運命の出会い:4
「ぅ、わ!ぷ」
ダンジョンに入った時、浮遊感を感じたが、それは一瞬だった。
ふわりとした感覚がした後、まるで転がるように私は上半身から地面に倒れ込む。
「ッいった……く、ない……」
倒れ込んだ時に痛いと思ったけどそれは錯覚みたいで、身体に痛みは全くなかった。
不思議に上半身を起こしてみると、倒れ込んだ地面の情報が目に飛び込んでくる。
真っ白で、ふわふわとした感覚がある地面。くっきりと私が倒れた形跡が深く刻まれている。
「これ……何?ふわふわしてる……雪?」
感触とか見た感じで雪の上にいるのかと思ったけど、触っても全く冷たくない。でも感触は雪みたい。
そうやって白い何かを救って観察していると、ふわふわと何かが降ってきた。
手のひらを仰向けにすると、降ってくる何かが手に乗ってくる。
それは透明な雪の結晶だった。でも、触っても冷たくない。しかも触れた途端、ふわりと霧散するかのように消えていく。
「……やっぱり、雪?」
疑問を持ちながら顔を上げた私は、今拡がった目の前の光景に目を見開いた。
私の眼前では、地平線まで続く「白い大地」が続いていた。どこまでも続く真っ白な地面。その地面からは、何本もの柱が天井が見えないくらい続いている。一番上は霧がかかっていてそれ以上は見えない。
曇りがかった空からは透明な雪の結晶がひらひらと落ちていっては消えていく。私の体に触れる結晶も、呆気なく無くなっていく。
「……すごい、これが銀世界ってやつ?」
銀世界と言うには色々ツッコむところがあるけれど……でも、今の光景を表すならこの単語が正しいんだと思う。
「ここ……ダンジョン、なんだよね?ダンジョンの中ってこうなってるんだ……」
立ち上がった私は、改めて辺りを見渡しながらそう呟いた。
ダンジョンの内部は、友達が見せてくる配信とかで見るくらいだからよく知らないけど、少なくともこんなに白くて広いのはなかった、と思う。私が見たのは薄暗い洞窟ばっかりで、全部灯りが必要なくらい狭くて暗いのばっかりだった。
でもここは灯りが必要ないくらい明るくて、広い。
これが、ダンジョンの中。私、本当にダンジョンの中にいるんだ――!
「……………………………………………………………………………………………………って感激してちゃ駄目じゃん!」
入ったことがないダンジョンの中に感激しているどころではなかったことを私は思い出した。
マズい、私はプレイヤーでもなんでもないからそもそもダンジョンの中に入るのはご法度だし、さらに野良ダンジョンとなると本当に本当に説教どころじゃ済まない!下手したら罰金とか、学校を停学させられたりとかするかも、しれない……!!
早く出なければ。大丈夫、今入ったばかりだから、また直ぐ出て戻れば私が一回ダンジョンに入ったことは誰にも知られることはない!そうすれば万事解決!私はたまたま野良ダンジョンを見つけた女の子として警察に行く!よし、これで行こう!
「早速出口に………………………………出口がない!?」
今出てきたところから帰ろうと振り返るが、そこに私が求めた出口は存在しなかった。私の後ろも、綺麗な白い大地が広がっているだけ。
なんで!?私が入って来たところはどこにいったの!?
え、じゃあ待って、もしかして私。
「出られないし、帰れない……?」
その事実が頭に伸し掛かった途端、サア、と身体が冷たくなる感覚がした。
恐怖なのか不安なのかもうわからない感情が押し寄せてきて、身体が震え上がる。
もしかして私、一生このまま出られないの?お母さん達にも会えず?友達にも会えず?
このままモンスターに喰われて、死ぬ……。
「……いや、死なないんだっけ……で、でも私プレイヤーじゃないし、他の人と同じかどうかもわからないし……」
こんなことなら、ダンジョンについてある程度調べておけばよかった。
ダンジョンは日常的に存在するけれど、私には無縁のものだと思って碌に調べなかった弊害がここで帰ってきてしまった。もっとよく調べていれば、今の現状が変わったかもしれないのに。
ここからどうすればいいのかわからない。動いてもいいのか、でも動いたらモンスターに見つかるんじゃ、でもここは見晴らしがよすぎるから動いた方がよさそう、だけど、でも、と頭の中で策を講じても、それは不安と疑問で潰されてしまい、結局行動に移せなくなってしまう。
どうすればいいの。目頭が熱くなって、そこからぽろぽろと涙が零れ落ちてきた。頭の中がぐちゃぐちゃで、何をすればいいのか全く整理がつかない。
「……ぁ、かばん、かばんは……?」
そういえば、学校の鞄も一緒に持って入ったのを思い出す。
取り合えず鞄を探そうと辺りを見渡したら、二歩進む先にポツリと落ちているのを見つけた。こんなにも近くにあったのに全く気付かなかった。
しゃがみこんで鞄を手に取った私は、すぐに異変に気付いた。
「……キーホルダーが、ない……!?」
いつも肌身離さず持っていて、今日も鞄につけたキーホルダーが、ない。
銀髪の男のキャラクターが印刷された、私の大切なキーホルダー。
落とした?と思って近くを見渡してみたけど、キーホルダーはどこにも落ちていなかった。
ということは、つまり。
「……ここに入った時に、千切れて亜空間に落ちた……?」
有り得ない、話じゃない。というか、それしか考えられない。
ど、どうしよう。あれだけは、キーホルダーだけは、無くしちゃダメなやつなのに。
「や、やだ。探さなきゃ。で、でもどうやって探せば……!!」
このダンジョンから出られない時よりもパニックになる。
あのキーホルダーだけはダメだ。なんとしてでも探し出して見つけなければならない。
あれは命と同じくらい大切なもの。あれが無くなったら本当にダメになるくらい大切なもの。
なんとかして探さなきゃ。でも亜空間なんてどうやって探せばと考えていた時、前方から音がした。
はっとして顔を上げた私は、その存在を視界に入れる。
私の前には、一匹の兎がいた。
でもその兎は普通の兎じゃないことは見て明らかだった。
真っ白な体躯に赤い瞳。愛らしい顔の額からは、腕くらいの太さのドリルが生えている。可愛い姿に物騒なものがついていてアンバランスなその兎は、泣いている私をじっと見つめていた。
「……っ」
――絶対に、モンスターだ。
その異形の生物は、紛れもないモンスターだということに私は一発で気づく。
〝モンスター〟
ダンジョンに生息する、普通じゃない生物。
聞いたところによると、アニメとかに出てくるスライムとか、上半身が牛で、下半身が馬になっているやつとか、羽が生えた頭とか、普通じゃ絶対に産まれない生き物がダンジョンの中にいるらしく、それらを総称してモンスターと呼ぶ、らしい。
モンスター図鑑なるものがネットでは出回っているらしいけど、私は見た事ない。でも見た事ない私がわかるくらい、あの兎は普通じゃない――!
「……」
兎がじっと見つめてくる。
私はそれを見つめ返すことしか出来ない。動いた瞬間兎が何かすると思うと、身体も指先一つも動かせなくなってしまった。
「……」
膠着状態が続く。
口の中に涎が溜まって、ごくりと喉を鳴らす。
額から汗が出て顔を伝って地面に落ちる。
その全ての動作すら緊張の材料になって、最早私の身体は極限状態に陥った。
呼吸が早くなる。瞬きさえもできない。
目を逸らしちゃ駄目って注意されてるみたいに目線が固定されてる。
「……?」
でも、そうやって兎と見つめ合って、気づいたことがあった。
――あの兎、敵意がない……?
なんで急にそんなことを思ったのか自分でもわからないけれど、でも段々と、あの兎は私を襲わないだろうという確信がふって出てきた。
身体の緊張も段々と解けていって、瞬きも普通に出来るようになったその時、私はもう一つあることに気づく。
「……!!あれ……!!」
兎の足元にある、見覚えのあるもの。
銀髪の男のキャラクターが印刷された、私の大切なキーホルダーが、そこにあった。
それを見つけて一歩足を踏み出した時、今までその場から動かなかった兎が、キーホルダーを加えて突然走り出してしまった。
「え、待って!それ返して!!」
叫んだけど兎は聞く耳を持たず、そのまま前へ前へ走っていく。
見失うわけにはいかないと、私は鞄を持って兎の後を追った。




