"マスター" 1
ゆらゆら。ゆらゆら。
身体が左右に揺れている、ような気がする。
ぶらぶら。ぶらぶら。
あまりに激しく揺れる為、頭がぐるぐるして吐き気が込み上げてくる。
うぷ。
思わず呻き声を漏らすと、ぴたりと身体の揺れが無くなった。
そのまま、頭からゴツン、と雑に地面に置かれる。
痛みにもう一度呻いてしまい、ふぅうと頭を抑えると、その抑える手の上から一回り大きい手が重なった。
ごつごつとした、お父さんとは違う男の人の手。
少女は閉じていた目をパチリと開け、顔を上げる。
はあ、はあと白い息が暗闇に昇る。光も何もない空間で最初に見たのは、こちらを見る血のように深い赤い瞳だった。
しかし目を凝らしてみると、その赤い瞳をもつものは、人の形をしていると徐々にわかってくる。
地面にすっかりついてしまっている銀髪に、身体を覆う白いローブ。暗闇によく映える格好だった為、その者の形が見えるのは早かった。
未だに頭に置かれている手に触れてみる。すると、ビクリと手は震え、すぐに引っ込めてしまった。
「……だれ?」
少女が問いかけてみると、目の前の男の人は瞳を彷徨わせた後、口を開いた。
「――――。――――――――――――」
「え?」
しかし男が発した言葉は、全く理解できない言語であった。
日本語でも英語でもなんでもなく、もっと別次元のもの、そう思えるくらい、男が発した言語は不可解で、頭が理解するのを拒否していた。
暫くわからない言語で話していた男だったが、伝わっていないと気づいたのか、ぐっと口を噤む。
心なしか、その顔は悲しんでいるように見えた。
「……助けてくれたの?」
「?」
もしかして助けてくれた人なのかと少女は聞いてみたが、男は首を傾げるだけだった。
やがて男は思い出したかのように、片方の握り拳を差し出してくる。それを見ていると、男はパカリと握り拳を解いた。
途端、パラパラと何かの破片が落ちていく。
なんだろうと触ってみると――見覚えのあるイラストが描かれていることに気づいた。
そのイラストは、大好きなキャラクターが描かれていて。少女はそのイラストが描かれたキーホルダーを、肌身離さず持っていたはずなのだ。
しかし目が醒めてからそれは一度も見ていない。そして、バラバラになっているイラストが描かれたアクリルの破片――それだけで、少女はすぐにわかってしまい、じわりと目尻に涙が浮かんでしまった。
「き、きーほるだー……!」
「!?」
キーホルダーが壊れたことに涙を流すと、男は吃驚して身体を硬直させてしまった。
ポツポツと泣いていると、男はバタバタとその場で慌て始める。考える素振りをして冷や汗を垂らしていると、ふと必死に何かを思い出す素振りを見せた。
すると、何かを閃いた男は――突然、ぴかりと光り始めたのだ。
「!な、なに……!?」
驚きに目を瞑る。
暫くして光が収まり、目を開けると……ぽわぽわと光を帯びるキーホルダーが視界に映った。
「……え?」
手に取ってみる。
キーホルダーには、大好きなキャラクター……とは細部がちょこちょこ違うイラストが描かれていた。
褐色の肌に、長い銀髪、身体を覆う白いローブに、赤黒い翼という、異形が描かれたイラストのキーホルダー。
それをまじまじと見ていた少女は、ぱあと顔を輝かせる。
「おうさまだ!……おうさまって、はねはえてたっけ?まぁいいや!」
唯一前と違うのは、翼があるかないかと格好が違うくらいだが、それは少女にとっては誤差の範囲らしい。
上機嫌にキーホルダーを握り締めていた少女だったが、次第に事の重大さに気づいた。
――あの男がいない。
少女をここまで連れてきた男が、姿を消していたのだ。
少女は狼狽え、困惑した。今少女は完全に、この暗い空間で一人ぼっちだ。光源は何故か光るキーホルダーのみで、それ以外は何一つ存在しない。
一人となったことで、周りの音にも敏感になってくる。風の音、水が落ちる音、自分が動く音……全てが、少女の中で恐怖に変換されていく。
「……や、たすけて……!」
ぎゅ、とキーホルダーを握り締め、少女は助けを求めた。
助けなんて来るはずがないのに、少女は必死に祈って、誰かが来るのを待った。
「……だ、れかぁ……おかぁさん……!」
ボロボロと流れる涙を拭ってくれる母親はいない。
息が荒く、上手く呼吸が出来なくなる。
再度、意識が薄れていくその中で。
少女は、手のひらから伝わる温もりを感じた。




