運命の出会い:1
紺色のセーラー服に腕を通し、同色の長いスカートを穿く。
赤色のスカーフを巻いて身だしなみを整えた私は、ベッドの上に放っていたキーホルダーを手に取ると、それを学生鞄に付けた。
ぱちり、とちゃんと嵌まったことを確認した私は、鞄を持って自分の部屋を出る。
「お兄ちゃーん……あれ、もう行ったの?」
通り過ぎにお兄ちゃんの部屋を覗くけど、そこはもぬけの殻。待ってくれてもいいのに、とちょっとムカッとした感情が出てきたけど、お兄ちゃんが先に行くことは結構あるのでその感情を沈めておく。
階段を降りると、キッチンで洗い物をしているお母さんと、新聞を読んでいるお父さんが目に入った。
「お父さんお母さん、行ってきまーす!」
まあわざわざリビングに寄って言うことでもないなと思った私は、階段を降りてそのまま玄関に向かう時に去り際に挨拶を落としていく。
普段だったらそのまま靴を履いて出れるんだけど、今回はそうではなかったようで、お母さんが洗い物をやめて慌てて私の後を追ってきた。
「待ちなさいチカコ!車で送っていくわ!」
「え、なんで?めっずらし」
お母さんが車で学校まで送ってくれるなんて本当に珍しい。すっごい豪雨の時とかにしか出してくれないのに。
一体どうしたんだろうと疑問に思ったけど、その疑問は解消された。というより、お母さんが呆れた声で答えてくれたのだ。
「アンタ、知らないの?――この近くでダンジョンが出たのよ!」
「……あー、ダンジョンかあ」
『ダンジョン』。その単語を聞いて、私はお母さんがこんなに過保護になっている理由に気づいた。
それが理由なのなら、お母さんに車で送ってもらうのも無駄だ。早々に断ろう。
「それだったらいいや。歩いていく」
「何言ってんの!もし登校中に巻き込まれたら……!」
「巻き込まれたら車で送られても結局一緒じゃん。それに、ダンジョンが出たなら普段より道は混んでるはずだし、絶対学校に遅刻するって。それだけはいーや。じゃあ、そういうことで!」
「あ、ちょっと!」
これ以上の追及は避けて、私はお母さんの制止を振り切って家を出た。
早く家から離れようと小走りで学校方面に向かう。暫く走れば大通りに出たので、私はそこで足を緩めた。
走ったせいでじっとりと出る汗がちょっと気持ち悪くて、ぱたぱたと制服を仰いで風を作る。
「あっつーい。もう、お母さん本当に過保護なんだから」
お母さんの過保護っぷりにもちょっと嫌になってきた。私ももう中学生になったんだし、もう少し落ち着いたらいいのに、と愚痴を零す。
大通りに視線を移すと、大通りは色とりどりの車でぎゅうぎゅうになっていた。
「ほーら、やっぱり混んでんじゃん。徒歩選んでよかったー」
大通りには恐らく送迎であろう車がいっぱいで、渋滞を起こしている。全く進む気配のない車の列を見ながら、自分の選択を信じてよかったと私は一人で安堵した。
火照った身体も落ち着いたところで学校に向かって歩き出す。小走りに過ぎ去っていくサラリーマン。仔犬の散歩をする女の人とすれ違う。開店準備をしているお店の人を一瞥しながら進んでいると、ふと視界にあるものが映る。
私が見ている方面には駅があって、その駅の傍に建っているビルの横に、同じくらいの大きさの建造物が建っていた。
一見ビルのように見えるけど、その存在を知っている私はビルではないと一瞬で気づく。
「見た事ない『ダンジョン』……あれがお母さんが言ってた、昨日出たダンジョンなのかな~。てか意外にちかっ」
すっかり見慣れた光景になっているその異質な建造物――ダンジョンに対してそんな感想を零した私は、その後はダンジョンから目を離して鼻歌をしながら学校に向かった。
***
2019年秋。新しい年号が発表されて数日後、突如世界各国で「未知の建造物」が出現した。
大きさ問わず、下手すればビル以上。そんなバラバラの大きさの建造物が突然予告もなく地面から生えて、世界は大混乱に陥った。
未知の建造物が出現したことによって、偶々現場にいた人達による死傷者が出たり、交通機関とか色々大事な部分が機能しなくなったり、とにかく大変なことが起こって、連日偉い人が会見したり警察が発表したり、各国の大統領が集まって首脳会議を開いたりと、本当に世界で色々な動きがあった。
二年経った今それは色々やって、未知の建造物――後に〝ダンジョン〟と名付けられたものが普通の日常に溶け込めるくらいには落ち着いているけれど、それでもダンジョンに関するニュースや情報は常に飛び交っている。
「おっは~チカコ!ねえねえ、ダンジョンまた出たんだって!」
今日もこうやって、同級生からダンジョンに関しての話題がやってくる。
学校に登校して教室に入った瞬間、丁度目が合った同級生から挨拶と一緒に話題を投げられる。
その話題が、今朝お母さんが言っていたことだと気づいた私は、すぐに返した。
「あ〜それ!今日お母さんに言われて知ったわ〜!駅のとこのダンジョン?」
「そうそこ!マジでやばいよね〜。規模も今まで以上にデカイじゃん?今回は幸いにも犠牲者とかそういうの出てないけど、あれ駅のど真ん中に出てたらやばくない??」
「やっばいよそれ〜。てか誰も巻き込まれなかったんだ、凄いね」
「ね!なんか深夜に出たらしいっぽいよ!」
「なるほどね〜」
当たり障りのない問答を繰り返していると、チャイムが鳴った。そのチャイムの音で、色んな所に屯っていた同級生達が慌てて教室に戻ってくる。
私も教材とか仕舞わなきゃいけなかったから、同級生との会話を切り上げて自分の席に向かった。
自分の席について鞄を置いた後、隣の席を見る。
隣の席には三つ編みをした眼鏡の女の子が座っていて、女の子は開いていた本を丁度仕舞うところだった。
丁度いいや、と私は本を仕舞っている彼女に声をかけた。
「おはよ!」
「!……お、おはようございます……つ、九十九さん……」
女の子に声をかけると、彼女は肩を揺らした後、すっごい小さな声で私に挨拶を返してくれた。
その後は黙って前を向いたので、これ以上の会話はいらないなと判断した私は、鞄の中に突っ込まれてる教材を机の中に仕舞う為に集中した。
なんとか全部の教材を机の中に入れられたことでひと段落つくと、ガラリと扉が開いて担任の先生が入ってくる。
「はーいおはよ〜。出席取るぞ〜!元気に返事するように〜!」
「は〜い!」
「まだ呼んでないから落ち着きなさい〜!でも良い返事!」
「ごめんなさ〜い!」
若干の応酬を交えた先生は、その後出席番号順に皆の名前を呼ぶ。
全員いることを確認した先生は、名簿を閉じて教壇に手をついた後、教室を見渡した。
「今日も皆元気に登校しているな!感心感心!じゃあHR始めるぞー。今日は……」
今日の給食とか、サッカー部は体育館に集合するようにとか、そんな私には殆ど関係のない連絡事項が出てくる。
右から左に話を聞き流していると、最後に、と先生が敢えて区切って話し始めた。
「知っているやつもいると思うが、また昨日ダンジョンが出現した。今までにないくらい大きなダンジョンで、幸いにも被害にあった人はいないらしいが、お前達も十分気を付けるように。ダンジョンが学校に出たら、避難訓練のように動くんだぞ!」
「はーい」
「良い返事だ!じゃあHRは終わりとする!このまま一限の準備をするように!じゃあな!」
朝から話題になっているダンジョンのことを話題に出した後、先生は最後にそう言って教室を出ていった。
先生が出ていった後、教室はまたざわざわとざわめきだす。隣の席の子と話したり後ろの席の子と話したりと談笑しているけれど、よく話す子は私の近くの席にはいないし、私は大人しく次の授業の準備をすることにした。
その後は普通に学校生活を過ごす。
つまらない授業で眠そうになったり、ストレス発散できる体育で動きまくったり、体育で動き過ぎたせいで次の授業は寝ちゃって先生に怒られたり、特に代わり映えのない日常を過ごしていった。
「うわ、見てよこれ」
お昼休み。よく話す子達と机をつけて弁当を囲んでいると、スマホで動画を見ていた子が驚いた様子で私に画面を見せてきた。
画面を見ると、真っ暗な洞窟を進んでいる映像が流れていて、その画面の端では白色のコメントが下から上へ流れている。
「探索動画?」
「ちっがーう!生放送、今やってんの!」
「それがどうかしたの?」
探索動画、又は生配信――ダンジョンが出てきて急激に増加したそれは、今となっては別にあってもおかしくない、という認識になっている。
最初は批判が殺到したりして大変だったけど、偉い人があることを決めた後から批判は段々と無くなっていたのだ。
そのあることの一部が、今見せられている画面……生配信にある。
「ちょい見せて……普通にプレイヤーの配信じゃん。何がおかしいん?」
別の子が画面を見てそう言う。
〝プレイヤー〟。その子が口にした単語こそ、このダンジョン探索の生配信とかが許されている理由の一つである。
初めてダンジョンが現れて暫く経った後。ダンジョンの中に入れることが判明した。入れることがわかった後、警察とか自衛隊とかがダンジョン内を調査する為にダンジョンに入った事がある。
だけどその時、警察とかに無断でダンジョンの中に入った一般人とかがいたのだ。
当時、ダンジョンに入れる事は秘密にされていたそうだけど、どっかから情報が漏れて、一時期ネットが「あの変な物体の中に入れるらしい」という記事で溢れていた。それを見た一般人、特に学生や配信者とかが、警察とかの目を掻い潜って無断でダンジョンの中に入る事件が発生したのだ。
当時は本当に凄かったらしい。私は覚えてないけど。日中ダンジョンの中に無断で入る人を必死で止めようとする警察のニュースとかが流れてて、ネットでも無断でダンジョンに入った人と、止めれなかった警察に対する批判がいっぱいあったり、警察が何日もダンジョンに入るな!っていう警告文を拡散したりしてたからそれはもう凄かった、ぽい。
でも対策をしても、ダンジョンに入りたがる人は後を絶たず、警察も手に負えなくなった頃だった。偉い人が、「一般人もある条件をクリアすればダンジョンに入っていい」って正式に声明したのは。
どういう意図なのかわからないけど、わざわざ偉い人が「一般人でも条件付きで入っていいよ〜」って公表したせいで、最初の時はすっごい批判や暴言の嵐だったらしいけど、その条件をクリアした人が警察以上にダンジョンに関する情報を持ち帰ったりしてくれたおかげで、「国の判断は間違ってなかったんだな」っていう認識が広まって、今に至る。
で、その条件付きでダンジョンに入っていい人ってのが、プレイヤーって呼ばれてるってわけ。
プレイヤーになった人は、規定違反していなければ配信、又は動画にしてもいいことになっている。配信とか動画に残してくれた方が、後々に役立てるからだ。だから日々ダンジョン探索配信をしてる人はいるから、珍しいものではない。
逆に違反したら即永久BAN。二度とチャンネルは作れないし、プレイヤーのライセンスも違反の内容によっては剥奪される。
まぁ以上を踏まえてで友達が見せている画面は、私からしてみれば普通のプレイヤーの探索配信にしか見えないんだけど、友達はそうじゃないらしい。
「ほら、このコメント見てよ」
わざわざ今も流れているコメントを遡された友達に言われて、私ともう一人は一緒にそのコメントを見た。
友達の指が止まったところには、「これ野良ダンジョンじゃん、通報〜」っていう文字が流れている。
それを見て、「あ」と一緒に覗き込んできた子は気づいたように声を上げた。
「何こいつ、野良ダンジョンで探索してんの?」
「らしいよ!マジやばくね!?」
「馬鹿だなぁ。この際だからどれくらいでBANされるか賭けちゃおうよ。あたしは後一分でいなくなると思う!」
「え〜じゃあ〜……」
二人が賭け事をしている隣で、私はそういうことかと納得しながら弁当の中に入っていたソーセージを食べた。
〝野良ダンジョン〟確か、警察とかの管理に置かれていない放置されたダンジョンのことだった筈。
基本的にダンジョンは警察、というか国の管理下にあり、管理下にあるダンジョンは、入口前に特別な扉が設置されている。その扉が設置されているダンジョンは国が管理しているものと一目で分かるし、国が管理していればプレイヤーであれば自由に出入りすることが出来る。
だけど、一部では国の管理下になっていないダンジョンがある。いや、出来ていないと言った方が正しい。それを確か野良ダンジョンと呼んでいたはずだ。
ダンジョンは世界にいっぱいあって、警察だけでは見つけきれないダンジョンも当然ある。例えばめちゃくちゃ小さいダンジョンとか、森の中に隠れているダンジョンとか、海の中にあるダンジョンとか。そういうのが警察の方で見つけきれていないのが現実問題になっている。
それを対策する為に、国からも「野良ダンジョンを見つけたらすぐにこの電話番号まで!」とかいうお知らせを沢山してるんだけど、それに従わない人も当然いる。
現にこの画面に映っている配信者がそうで、この配信者はたまたま見つけた野良ダンジョンに無断で入って探索しようとしているらしい。
野良ダンジョンに無断侵入は違反行為だ。
野良ダンジョンは国の調査も何も行っていない、完全な未知のダンジョン。色々攻略サイトとかに載っている国の管理下にあるダンジョンとは訳が違い、どんなモンスターがいるのか、どんな罠が隠されているのか、何階層まであるのか、そもそもダンジョンの構造はどんなものなのか……その調査を全く行っていない為、国はプレイヤーやプレイヤー以外の人が勝手に野良ダンジョンに入るのを禁止している。
いくらダンジョン内で死体が出来上がることがないと言っても、必ず精神崩壊を起こすプレイヤーはいるので、それを未然に防ぐ為に、野良ダンジョンに無断で入ったプレイヤー、又は一般人は厳しく処罰されることになっているんだけど、さっきも言った通り、この配信者みたいに従わない人もいるんだよね。
こうやってルールを破る人って、どういう気持ちで行動してるのかな。
「――あ、BANされた」
「マジ!?記録は!?」
「一分だからあたしの勝ち~!ジュース奢りで!」
「はあ!?負けた~!」
野良ダンジョンに関して思い出していると、友達がにわかに騒ぎ出した。
画面を見ると、野良ダンジョンを探索していた配信者の生放送が止まっており、また、その配信者のチャンネルがBANされているのが確認できた。
誰かの通報によって、警察から緊急生放送停止と垢BAN、両方喰らったなあ、大変そうと他人事のように思う。
今頃警察とかが配信者を特定して突撃してることだろう。それくらい、野良ダンジョンに関しては警察も敏感ですぐ動いてくれるのだ。
そうやって俊敏に動くけど、未だに野良ダンジョンはいっぱいあるんだよなあ……。まあ、それを考えてたらキリがないか。
「ごちそうさま~」
「え、チカコもう食べたの!?」
「二人が賭け事してる間に大分食べちゃったもん。二人も早く食べな~」
「うっわもう十分しかないんだけど!!早く食べちゃお!」
いそいそとご飯を食べる二人を後目に、私は弁当を片付ける。
今日のお弁当も美味しかったなあ。大好きな卵焼きが入ってたし、また明日も卵焼き入れてほしい。
さて、弁当も食べたし、二人はご飯食べるのに忙しそうだし、先に席に戻っていよう。
二人に断りを入れて、私は先に自分の席に戻る。スマホとかあったらそれ弄って暇を潰すんだけど、私はスマホを持っていないから別の方法で時間を潰すしかない。
まあ、いつも通り教科書とか読んで時間潰そうかなあ、と私は次の授業の教材を引っ張り出して、ちりちりと鞄に付けているお気に入りのキーホルダーが揺れる音を聞きながら、その教科書の中身を読み始めた。




