◆第十九章:故郷を背に
王都の謁見の間は、重い空気に満ちていた。
アルドリック・ハーコートの決闘での死は、王都の貴族社会に、大きな波紋を広げていた。たとえ降参した相手を殺害したとはいえ、騎士の爵位を持つ者が、北の蛮族とも言える素性の知れぬ娘に殺されたのだ。「平民に貴族が殺されるなど、前代未聞」「王国の秩序が乱れる」――そのような声が、日に日に大きくなっていた。保守的な貴族派閥が、連日、クレオラの厳罰と身柄の引き渡しを求めていたからだ。
「陛下、いかがなさいますか」
ヴァルガスの問いに、アルベールは深くため息をついた。
「……ヴァルガス。ハーコート家の重鎮たちが次々と謎の死を遂げている件、お前はどう見る?」
「はて……。あるいは、グラドゥス率いる竜の一族による、報復やもしれませぬな」
ヴァルガスは、慎重に言葉を選びながら言った。
「まさか」アルベールは首を横に振った。「我は、彼らと共に戦った。あれほどの大軍勢を率いながら、その戦い方は、あまりに真っ直ぐで、不器用なほどだった。このような、陰湿な暗殺など、奴らの流儀ではあるまい。……あるいは、グラドゥスを罠にかけようとする者が、別にいるのではないか?」
「……実は、陛下」
ヴァルガスは、待っていたかのように口を開いた。
「グラドゥス一行が、シルヴァリアの禁断の森に入っていくのを見た、という者がおります」
「なに、それは本当か!?」
アルベールの表情が、初めて険しいものに変わった。
「……アールヴと繋がりがあるとなれば、話は別だ。グラドゥスの報復も、有り得るかもしれん……」
アルベールは、側近に羊皮紙とペンを用意させると、自ら筆を走らせた。
「この書状を、フロストゲートに届けるのだ」
***
その手紙が、数日後、フロストゲートのグラドゥスの元に届いた。読んだのは、父の代わりに一族をまとめていたリアムだった。
『……アルドリックの蛮行については、誠に遺憾である。だが、この一件で、王都の貴族たちが大きく揺れている。これ以上の混乱を避けるため、彼らを鎮める必要がある。よって、クレオラの身柄を、王都へ引き渡すように』
リアムは、そのあまりに一方的な内容に、憤慨し、手紙を握り潰した。
部屋の隅では、クレオラが、泣きじゃくるフィーナの背中を、ただ黙って撫でていた。
集まった竜の一族の仲間たちも、悔しさに唇を噛む。
「しかし、このままではまずいな……」
「グラドゥスが動けぬ今、一体、誰が指揮を執るのだ……」
その時、これまで黙って酒を飲んでいたグリムが、重々しく口を開いた。
「リアムが指揮を執る」
その場にいた全員の視線が、リアムに集まる。
「こいつは、竜神の儀を終えてる。問題あるめぇ。何より、あのグラウンドル峯の地竜を、一撃で倒した男だからな」
グリムは、悪びれもせずにそううそぶいた。
「なに、あの地竜を!」「さすがはグラドゥスの子だ!」
仲間たちの、驚きと賞賛の声が上がる。リアムは、顔を真っ赤にして何か言おうとしたが、グリムの視線に、それを飲み込んだ。
「じゃあ、これで決まりだな」グリムは、リアムの肩を叩いた。「長よ。次は、どうするんだ?」
リアムは、一度、目を閉じ、そして、覚悟を決めた顔で仲間たちを見渡した。
「……何日かすれば、王国からの追求が来るだろう。だが、姉さんは、決して王国には渡さない!」
「そうだ!」「そうだ!」と、仲間たちの賛同の声が上がる。
リアムは、部屋の影に向かって声をかけた。
「エリアス! いるんだろう?」
影が揺れめき、エリアアスが姿を現す。
「すまないが、頼みがある。サンギーヌ殿の知恵を借りたい。だが、この街は、すでに王国の監視の目が行き届いている。お前しか、動けない」
エリアスは、クレオラの顔を一度だけ見た。
「仰せのままに」
***
その夜、エリアスは誰にも気づかれずにフロストゲートを抜け出し、ハイポイントの宿で身を隠していたサンギーヌの元へ向かった。
事情を聞いたサンギーヌは、深くため息をついた。
「……王国の魔の手か。このままこの地に留まっていても、処刑を待つのみだ。……もう一度、シルヴァリアを頼ろう」
「賛成だ」
「それでは、準備が出来次第、決行だ。森の入口で落ち合おう」
エリアスが、具体的な作戦を立てる。
サンギーヌは、その言葉に頷いた。
「分かった。気をつけるのじゃぞ」
エリアスは、再びリアムの元へ戻ると、サンギーヌの提案を伝えた。
「禁断の森の警備は、かわせるのか?」
「精霊の加護を受けたクレオラ様を、アールヴが無下にはいたしますまい」
「分かった。父上の容体は?」
リアムが、近くにいた一族の長老に尋ねる。
「傷は深いが、命に別状はない。数日は安静が必要じゃがな」
「そうか……」
リアムは、父の看病をするフィーナと、その傍らに立つクレオラを見た。そして、静かに告げた。
「明日の夜、決行する」
決行の夜。月明かりもない、深い闇の中、エリアスが、フロストゲートを見張る王国の兵士たちを、音もなく始末していく。
やがて、彼はリアムに合図を送った。
それを受け、リアムは、静かに出立の準備を整えていた、竜の一族の仲間たちに向かって、静かに、しかし力強く、号令をかけた。
「我らは、王国に屈しない! 出立する!」
それは、この北の地でようやく手に入れた束の間の平穏を捨て、再び、先の見えぬ旅に出ることを意味していた。
だが、その声に、迷いはなかった。




