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銀月のレガシー  作者: 七日
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◆第八章:恐怖の支配

挿絵(By みてみん)


 エリアスと別れた後、リアムとクレオラはバーテンダーに教えられた『血溜まりの路地』へと向かっていた。だが、酒場での騒ぎの後だ。敵が待ち構えている可能性も高い。

「姉さん、少し様子を見よう」

 リアムの提案に、クレオラは無言で頷くと、二人で路地の入り口が見える物陰に身を潜めた。


 長い監視の中、分かったことがいくつかあった。

 路地の奥には、背の低い小男が一人、門番のように立っている。時折、何者かがその小男に話しかけると、小男は相手を値踏みするように見た後、認めた者だけを路地のさらに奥へと通していた。

 そして、路地の奥へ進んだ者たちは、突き当たりにある、何の変哲もない倉庫の、分厚い鉄の扉を、特定のパターンでノックしていた――『トン、トトン、トン』。すると小さな覗き穴が開き、中から誰かが確認した後、扉が開いて、訪問者は中へと吸い込まれていく。

「……姉さん、あれが『深赤の刃』のアジトの本当の入口だ。どうする? 話をしたいと言って、素直に通してくれるとは思えない」

 リアムが尋ねると、クレオラは短く答えた。

「待っていて」


 クレオラは音もなく立ち上がると、闇に溶けるようにして路地裏へ向かった。彼女は小男の背後に無音で立つと、その腕が蛇のように彼の首に巻き付いた。

 一瞬の抵抗も許さず、的確な絞め技が小男の意識を闇へと沈める。彼は声一つ上げることなく、静かに崩れ落ちた。


 しばらくして、小男が意識を取り戻すと、目の前にはクレオラの無表情な顔があった。彼は路地の冷たい壁に押さえつけられていた。

 クレオラの尋問に、恐怖で支配された彼の舌は、驚くほど軽かった。


 小男の話によれば、アジトは倉庫の地下にあるという。地上階はただの偽装で、拠点はその下。内部には、共有の酒保、訓練場、寝床、そして奥に幹部の寝室があるらしい。今、中にいる組織の者は10人ほどだが、このアジトを仕切っているのは「夜鷹のサイラス」と呼ばれる男で、相当な手練れだという。


 クレオラは全ての情報を聞き出すと、再び小男を気絶させ、物陰に転がした。そして、リアムの方を静かに見つめる。その瞳が「どうする?」と問いかけていた。

 リアムは、姉の意図を汲み取り、決意を固めて言った。

「王の言う『不穏な動き』というのが、この『深赤の刃』にあるのなら、僕たちが見過ごすわけにはいかない」

 その言葉に、今度はクレオラが静かに頷いた。二人はアジトへ侵入することを決意した。


 分厚い鉄の扉の前に立ち、クレオラが教えられた通りのリズムでノックする。

『トン、トトン、トン』。


 わずかな沈黙の後、扉の中央にある小さな覗き穴が、音もなく開いた。中から、油断のない目がこちらを窺っている。

 リアムは、バーテンダーに教えられた合言葉を、低い声で告げた。

「梟の夜鳴きが、三度聞こえた」


 覗き穴の向こうの目が、わずかに細められる。やがて、重い錠が開く音がして、扉が軋みながら内側へと開かれた。

 中にいたのは、黒ずくめの服を着た、痩せた男だった。彼は二人を中に招き入れると、すぐに扉を閉めた。倉庫の中は、埃っぽい木箱や古い樽が乱雑に積まれているだけだった。

「用件は? 麻薬が欲しいのか? それとも、殺して欲しい相手がいるのか?」


 男の問いに、リアムが答える。

「カーマインと話したい」

 扉の向こうで、男が少し考える気配がした。やがて、重い錠が開く音がして、扉が軋みながら開いた。

「カーマイン様は地下におられる。案内しよう」


 男が背を向け、地下へと続く階段を指し示した、その瞬間。

 クレオラは、その案内に潜む嘘の匂いを、獣のような直感で見抜いていた。

 男が歩き出そうとしたその足を、クレオラの蹴りが的確に払う。体勢を崩した暗殺者は、悲鳴を上げる間もなく、暗い地下への階段を転がり落ちていった。

 リアムが驚いて目を見開く中、クレオラは近くにあったランプを掴むと、躊躇なく階段の下へ投げつけた。割れたランプから溢れた油に火が燃え広がる。地下からは、一瞬の驚きの叫びと、それに続く数人の男たちのうろたえた怒号、そして熱と煙に咳き込む苦しげな声が、くぐもって聞こえてきた。

 さらにクレオラは、近くにあった棚や木箱を入り口へと引きずり、地下への道を完全に塞いだ。炎と煙から誰も逃がさない、容赦のない封鎖だった。


「姉さん、全員倒してしまったら、情報が聞き出せないよ!」

 リアムが慌てて言う。だが、その時だった。アジトの、さらに奥の扉が開き、一人の男が戻ってきた。


「リアム、この男は強い」

 クレオラが、腰の剣に手をかけながら呟いた。


 現れたのは、両手にダガーを逆手に持った、鋭い目つきの男だった。おそらく、彼こそが「夜鷹のサイラス」。その佇まいは、これまでの下っ端の暗殺者たちとは比較にならない。

 男は一言も発さず、クレオラに向かって突進した。二本のダガーが、変幻自在の軌道でクレオラを襲う。その速さと的確さは、並の戦士なら一瞬で切り刻まれているだろう。

 だが、クレオラの敵ではなかった。

 彼女は最小限の動きで全ての攻撃をいなすと、一瞬の隙を突き、サイラスの懐へと踏み込む。抜き放った剣が、月光を反射して一度だけきらめいた。

 次の瞬間、サイラスの両手首から鮮血が噴き出す。彼の両手の腱は、一太刀の下に、正確無比に断ち切られていた。


「ああ……っ!」

 サイラスは両手のダガーを取り落とし、その場に崩れ落ちて激しく咳き込んだ。


「カーマインはどこだ! 何を企んでいる!」

 リアムが、情報を聞き出すために、倒れたサイラスに駆け寄る。


 だが、サイラスはリアムの問いに答えず、血の混じった唾を吐き捨て、狂ったように笑い始めた。

「ハ……ハハ……話せば殺される……話さなくても、カーマインに知られれば、ただでは済まない……! どのみち終わりだ……!」

 絶望的な言葉と共に、彼は奥歯を強く噛み砕いた。隠していた毒薬が、即座に彼の命を奪う。サイラスの体は一度大きく痙攣し、そして、動かなくなった。


「自決した……!」

 リアムは舌打ちした。せっかく捕らえた幹部だったが、結局、何の情報も得られなかった。ただ、カーマインという男が、部下に自決を選ばせるほどの、底知れない恐怖で組織を支配しているという事実だけを、まざまざと見せつけられただけだった。

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