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銀月のレガシー  作者: 七日
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◆第十六章:邪竜アスピド=ズメイ

 挿絵(By みてみん)


 グラドゥスたちは、逃げた巨人を追跡していた。

「負傷しているくせに、なんて足の速いやつなんだ!」

 グラドゥスの息が上がる。

「わしのことはいい、先に追ってくれ!」

 サンギーヌが遅れ始めた。


 一行が、洞窟のさらに奥、巨大な空間へとたどり着くと、そこには信じられない光景が広がっていた。

 彼らが追っていた巨人が、巨大な竜の足元で、虫けらのように踏み潰されている。その竜は、あまりにも巨大で、そして異様だった。その巨体は何か黒い病に侵されたように腐敗し、ところどころ、肉が剥がれ落ちて黄色い骨が剥き出しになっている。その空ろな瞳は、生ける者の光を失っていた。


 そして、その竜の傍らには、一体の悪魔が立っていた。全身がおびただしい数の眼球で覆われ、その頭部は、まるで骸骨のようだ。


 悪魔は、邪竜に向かって語りかけていた。

「あなたを復活させたのです。言うことを聞きなさい」

 だが、竜はただ唸り声を上げるだけだ。

「……なぜ、意志が残っているのでしょうか。まあ良いでしょう。手に負えませんが、あなたが暴れてくれれば、それで。シルヴァリアに連れていくつもりでしたが、予定を変更します」

 そう言うと、悪魔は一行を一瞥し、闇の中へと溶けるように消え去った。


 竜が、その空ろな瞳を、ゆっくりと一行に向けた。

「気づかれた! ブレスがくる! 隠れろ!」

 グラドゥスの叫びと同時、邪竜の口から酸のブレスが放たれ、岩肌が音を立てて溶けていく。


 グラドゥスが大盾を構えて邪竜の注意を引きつけ、その隙にクレオラがその巨躯を駆け上がり、首筋に剣を突き立てる。だが、邪竜はその一撃をものともせず、巨大な翼を広げると、天井を突き破って地上へと飛び立ってしまった。


***


 アイアンハースの街に、警鐘がけたたましく鳴り響く。

「敵襲! 東の空に、巨大な飛竜!」

 城壁の見張り台から、切迫した声が響く。だが、実際に現れたのは、ただの飛竜ではなかった。


「……なんだ、あれは……。死体が、飛んでいるのか……?」

 衛兵の一人が、恐怖に引きつった声を上げた。空を舞うその竜は、全身が腐敗し、ところどころ骨が剥き出しになっていた。


 商人ギルドの長であるダーギンも、ギルドハウスのバルコニーから、その異様な姿を睨みつけていた。

(……腐った竜? 馬鹿な、そんなものがいるはずがない……だが、あの大きさ、あの禍々しい気配は……まさか、伝説の……?)


 ダーギンの思考は、竜が吐き出した酸のブレスによって中断された。分厚い石畳が、バターのように溶けていく。

「……なぜ、あの化物が蘇ったのだ……!」

 彼は、震える声でそう呟くと、絶叫に似た命令を街に響き渡らせた。「女子供は地下へ避難させろ! 戦える者は武器を取れ!」


 アイアンハースの屈強な衛兵たちが、分厚い鋼の盾を構えて防衛線を築き、城壁の各所から巨大なクロスボウが一斉に火を噴く。騎士の鎧さえ貫くという鋼鉄の矢が、唸りを上げて邪竜に殺到する。

 矢の何本かは、腐敗した肉に深々と突き刺さった。しかし、邪竜は苦しむ様子もなく、その動きは一切鈍らなかった。まるで、ただの杭を打ち込まれただけの朽ち木のようだ。


「怯むな! 次弾装填、急げ!」

 衛兵たちの奮闘も虚しく、邪竜は意にも介さず、その巨大な爪で塔をなぎ倒し、街を蹂躙していった。


 その時だった。近くの建物の屋上から、クレオラが空高く飛び上がった。彼女は、空中で体を捻ると、落下しながら、邪竜の巨大な尻尾の付け根に、渾身の一撃を叩き込んだ。

 邪竜は、天を衝くほどの絶叫を上げ、上空へと逃れていく。


「ダーギン殿、ご無事か!?」

 地上に降り立ったクレオラたちの元へ、ダーギンが駆け寄ってきた。

「あの腐敗した竜は、一体なんなのだ?」

 サンギーヌの問いに、ダーギンは震える声で答えた。

「あの竜は、アスピド=ズメイ……。我らが信仰神アースを屠ったとされる、伝説の邪竜だ。なぜ、あいつが復活したのだ……」

「事情はわからぬ。だが、放っておくわけにはいくまい」

「ダーギン殿、馬を貸していただけるか!」

「ああ、わかった! 必ず、やつを倒してくれ!」


***


 グラドゥスたちの馬が、平原を疾走する。このままでは、邪竜は近くの農村に降り立ってしまう。

 その先には、父の危機を知り、仲間たちを率いて駆けつけたリアムの姿があった。

「構えろ!」

 リアムの合図で、竜の一族の戦士たちが、一斉に弓を放つ。だが、邪竜は意にも介さず、全く効果がないようだった。

「リアム! 盾で防ごうとするな! 避けろ!」

 父の叫び声に、リアムはすんでのところで馬を駆り、酸のブレスを回避した。


 だが、仲間の一人が、ブレスに焼かれ、馬から転がり落ちた。

「すまねぇ、クレオラ……。とどめを、さしてくれ……」

 クレオラは、苦しむ仲間の元へ駆け寄ると、静かにその命を絶った。彼女の瞳から、感情の色が消えた。


 クレオラは、天に向かって、か細く、しかしはっきりと、その名を叫んだ。

「ワンド!」


 彼女の怒りに、火の精霊が呼応した。

 次の瞬間、邪竜の頭上で、何もない空間から、まるで太陽が生まれたかのような、灼熱の大爆発が起こった。

 轟音と共に、爆炎が邪竜の腐敗した翼を、一瞬で焼き尽くす。

 翼を失った邪竜は、長い悲鳴を上げながら、地上へと落下していった。


 クレオラの駆る馬が、精霊の加護を受け、風のように疾走する。

 彼女は、もがく邪竜の懐に飛び込むと、その腐敗した腹部を、躊躇なく切り裂いた。中から、まるで生きているかのように脈打つ、禍々しい光を放つ心臓が姿を現す。

 クレオラは、その禍々しく脈打つ心臓に、渾身の力を込めた剣を、深々と突き刺した。


 竜の一族の仲間が、その光景を見て、呆然と呟いた。

「グラドゥス……。お前の娘、デタラメだろ……」

「ああ……」

 グラドゥスは、ただ頷くことしかできなかった。


 邪竜の体は、砂のように崩れ、風に飛ばされていく。

 その時、クレオラの頭の中に、直接、声が響いた。

『命限りあるものよ、見事だ。神の遺産を受け取るが良い』

 邪竜がいた場所には、禍々しくも、神聖な輝きを放つ、一つのタリスマンが残されていた。クレオラは、それを静かに拾い上げた。


 その戦いの様子を、遠く離れた場所から、何者かが見つめていた。

「神に匹敵する力……あの力なら……」

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