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銀月のレガシー  作者: 七日
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◆第十七章:ヴァルガスの苦悩

挿絵(By みてみん)


邪竜アスピド=ズメイが砂となって消え去った後、平原には静寂が戻ってきた。焦げ付いた大地の匂いと、仲間を失った悲しみだけが、重く漂っている。

グラドゥスは、息子リアムの肩を力強く叩いた。

「リアム、後のことは頼んだぞ。負傷者の手当てと、亡くなった仲間の亡骸を、丁重に村へ運んでやってくれ」

「…はい、父上!」

リアムは、父の信頼に、力強く頷き返した。


***


アイアンハースに戻ったグラドゥスとクレオラは、休む間もなく、商人ギルドへと向かった。

ギルドハウスの奥の部屋では、サンギーヌとダーギンが、落ち着かない様子で一行の帰りを待っていた。


扉が開き、二人の姿を認めると、サンギーヌが安堵の声を上げた。「おお、グラドゥス殿! ご無事でしたか!」


グラドゥスは、ギルドの長であるダーギンに向き直り、簡潔に報告した。

「アンダーグラウンドにいた化物は、退治した」


その言葉を聞いたダーギンの表情が、初めて険しいものに変わった。彼は樽のような椅子に座ったまま、身じろぎもせず、ただ低い声で尋ねた。

「…して、あの竜はどうしたのだ!?」

ダーギンの問いに、クレオラは無言で、懐から取り出したタリスマンを差し出した。


その禍々しくも神聖な輝きを見て、ダーギンの顔色が変わった。彼は恭しくタリスマンを両手で受け取ると、その紋様を食い入るように見つめた。

「…これは、紛うことなき、アース神のタリスマン…!」

ダーギンの声が、震えていた。

「我らが、何世代にもわたって探し続けてきた…神の遺産…。まさか、あの邪竜が、体内に隠し持っていたというのか…!」


ダーギンは、タリスマンと、それを平然と差し出したクレオラの顔を交互に見比べ、全てを悟った。目の前のこの少女が、伝説の邪竜を屠ったのだ、と。

彼は、畏敬の念に打たれたように、クレオラの前に膝をついた。

「お前が持っていてくれ。お前は、神に選ばれたのだ」

彼は、タリスマンを丁重にクレオラへと返した。


「あの忌々しい竜がいなくなって、せいせいするわい! そうだ、少し待っていてくれ!」

ダーギンはそう言うと、上機嫌でギルドの奥へと消えていった。

しばらくして戻ってきた彼の手には、黒い布に包まれた、一振りの剣が握られていた。


「これは、昔、わしが打った剣でな」

ダーギンは、布を解きながら語り始めた。

「ダマスカス鋼とレムリアンシード、そして、隕鉄を合わせて打った、わしの最高傑作だ。『影断の剣』と呼んでおる」

黒い刀身は、光を吸い込むような深い闇色をしていたが、角度を変えると、まるで夜空の星々のように、内部の粒子がきらめいた。

「お前が使ってくれ」

クレオラがその剣を受け取ると、ずしりとした重みと共に、不思議な力が腕に流れ込んでくるのを感じた。


「グラドゥス殿。約束通り、我らはレムリアンシードの採掘からは手を引くとしよう。これから、あの隕鉄が採れると思うと、楽しみでならんわい!」

ダーギンは、豪快に笑った。


***


その頃、王都の城では、ヴァルガスが一人、私室の闇の中で、一体の悪魔と対峙していた。


「…邪竜を使ってのシルヴァリア攻撃は、失敗に終わりました」

悪魔は、感情のない声で告げた。

「うまくいくのではなかったのか」

ヴァルガスの声には、苛立ちが滲んでいた。

「ええ。ですが、邪魔が入りましてね。以前、鉱山でアルベールと共にいた、あの男…そして、あのアールヴの娘です」

「グラドゥスが、なぜそこに…? まさか、我々の計画に勘付いているのか…?」

「さあ。ですが、それよりも…レムリアンシードの採掘が、少し遅れているのではありませんか?」

悪魔は、皮肉を込めて言った。

「採掘は、順調に進んでいる」

「お忘れなく、ヴァルガス。我が主の復活が果たされねば、貴方の『永遠』という願いも、叶うことはありませんよ」

その言葉を最後に、悪魔は再び闇に消えた。ヴァルガスは、沈黙の中で、ギリ、と歯を食いしばった。


彼は勢いよく立ち上がると、部屋の扉を乱暴に開け放つ。扉の外に控えていた従者が、驚いて顔を上げた。

「馬を用意しろ。今すぐアイアンハースへ向かう!」

従者は、主のただならぬ気配に息を呑み、慌てて駆け出していった。


ヴァルガスは馬を駆り、アイアンハースへと向かった。休むことなく馬を飛ばし続けた彼の背中からは、自らの計画を乱されたことへの、抑えきれない怒りが、黒いオーラのように立ち上っていた。


ドヴェルグたちの国の首都、アイアンハースは、昼夜を問わず、炉の熱気と鉄を打つ音に満ちている。ヴァルガスは、道行くドヴェルグたちの訝しげな視線にも構わず、真っ直ぐに商人ギルドへと向かった。

ギルドの扉を乱暴に開け、彼は奥の部屋へと進む。そして、膨大な書物と帳簿に囲まれて座るギルドの長、ダーギンの前に、音を立てて立ち塞がった。


「ダーギン殿。レムリアンシードの採掘は、いつ終わるのだ」

ヴァルガスの問いに、ダーギンは悪びれもせずに答えた。

「ああ、その話なんだが、レムリアンシードの採掘は、中止にすることにした」

「…何だと?」

ヴァルガスの体から、殺気が溢れ出す。だが、ダーギンは動じない。

「これも、神のご指示でな」

「契約を破るというのか? 王国を敵に回す、と?」

王国の力を示唆し、脅しをかけるヴァルガス。だが、ダーギンは不敵に笑った。

「貴殿もそれ以上は口にしないほうが良かろう。我らが耳長に協力することはないが、王国は両国に挟まれていることを、お忘れかな?」

「…後悔するぞ」

ヴァルガスは、それだけ言い残し、部屋を後にした。


王都に戻ったヴァルガスは、すぐにアルベール王と謁見した。

「陛下。アイアンハースが、一方的に契約を破棄いたしました」

だが、アルベールの反応は、ヴァルガスが期待したものとは違った。

「…ダーギンの行動は遺憾だが、今は国内のことで手一杯だ。マルケルスを処刑して以来、旧王党派の残党が、各地で不穏な動きを見せている。治安を戻すのが先だ」

「しかし、陛下!」

「レムリアンシードの採掘に関しては、卿に一任したはずだ。私の預かり知らぬところで、問題を起こしてくれるな」

アルベールは、あからさまに、悪魔が関わる話を避けていた。

「それよりも、王国の治安回復に、卿の力を貸してほしい」

「…御意」

ヴァルガスは、頭を下げながら、内心でアルベールへの不満を募らせていた。

(…王となり、臆病者になったか、アルベール…)


王宮を離れたヴァルガスは、苛立ちを鎮めるように、場末の酒場へと向かった。エールを呷りながら、彼は思案に暮れる。

(アルベールが動かぬ以上、俺が直接グラドゥスを罰すれば、王との間に亀裂が生じる。だが、このまま奴らを野放しにはしておけん…)

どうしたものか、と彼がグラスを傾けた、その時だった。

酒場の隅の席で、みすぼらしい格好で酒に溺れている男が、彼の目に入った。

かつての騎士隊長、アルドリック。グラドゥスの娘に叩きのめされ、全てを失った男。

ヴァルガスの口元に、冷たい笑みが浮かんだ。

(…そうだ。友を罰せない王でも、復讐に燃える男を止めることはできまい)


ヴァルガスは静かに立ち上がると、アルドリックの前に姿を現した。

「…何の用だ、ヴァルガス様」

アルドリックの、濁っていた瞳が、わずかに揺れる。


ヴァルガスは、声を潜めて言った。

「アルベール陛下からの、内々の勅命だ」

「…勅命だと?」

「表沙汰にはできぬ故、私がお前に伝えに来た。…お前に、復讐の機会をやろう」

その言葉に、アルドリックの瞳が、危険な光を宿した。

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