夢を見た。あのモンスターも私が作り出した妄想だ。そういうことにしておこう。

 幾分か気持ちが楽になってきた。明日からは土日だし、お母さんも出かけるから、私もどこか出かけようかな、と明日の予定を考えながら、部屋着に着替える為に制服に手をかけた。


 「――マスター、夢、じゃない」


 刹那、耳元に聞こえてきた聞き覚えのある声に、私の身体は完全に停止した。

 恐る恐る、後ろを振り返る。

 振り返ると、私の頭二個分も上にある端正な顔つきが、記憶に新しい真紅の瞳が私を見下ろしていた。

 腰まである銀髪に、褐色の肌。全身を隠す白いローブの後ろには、悪魔のような翼が生えている。

 そこには確かに、私が夢だと、妄想だとさっき決めつけたモンスターが、そこにいた。


 

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