運命の出会い:6
階段を掴み損ねて、下へ下へ真っ逆さまに落ちて、あ、これ死んだやばいって死を悟ってたら、すっごいイケメンの男の人に助けられた。
何を言っているのかわからないと思うけど、今言ったことが全てだ。本当に。嘘じゃない。
しかもお姫様抱っこで助けられてる。本当に嘘じゃない。本当。
「……」
イケメンはジッと私を見つめている。喋ることもなく、ただただ私を見ている。
反応出来ればよかったのだけれど、直前まで命の危機に晒されていた影響か、私の声ははくはくと出ることはなかった。私も私で見つめ返すことしか出来ず、翼が羽ばたく音だけが響くだけの気まずい空間が出来上がってしまう。
……というか、この状況一体何?このイケメンは誰?どこから来たの?後、私明らかに浮いてるよね?私が浮いてるってことは、このイケメンも浮いてる、ってことだよね。
なんか、もう、何が起こっているのか全くわからない。
「……」
「……?」
混乱していると、不意にイケメンが私から視線を外して顔を見上げた。
私が首を傾げた、その直後だった。……イケメンは突然身体を屈めさせたかと思ったら、ばさり!と大きな羽ばたく音と共に私の身体が勢いよく上へ上がっていった。
「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!?!?」
私の口から甲高い悲鳴が飛び出す。
上から圧がかけられる風力。耳元から聞こえる轟音。あと、あと、もうなんか音とか風とか色々なものがめちゃくちゃ身体に押し寄せてきた。そのせいか呼吸がし辛いし、音も煩くてそれしか聞こえない。
「何が起こってるのおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉおおおッッ!?!?!?」
上へ上がっていた勢いが急に無くなる。
聞こえなくなっていた周りの音も聞こえてきて、呼吸もしやすくなったから私は直ぐに大きく深呼吸をした。
バクバクと鳴る心臓が、呼吸が出来たことによって段々と落ち着いてくる。ふぅ、ふぅと普段の呼吸が出来たところで、ふと周りが明るくなっていることに気づいた。
「……あ、あれ、ここさっきのところ……」
顔を上げて周りを見渡せば、そこは私がさっき落ちた、入口に近い階段のところだった。
急に明るくなったのは、単純に穴の外に出たからだ。一人で納得していると、また身体が動く。今度はさっきのような急上昇じゃなくて、ゆったりと横に行く。
横にズレるとそこには地面があって、イケメンが地面に足をつけると、その足元にそっと私を降ろした。
「……」
「……」
パチクリ、とイケメンを見ると、イケメンも見返してくる。
さっきは暗くてよく見えなかったが、明るくなったことでイケメンの姿がはっきりと見えた。
腰まで伸びている銀髪。その銀髪とは対照的な褐色の肌。全身を覆う白いローブの後ろには、悪魔のような赤黒い翼があった。多分位置的に、生えてる。
……もしかして、このイケメンもダンジョンのモンスター……?
またただただお互いに顔を見つめ合う奇妙な時間になると、トサリと何かが私の隣に置かれた。
隣を見ると、私が追っかけていた兎がいて、その兎の傍には私の鞄があった。
「……持ってきてくれたの?」
まさか、兎が私の鞄を持ってきてここまで?と半信半疑で問いかけると、兎はコクリと頷いた。
……こ、言葉もわかってる……!意外にモンスターって、賢い……?
「……あり、がとう」
変な感じだけどとりあえずお礼を言わなきゃと思って、兎に向かって感謝を言う。
すると兎はひく、と鼻をひくつかせると、ぷーぷーと鳴いて私の手に擦り寄ってきた。
角が当たるって思って身構えたけど、兎は頭を避けて身体の横を私の手にピタリとくっ付ける。
兎のふわふわとした体毛と暖かい体温が伝わってきた。
「……かわいい」
ポロッとその単語が出る。
角があること以外は、普通に兎なんだなぁ……。
そうやって和みながら兎を見ていた時に、気づいた。
「――ぇ」
――兎の口元がなにもないことに。
……え、待って。さっきまで、私が落ちる前まではキーホルダーを加えていた、はず。
でも今、兎の口にはキーホルダーなんてないし、周りにもないし。
「ッね、ねぇ!キーホルダーは!?」
慌てて兎に聞くと、兎は不思議そうに首を傾げた。
嘘、待って。どっか行った?どこにいった?
……も、もしかして、兎が穴の下に、落っことした?
それしか、考えられない。
「う、うそ。そんな、わたしのきーほるだー……!」
大事な大事な、私の大切なキーホルダー。
ずっと肌身離さず持っていた、命と同じくらい大切なものが、どこかに行ってしまった。
あれがないと、あれがないと。
不安で胸がいっぱいになる。呼吸が変になる。目の前の視界が霞む。周りの音が消えていく。ちゃんと座っているのかもわからなくなる。
あ、もう、ダメかも。
漠然とそう思ったその時だった。
「――大丈夫」
その声が、低い男の人の声が聞こえた。
周りの音が無くなった筈なのに、その男の人の声だけが私の耳に聞こえたのだ。
「……ぇ」
声のした方に顔を向けると、至近距離にあのイケメンの顔が映る。
イケメンは私の隣で膝をついて、真っ直ぐに私を見ていた。
「大丈夫」
イケメンは私の方を見て、もう一回力強くそう言う。
その一言だけで、あれだけ異常を起こしていた私の身体は、徐々に落ち着きを取り戻していった。
少し経てば呼吸も通常通りになり、霞んでいた視界も治って、端正な顔つきが鮮明に映ってくる。
「……落ち、着いた……?」
イケメンは眉を下げて、たどたどしく私にそう聞いてきた。
「……うん……」
こくり、と返事すれば、イケメンはほっと安堵したように口元を緩ませた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「…………………………喋るの……?」
落ち着いた私は、今起こった衝撃の事実を口にする。
今、確かにモンスターが喋った。たどたどしかったけど、ちゃんと日本語を発音してた。
モンスターが喋るなんて聞いたことがない。喋るなんてわかったら、ネットを見ない私でも噂ぐらいは耳にするはず。それくらい衝撃的な事実だった。
「……喋る……練習、した……」
イケメンは、私の問いかけに答えてくれた。
片言だったけど、確かに私の言葉を理解して、そして返してくれた。
……え、本当に今、何が起こってるわけ?色々起こり過ぎて何から整理すればいいのかわからない。
「……え、と……」
「喋れて、嬉しい、ずっと、待って、た」
イケメンは私の混乱を他所に微笑むと、私の前に移動して、頭を下げる。
そして私の手を取ると、私の手を額につけて言った。
「あなたを――マスター、を、ずっと、待ってた」
おかえり、と。
イケメンがそう言ったのを最後に、色々なことでキャパを超えた私は、そこでぷつりと意識が暗転した。




