◆第二十章:シルヴァリアへの道
アルベール王の元に、フロストゲートからの緊急の知らせが届いた。
「陛下! グラドゥスの一行が、監視の兵を殺害し、禁断の森へ向かった模様です!」
「なに!?」アルベールは玉座から立ち上がった。「やはりグラドゥスとアールヴが手を組んでいたというのか……! おのれ……!」
ヴァルガスは、冷静に王を諫めた。
「陛下、禁断の森に逃げ込まれては、我らにはもはや手が出せませぬ」
「……いや」アルベールは、怒りを抑え、不敵な笑みを浮かべた。「手は、すでに打っておる」
ヴァルガスは、その言葉の真意を測りかねていた。(アルドリックには悪いことをしたが、結果としてグラドゥスを追い詰めることには成功したか。……次は、ドヴェルグの対処を考えねばなるまい……)
***
その頃、サンギーヌは、リアムに率いられた竜の一族と、シルヴァリアの森の入口で落ち合っていた。
「サンギーヌ殿、ご助言に感謝する」
「リアム殿。それより、グラドゥス殿の容態はどうだ?」
サンギーヌは、一行の後方にある、担架が乗せられた馬車を心配そうに覗き込む。
「しばらく安静にすれば、大丈夫とのことです」
サンギーヌは、その言葉に安堵し、そして、深く頭を下げた。
「……申し訳ない。私の復讐に、皆を巻き込んでしまった」
「貴殿だけの問題ではない」リアムは、きっぱりと言った。「姉さんは、決して王には渡さない。……斥候を殺した以上、王の元にはすでに報告が届いているだろう。急ごう」
「私が先導しよう」
エリアスが、一行の前に立った。
森の中は、昼なお薄暗く、神秘的な静寂に包まれていた。
「思った通りだ。見張りの気配はない。我らが来ることは、周知されているようだ」
エリアスの言葉に、グリムが感心したように周囲を見渡す。
「ここへ来るのは初めてだが、良いところだな」
エリアスが答える。「もともとは、我々が島の半分をドヴェルグと二分していた。人族が住み着き、ドヴェルグと結託してから、この森に追いやられたのだ」
「ふん。つまり、ここは安全ってことだ」
エリアスは頷いた。
「ああ。ここは精霊の領域だ。鋼の武器だけを頼る者には、分が悪い」
その時、フィーナが、木々の間を舞う小さな光の玉を見つけ、声を上げた。
「姉様、見て! 綺麗だね! あの子達のお友達がいるよ!」
精霊たちを見てはしゃぐ妹の顔を見て、クレオラも、ふっと微笑んだ。
やがて一行は、シルヴァリアの都に到着した。コリンが一行を見つけると、ぱあっと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「エリアスさん! 皆さん! お待ちしてました!」
そして、彼は近くの木の幹にそっと手を触れ、何事か囁いた。すると、木の葉の一枚がひとりでにちぎれて、蝶のように舞いながら、都の奥へと飛んでいった。
「エルデラン様、もうすぐ来ます!」
コリンがにこやかに言う通り、しばらくしてエルデランが姿を現した。
「エリアス……。また災難を持ってきたのか?」
彼は、その後ろに続く竜の一族の一行を見て、さらに眉をひそめた。
「兄者、すまない。ここへ来るしかなかったのだ」
サンギーヌが、これまでの経緯をエルデランに説明する。リアムが、父の治療を願い出た。
「父が重傷なんだ。回復するまで匿ってくれないか?」
「……仕方があるまい。精霊の力なら、回復を早めることもできよう」
エルデランは側近に命じ、グラドゥスを治療の間へと運ばせた。
***
その頃、アルベール王の元に、一人の錬金術師が報告に訪れていた。
「陛下、ご命令の品が、ついに完成いたしました」
「そうか、ついに完成したか! 全軍に伝えよ! 明朝、シルヴァリアへ侵攻する!」
翌朝、シルヴァリアの森の入口は、王国軍の黒い人波で埋め尽くされていた。
「エルデラン様! 人族が攻めてきたようです!」
コリンの報告に、エルデランは吐き捨てた。
「命知らずの奴らめ! 入口へ兵を集めよ! 返り討ちにするのだ!」
アルベールの号令で、大盾を構えた前衛が、森へと進行を始める。しばらくすると、木々の間から、無数の矢が降り注いだ。だが、王国軍はそれを盾で防ぎ、後方から弓矢で応戦する。
アールヴの兵士たちが、風の精霊の力を使い、巨大な風の球体を放つ。だが、それは王国軍の盾に当たると、吸い込まれるようにして消えてしまった。
その光景に、アールヴの兵士たちから動揺の声が上がる。
「狙い通りだ!」
アルベールは、勝利を確信して叫んだ。
「精霊の力など、我らには通用せん!」
彼が前衛に構えさせていた大盾には、かつてテオドール前王がシルヴァリア侵攻のために集めていたレムリアンシードが、惜しげもなく装飾されていたのだ。
「エルデラン様! みんなの話だと敵は精霊の力が効かないようです! どうしますか!」
「ふん、小人族の肩入れか! 精霊の力が効かぬのであれば、遊撃と奇襲を続けよ!」
アルベールは、森の奥から現れたアールヴの兵士たちを見て、不敵に笑った。
「敵を引っ張り出せたようだな。……ここまでだ! 術師は炎を構えよ! 弓矢隊は火矢を用意しろ!」
錬金術師たちが、粘着性の高い、不気味な液体が入った壺を投げつける。アルベールの合図で、無数の火矢が放かれた。森は、瞬く間に炎に包まれた。
「火の狼煙を見て、南西に隠れていた部隊が姿を見せました!」
「よし! 奇襲部隊は攻撃を継続! 本隊は一時撤退する!」
「エルデラン様! 敵は不思議な火を放ったようです! 鎮火できません! 南西に、新たな敵が現れました!」
「不滅の火か! だが、この森が今まで侵攻されなかった理由を、奴らは分かっておらぬようだな。火は放っておけば良い! 部隊を南西の敵に当たらせよ!」
だが、アルベールの元に届いたのは、信じがたい報告だった。
「奇襲部隊、壊滅!」
「なんだと!? 火はどうなっている!」
「火は……次々と、自然に消滅している模様です……!」
「馬鹿な!」
エルデランは、森の木々が大量の水分を吸い上げ、不滅の火さえも消し止めていく様を、静かに見ていた。
「……誤算だったようだな、アルベール。恥をかいて、逃げ帰るが良い」
***
「良かった……。しかし、これからも王国の侵攻は続くだろう」
リアムの言葉に、サンギーヌも頷いた。
「うむ。王国がこれで諦めるとは思えん。次の手を考えるだろう」
その時、グリムが、何かを決意したように口を開いた。
「とことん運がねぇな。……帰りたくなかったが、仕方ねぇ。……俺の故郷に行くか?」
「!?」
リアムが驚いてグリムを見ると、彼はリアムの耳をぐい、と掴んだ。
「お前さん、耳が遠くなったのか? 俺の故郷に行くんだよ」
「いてて! 聞こえてるよ! 故郷って、なんの話だ!?」
「ここより、ずっと北方にある、俺が生まれた場所だ。森の裏を大きく迂回すれば、王国の奴らには見つからんだろう」
「北方の部族と言えば、王国を攻めた……」
「あいつらも、色々あるのさ」
グリムは、それ以上は語らなかった。
サンギーヌが、その提案に頷いた。
「……それは、良い案かもしれぬな。……王の目から、完全に逃れることができる」
リアムは、父が眠る部屋の方を見つめた。
「……父さんの回復を待とう」
その日、アルベール軍は、大きな損害を出して、撤退したのであった。




