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メイズ・マーテル  作者: 沢渡 夜深
第一章
24/25

"マスター" 1



 ゆらゆら。ゆらゆら。

 身体が左右に揺れている、ような気がする。

 ぶらぶら。ぶらぶら。

 あまりに激しく揺れる為、頭がぐるぐるして吐き気が込み上げてくる。

 うぷ。

 思わず呻き声を漏らすと、ぴたりと身体の揺れが無くなった。

 そのまま、頭からゴツン、と雑に地面に置かれる。

 痛みにもう一度呻いてしまい、ふぅうと頭を抑えると、その抑える手の上から一回り大きい手が重なった。

 ごつごつとした、お父さんとは違う男の人の手。

 少女は閉じていた目をパチリと開け、顔を上げる。

 はあ、はあと白い息が暗闇に昇る。光も何もない空間で最初に見たのは、こちらを見る血のように深い赤い瞳だった。

 しかし目を凝らしてみると、その赤い瞳をもつものは、人の形をしていると徐々にわかってくる。

 地面にすっかりついてしまっている銀髪に、身体を覆う白いローブ。暗闇によく映える格好だった為、その者の形が見えるのは早かった。

 未だに頭に置かれている手に触れてみる。すると、ビクリと手は震え、すぐに引っ込めてしまった。


 「……だれ?」


 少女が問いかけてみると、目の前の男の人は瞳を彷徨わせた後、口を開いた。


 「――――。――――――――――――」


 「え?」


 しかし男が発した言葉は、全く理解できない言語であった。

 日本語でも英語でもなんでもなく、もっと別次元のもの、そう思えるくらい、男が発した言語は不可解で、頭が理解するのを拒否していた。

 暫くわからない言語で話していた男だったが、伝わっていないと気づいたのか、ぐっと口を噤む。

 心なしか、その顔は悲しんでいるように見えた。


 「……助けてくれたの?」


 「?」


 もしかして助けてくれた人なのかと少女は聞いてみたが、男は首を傾げるだけだった。

 やがて男は思い出したかのように、片方の握り拳を差し出してくる。それを見ていると、男はパカリと握り拳を解いた。

 途端、パラパラと何かの破片が落ちていく。

 なんだろうと触ってみると――見覚えのあるイラストが描かれていることに気づいた。

 そのイラストは、大好きなキャラクターが描かれていて。少女はそのイラストが描かれたキーホルダーを、肌身離さず持っていたはずなのだ。

 しかし目が醒めてからそれは一度も見ていない。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――それだけで、少女はすぐにわかってしまい、じわりと目尻に涙が浮かんでしまった。


 「き、きーほるだー……!」


 「!?」 


 キーホルダーが壊れたことに涙を流すと、男は吃驚して身体を硬直させてしまった。

 ポツポツと泣いていると、男はバタバタとその場で慌て始める。考える素振りをして冷や汗を垂らしていると、ふと必死に何かを思い出す素振りを見せた。

 すると、何かを閃いた男は――突然、ぴかりと光り始めたのだ。


 「!な、なに……!?」


 驚きに目を瞑る。

 暫くして光が収まり、目を開けると……ぽわぽわと光を帯びる()()()()()()が視界に映った。


 「……え?」


 手に取ってみる。

 キーホルダーには、大好きなキャラクター……とは細部がちょこちょこ違うイラストが描かれていた。

 褐色の肌に、長い銀髪、身体を覆う白いローブに、()()()()という、異形が描かれたイラストのキーホルダー。

 それをまじまじと見ていた少女は、ぱあと顔を輝かせる。


 「おうさまだ!……おうさまって、はねはえてたっけ?まぁいいや!」


 唯一前と違うのは、翼があるかないかと格好が違うくらいだが、それは少女にとっては誤差の範囲らしい。

 上機嫌にキーホルダーを握り締めていた少女だったが、次第に事の重大さに気づいた。

 ――あの男がいない。

 少女をここまで連れてきた男が、姿を消していたのだ。

 少女は狼狽え、困惑した。今少女は完全に、この暗い空間で一人ぼっちだ。光源は何故か光るキーホルダーのみで、それ以外は何一つ存在しない。

 一人となったことで、周りの音にも敏感になってくる。風の音、水が落ちる音、自分が動く音……全てが、少女の中で恐怖に変換されていく。


 「……や、たすけて……!」


 ぎゅ、とキーホルダーを握り締め、少女は助けを求めた。

 助けなんて来るはずがないのに、少女は必死に祈って、誰かが来るのを待った。


 「……だ、れかぁ……おかぁさん……!」


 ボロボロと流れる涙を拭ってくれる母親はいない。

 息が荒く、上手く呼吸が出来なくなる。

 再度、意識が薄れていくその中で。


 少女は、手のひらから伝わる温もりを感じた。





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