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銀月のレガシー  作者: 七日
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◆第一章:王都の凱旋

挿絵(By みてみん)


北の山の厳しい冬がようやく終わりを告げ、雪解け水がきらめく渓谷を、一行は南へと進んでいた。日に日に道の両脇の緑は深くなり、人の往来が活発になるにつれ、道の先にかすかに見えてきたのは、大陸の覇者が住まうという王都の巨大なシルエットだった。


 歳月は流れ、辺境の領地でグラドゥスは穏やかな日々を送っていた。実の息子リアム、娘のフィーナ、そして義娘のクレオラ。

 クレオラが村に来て数年経った頃も、彼女はその異質な出自から、一族の中でどこか浮いた存在だった。アールヴ特有の銀髪と尖った耳、そして感情を滅多に表に出さない寡黙な性格は、実直で豪快な龍の一族の気風とは馴染まなかったのだ。「森の魔物の子」と心ない陰口を叩く者もおり、彼女はそれを意に介さずとも、リアムとフィーナは心を痛めていた。


 転機が訪れたのは、ある嵐の日のことだった。村の子供たちが数人、遊びで立ち入った森の奥で、縄張り意識の強い巨大な牙猪ファングボアに遭遇してしまったのだ。恐怖で動けない子供たちに、牙猪がまさに襲いかかろうとしたその時、閃光のように現れたのがクレオラだった。


 大人たちが異変に気づき、武器を手に駆けつけた時、事態はすでに終わっていた。そこには、子供たちを背にかばい、自らも腕に傷を負いながら、巨大な牙猪の眉間に深々と短剣を突き立てて佇むクレオラの姿があった。その小さな体から放たれる気迫は、屈強な一族の戦士たちをも圧倒した。


 この日を境に、すべてが変わった。助けられた子供たちはクレオラに懐き、その親たちはグラドゥスのもとを訪れては、涙ながらに感謝を述べた。彼女の強さと勇気、そして何より、一族の子を守るために己を危険に晒したという事実が、頑なだった者たちの心を溶かしたのだ。

 一族の長老は、傷の手当てを受けるクレオラを前にして、グラドゥスにこう言った。「長よ、あの子は見たこそ違うが、その魂はまことの龍の民じゃ」


 クレオラは、いつしか村の誰よりも鋭い剣の使い手となり、その銀の髪と紫の瞳は、畏敬と親しみの念を持って見つめられるようになっていた。


 その平穏は、一人の伝令によって破られる。王都からの召還命令。グラドゥスを王の右腕へと引き立てた旧友、今や大陸の覇王となったアルベールからのものだった。


「父上、本当に王都へ?」


 不安げに尋ねるリアムに、グラドゥスは笑って見せた。

「王のご命令だ。それに、お前たちにも華やかな世界を見せてやりたい」


 龍の一族を率いての王都への凱旋は、壮麗なものだった。人々は蛮族を退け、北方の地を平定した英雄の帰還を熱狂的に歓迎した。王城で開かれた舞踏会で、グラドゥスはアルベールと再会を果たす。


「友よ、よくぞ戻った」

 玉座から降りてきたアルベールは、グラドゥスを強く抱きしめた。その顔には、かつての騎士仲間だった頃の面影がかすかに残っている。

「お前には、再び私の右腕として働いてもらいたい。北の蛮族だけでなく、隣国にも不穏な動きがある。力を貸してくれ」


 アルベールは、新たな港町への投資計画を語り、グラドゥスにその監督を任せたいと熱弁した。リアム、フィーナ、そしてクレオラは、きらびやかな貴族たちの輪の中で、ただ圧倒されるばかりだった。クレオラだけが、その喧騒の中心で、王の言葉の裏に潜む冷たい計算を静かに見つめていた。


---

## ◆ 幕間:姉妹の夜

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 その夜、王城から与えられた豪奢な宿舎の一室で、フィーナは長いため息をついた。


「綺麗だったけど……なんだか、息が詰まりそうだったわ」


 舞踏会で着たきらびやかなドレスを脱ぎ、寝間着姿になったフィーナがベッドに腰掛けて呟く。返事はない。だが、クレオラが隣に来てくれた気配がした。


「姉様は、ああいう場所は好きじゃないでしょう?」

 フィーナが気遣うように尋ねると、クレオラは小さく頷き、無言のままフィーナの長い髪を指で優しく梳かし始めた。普段は他人を寄せ付けない孤高の姉が、自分にだけ見せる不器用な優しさだ。フィーナは、そんな姉が大好きだった。








「私、少し怖いの。お父様は嬉しそうだったけれど、王様や、周りの貴族の人たち……なんだか、笑顔の下に違う顔を隠しているみたいで」


 不安になったフィーナが、クレオラの腕にそっとすがりつく。その体は少し冷たかったが、フィーナにとっては世界で一番安心できる場所だった。クレオラの紫の瞳が、不安を訴える妹を静かに見つめ、その手はフィーナの手を力強く握り返した。


「心配ない。フィーナ、貴女は私が守る」


 姉の言葉はいつも短い。けれど、その一言はどんな慰めよりもフィーナの心を落ち着かせる。安心して姉の肩にこてんと頭を預けるフィーナ。クレオラは、そんな妹の頭を、大きな手でそっと撫でた。窓の外では、王都の喧騒がまだ続いている。だが、この部屋だけは、姉妹だけの穏やかな時間が流れていた。

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