プロローグ
すっかり伸び切った髪を一つに簡単に纏める。少し強めに縛った髪を軽く払い、その上から白いカットシャツを着た。
黒のプリーツスカートに、タイツを纏った足を通していく。スカートの中にシャツを入れて、腰辺りでスカートのチャックを締める。落ちないようにベルトで固定するのも忘れない。
スカートに皺がないことを確認した後、シャツの上から黒のジャケットを羽織る。パッパと引き締めた後、机に置いていたネクタイを手に取って、慣れた手つきで首元を結んだ。
この行為にも回数を重ねればすっかり慣れてしまった。最初はネクタイを結ぶことも出来なかったのにな、と一人で感慨深くなる。
ネクタイが曲がっていないかどうかもちゃんと鏡の前で確認し、髪もおかしくないか見て、最後に全体を確認する。その最終の自己チェックで身だしなみは完璧だと判断した私は、最後の仕上げをする為に鏡の前から移動した。
最後の仕上げ――机の上に置かれている、人型の男性の人形がついたキーホルダーを手に取ると、それを傍に置いてあった鞄に取り付けた。
カチン、と留め具がちゃんと留まったことを確認した私は、その鞄を持って玄関に向かう。
玄関に置いてある黒のヒールを履いた私は、「行ってきます」と誰もいない部屋に挨拶を残して、部屋を出た。
部屋を出た私は、ある場所に向かう為にヒールの音を響かせながら廊下を歩く。
廊下ですれ違う人達は、私を見て怯えたような、畏怖するような、そんな表情を浮かべながら私を避けて歩いていた。
その視線は以前と比べると随分マシになったけど、やっぱりその視線を向けられる側としては気落ちしてしまう。
しかしこの光景は、もう以前から予想していたことだ。それに、その視線を無くすために、私は彼らと生きるのを決めたのだ。
それは絶対に揺るがない、信念。
チリチリと、まるで私を励ますかのようにキーホルダーが揺れる。
大丈夫、わかってるよ。
安心させるようにキーホルダーを撫でれば、キーホルダーはそのまま沈黙した。
廊下を歩き続けると、やがて大きな扉が現れる。
扉の左右に立っている警備兵が私の存在に気づくと、「この中で待っている」と扉の開錠の作業を始めた。
扉の前に立った私は、ふう、と息を吐いて、吸った。
落ち着け。大丈夫。私が焦ったら、相手も不安になってしまう。
ドキドキとなる心臓辺りに手を当てて、自分を落ち着かせる。何回か息を吸って、吐いてを繰り返したら、幾分か気持ちが楽になって来た。
……うん、行ける。
顔を上げると、警備兵と目が合う。彼は私が落ち着くのを待っていたようで、「いいか?」と声をかけてくれた。
その気遣いに胸の辺りが暖かくなるのを感じた私は、笑みを零して「大丈夫です、お願いします」と答えた。
それを聞いた警備兵達はお互いに頷くと、二人がかりで重厚な扉を開けた。
ギギギ、と大きな音を立てて開かれる扉。完全に開かれた後、私はゆっくりと、その部屋の中に入っていく。
部屋の中に入ると、すぐに扉が音を立てて閉じられる。完全に閉じられたのを確認した後、私は改めて正面を見た。
私の視線の先には、不安で泣きそうになっている子供がいる。
確か、十三歳になったばかりだったはずだ。中学校に入ってまだ数日しか経っていなかったはず。これから新しい学校生活が始まる矢先でここに来てしまったんだ。不安で仕方がないのもしょうがない。
ごめんね、こんな所に連れてきて。でも、これが私の仕事だから。
私が自分で決めた、未来を作る大仕事。その為に私は、自分の未来を捨てた。
そして、彼らとの未来を作る為に動き出したのだ。
これはその第一歩。一歩、踏み出さなきゃ。
一度深呼吸し、自分の身体が落ち着いているのを確認した後、私は笑みを作る。
相手を不安にさせない為に。私自身の言葉を聞いてもらう為に。
私は、その子に声をかけた。
「――初めまして。私の名前は九十九チカコ。貴方の名前を聞いてもいい?」
顔を上げたその子は、不安でいっぱいの顔で私を見つめる。
幼さが残るその顔を見た私は、懐かしさに浸った。
――全てが始まったのも、私が十三歳の頃だった。
あの時彼らに呼ばれなければ、私は今ここにはいないだろう。呼ばれていなかったら、今頃普通の職について、普通に女性としてお洒落を楽しんだり、恋人を作ったり、そして結婚したりと、幸せな人生を送っていたのだろうか。
そんな未来永劫訪れない人生を思い描く暇は私にはない。
でも、懐かしさに浸るくらいならいいかな。
あの時、運命の日。
私が彼らに呼ばれてから始まった、五年間の怒涛の日々を。
もう一度決意を高める為に思い出すのも、悪くはないだろう。
私は目の前にいるその子に話し始めるのと同時に、これまでに起こった日々を思い出していった。




