迷宮について:1
寒くて、痛くて、寂しかった。
自分の声しか聞こえなくて、聞こえたとしても自分と同じじゃない、不気味な声が返ってくるだけ。
音も、空気も、全てが別世界のように思えて、全てが恐怖の対象になっていた彼女の精神は限界を迎えていた。
なんでこうなったのだろう、と考えても、最早きっかけがなんなのか思い出せない。思い出す暇がない。
それ以上に恐怖が上塗りしてしまう為、原因を特定することが彼女には出来なかった。
何度も家族の名前を呼んだ。何度も家族の名前を叫んだ。
しかし大好きな家族は、彼女の声に反応してくれなかった。
そして、全てに限界を迎えた時。
彼女は、血に濡れたような真紅の瞳と目が合って、気を失った。
***
――朝。
目が醒めた私は、机に置かれたいつものキーホルダーをジッと見つめる。
私が幼い頃から大切にしている、銀髪に褐色肌の男のキャラクターが印刷されたキーホルダー。何度見てもいつものなんの変哲もない、普通のキーホルダーだ。
でも私は昨日見てしまった。
――このキーホルダーに変わる、モンスターの姿を。
あの後から、このキーホルダーがモンスターに変わる瞬間を見ていない。
もしかしてあれも夢だったのかなと思ったけど、今朝目が醒めて廊下に出た時にお母さんと顔を合わせると「アンタ大丈夫?昨日様子がおかしかったけど」と言われたことで、昨日のことが夢ではないと改めて突きつけられてしまった。
そんで顔を洗って、取り合えずパジャマから着替えて、ご飯に呼ばれるまではキーホルダーを観察することにしたんだけど……。
「ん~~~~~。やっぱふっつうのキーホルダーだよなぁ~~~……」
持ち上げてみて光に翳したり、こんこんと机に向かって軽く叩いたりしてみたけど、やっぱり普通のキーホルダーにしか見えない。
「実はこのキーホルダー、モンスターで!姿を変えられるんですよ~!」って言われても鼻で笑われるくらいどこからどうみても普通の、いつも付けているキーホルダーだ。
「……というか、よく見たらこのキャラ、昨日のモンスターとどこか似てる……?」
普段はそこまで気にしていなかったけど、改めて見ると昨日のモンスターとこのキーホルダーで共通点があった。
銀髪もそうだし、褐色肌も、男も、真っ赤な瞳も。悪魔みたいな翼がないだけで、その他の部分は殆どそっくりだった。
……なんでこんなに似てるんだろ?
「…………あれ、そういえば、このキーホルダー……」
ふと、疑問に思ったことを口に出そうとした時、部屋の外から「チカコ~!」とお母さんの声がした。
私は慌てて返事をして、キーホルダーを持ったまま部屋を出ようとした。けど、直前で思いとどまって、悩みに悩んだ末、キーホルダーは机の上に置いておくことにした。
また昨日みたいに突然モンスターが現れたりしたら大変だから。
「お父さんとお母さん出かけるけど、アンタ達今日の予定はどうなってるの?」
お母さんが作ってくれた卵焼きをぱくぱく食べていると、席についたお母さんがそんなことを聞いてきた。
そのお母さんの質問に、私が答えるより早くお兄ちゃんが答えた。
「今日はゲームでもしようかな。最近勉強ばっかで疲れたし」
「それはいいわね。たまには休憩も必要だもの。チカコは?」
私の方に話が振られたので、私は卵焼きをもぐもぐしながら返事を考える。
元々今日は出かける予定だったけど、どこにでかけるか明確には決めていなかった。近くのゲームセンターか公園にでも行こうかなあなんて考えてたけど……脳裏に昨日のモンスターと、ダンジョンのことが頭に過った。
……うん、折角だし、あそこに行こう。
卵焼きを呑み込んだ私は、お母さんに返事する。
「今日は出かける。お昼ご飯もいらない!」
「ご飯はいらない?どこにでかけるのよ」
首を傾げるお母さんと、新聞から顔を上げたお父さんと目が合う。
その視線を受けながら、私はにっぱりと答えた。
「――図書館!」




