運命の出会い:2
全ての授業を終えた放課後。
部活に行く友達と別れた私は、そのまま学校を出て帰路につく。
私は部活に入っていない。部活に入るのは強制ではないとのことなので、特にやりたいことも思いつかなかった私は部活に入らないことにしているのである。
今朝通った道を逆回りで帰っていく。今朝とは違い、道中では色々な人とすれ違う。若干混みあっている人混みの波に巻き込まれながら私は家まで歩き続けた。
家がある住宅街の方まで行くと、すっかり人の気配が無くなる。しんと静まり返っている住宅街を、私は小走りで駆け抜けた。
「ただいま~」
家に着いた私は靴をほっぽってそのまま二階に上がる。自室に入り、鞄を机の上に置くと、鞄につけていたキーホルダーを外してこれも机の上に置いた。
制服を脱いで部屋着に着替えた私は、鞄の中に入っている教材を取り出して、明日提出しなきゃならない宿題に取り掛かる。
本当はやりたくないけど、やらないと怒られるし、やるしかないんだよね。なんで宿題って翌日提出とかが多いんだろ。もう少し日が空いてもよくない?
なーんて愚痴を零しても誰も拾ってくれない。独りごとだもの。仕方ないね。
「……うーん、わかんない、答え見よ……」
嫌々問題を解く。今日の宿題は数学と国語。数学なんて中学に上がったら一気にレベルが上がってわからないことだらけだ。
すぐに答えを見て、その答えを赤ペンでノートに書く。一応解説も読むけど……うん、わかんない!解説もノートに書いてあったらさらに頑張ってやった風に見えるかな。でもめんどいから書くのやめよ。
そんな調子で数学の宿題は終わり、次は国語の漢字の書き取りをしようと国語用のノートを取り出したところで、「チカコ~!メグル~!ご飯出来たから降りといで~!」と下からお母さんに呼ばれた。
もうそんなに時間が経ったんだ。丁度くう、とお腹が鳴ったので、私は「はーい!」と返事して、机の上に置いてあったキーホルダーを手に下のリビングに向かった。
「わぁい!カレーだぁ!」
食卓に並べられているカレーに、思わず嬉しい声が出る。
自分の定位置の席に座り、机の上にキーホルダーを置いてから、いただきますと手を合わせてスプーンを持つ。
お母さんのカレーはルーの上に半熟の目玉焼きが乗っているのが特徴だ。それをぐじゅぐじゅに潰して一緒に食べるのが私は好き。
半熟の目玉焼きを崩して、他の具材とご飯と一緒に頬張る。
「美味しい!」
「はいはいありがと」
いつものお母さんの味!美味い~!
もぐもぐと味わっていると、階段の降りる音がした。少しして、髪を掻きながらお兄ちゃんがリビングに入ってきた。
「メグル、ご飯よそっちゃてるから食べなさい」
「はーい……」
お兄ちゃんは私の隣の席につくと、のそのそとスプーンを手に取ってカレーを食べ始めた。
そこから次々にお母さんもお父さんも席についてカレーを食べ始める。
食事を初めて少しすれば、ぽつぽつと会話が産まれてくる。
「チカコ、今日の登校は大丈夫だった?」
「ん?だいじょぶー」
「本当?何かあったら言うのよ。噂だと通り魔だとか不審者だとか物騒なのが聞こえてくるから心配で……」
「お母さん心配し過ぎ!私もう中学生だよ!」
「中学生はまだ親の庇護下にいなきゃいけません!なにかあったら絶対に言うのよ!」
「チカコも中学生になってもう暫く経つな~。時の流れは速いものだ……」
「父さん、その発言なんかおっさんくさい」
「ええ……!?」
「あ、そうだメグル!受験勉強は順調?なにかいるものとかある?」
「順調だから大丈夫」
「そう?高校受験なんだから事前に準備はしておきなさいね?お隣のママさんなんて……」
そんな感じで(主にお母さんが喋ってて)夕食の団欒は進んでいく。
お母さんの小言みたいな話を聞き流しながら食べ終えると、私は「ご馳走様」と手を合わし、キーホルダーを手に取って席を立った。
「食器はそのままでいいわ。後で片づけるから」
「はーい」
「宿題はちゃんとやるのよー!」
「わかってる!」
お母さんの言葉に返しながら私は自分の部屋に戻る。
自分の部屋に戻ったら、中断していた宿題に再度取り掛かった。といっても国語の宿題は漢字の書き取りだけなので、数学よりは時間をかけずに短い時間で終えることが出来た。
宿題を終えたら、次は明日の授業の準備だ。時間割を見ながら必要な教材を鞄の中に放り込んでいく。勿論今日やった宿題も忘れずに入れておく。あ、明日午後に体育ある。体操服引っ張り出してこないと。
こんな調子で明日の準備も終えた後は風呂に入って今日の疲れを癒す。風呂から出たら髪を乾かして、ストレッチして……今日やることを全部終えたら、寝る準備をする。
キーホルダーを手にふかふかのベッドに寝っ転がって目を閉じる。このまま目を閉じていれば、すぐに眠気がやってきて、すぐに朝を迎える。
こうして私の一日は終わる。
どこにでもある普通の日常。代り映えしない日常が終わる。
――明日も、こんなつまらない生活を送るんだろうな。
そんなことを想いながら目を瞑っていれば、予想していた通り眠気がやってくる。
どぷり、と意識が沈んでいく感覚。段々と音も、触覚も無くなっていく。
そのいつもの感覚を味わいながら、ふと私はこんなことを思っていた。
――でも、一度でいいから、すっごいおかしなことが起きたりしないかな。
……ダンジョンっていう変なものがある時点ですっごいおかしなことなのに、変なの。
でもそのダンジョンにも見慣れてしまった。
だからこのダンジョンを超えるような出来事が向こうからやってくれないかなと、密かに期待する。
……まあ、来るわけないか。明日も適度に頑張ろう。
そんな期待を直ぐに拭い去った私は、手に収まるキーホルダーの感触だけを確かめながら眠りについた。
***
しんしんと降る雪の結晶。
その下で、一人の男が佇んでいた。
褐色の肌は腰まで伸びた銀色の髪を際立たせる。褐色の肌を隠す白のローブ。そのローブを突き破るように、背中からは赤黒い翼が生えている。
その場に佇んで目を閉じていた男は、ゆっくりと瞼を上げた。真紅の眼が露わになり、その瞳は遥か先へ向けられる。
雪で覆われている大地。その水平線を見た男は、ぽつりと、今も落ちている結晶のように、言葉を落とした。
「――了解、マスター」




