◆第十二章:勇気の証明
二人は、まだ続く仲間たちの陽気な声を背に、そっと宴の輪を抜け出した。
自室に戻った二人は、一つのベッドに並んで腰掛けた。
「姉様、あの子達を見せて」
それは、クレオラとフィーナだけの秘密だった。
クレオラの指先から、赤、青、黄、緑の四色の光の玉がふわりと浮かび上がる。光はそれぞれ、小さな火を吹くドラゴン、軽やかに羽ばたく妖精、水面を揺らす水の精ケルピー、そして七色に輝くクリスタルへと、ゆっくりと姿を変えていった。四つの精霊は、フィーナが愛用しているタロットカードから名付けたものだった――ワンド、カップ、ソード、ペンタクル。
これは、まだフィーナが幼かった頃、泣き止まない妹をあやすため、クレオラが自らと共にいる精霊たちを呼び出して見せたのが始まりの、姉妹だけの遊びだった。
「ワンド、カップ! ケンカしちゃだめだよ!」
フィーナは、じゃれ合う火の精霊と水の精霊の間に指を入れ、その距離を開けると、楽しそうに微笑んだ。
やがて、フィーナはクレオラの肩に寄りかかり、寂しそうに呟いた。
「ねぇ……姉様は、また旅立ってしまうのでしょう?」
クレオラは、どう答えていいか分からず、困った顔をする。
「私も、大きくなれば一緒に行けるのに……」
クレオラは、そんな妹の頭を、ただ優しく撫でた。
「……皆がケンカしない世界になると、良いなぁ」
その言葉を最後に、フィーナは姉の温もりの中で、すやすやと寝息を立て始めた。
クレオラは、そっと精霊たちに礼を伝えて光を消すと、夜は静かに更けていった。
宴が終わり、人々が寝静まった頃、リアムは父グラドゥスの元を訪れていた。
「父さん、話があるんだ」
「なんだ?」
「竜神の儀を、受けてみようと思う」
その言葉に、グラドゥスの表情が険しくなる。
「逸る気持ちも分かるが、お前にはまだ早いだろう?」
「姉さんの戦いを見て、思ったんだ! これからは、悪魔とも戦わなくてはならないかもしれない。僕は、カーマインの姿に恐怖して、動けなかった……。敵に動じない力を、身に着けなくてはいけないんだ!」
グラドゥスが言葉に詰まっていると、横から豪快な声が割って入った。
「いいじゃねぇか。子供の成長だ。やらせてみろよ、グラドゥス」
酒瓶を片手にあおりながら、グリムと呼ばれた男が口を挟む。この男はグラドゥスとは長い付き合いで、北方から来たと聞く。竜の一族の古参の一人だ。
「いつまでも姉貴のおんぶに抱っこじゃしょうがねぇ。俺が立会人になってやるよ」
リアムはグリムの言い草にカチンと来たが、それが彼なりの応援だと理解し、言葉を飲み込んだ。
「父さん、良いでしょうか」
「……まあ、お前が付いてくれるなら大丈夫か。リアム、明日の早朝、アイアンハース南のグラウンドル峯に向かえ。飛竜の心臓を持ち帰るのだ」
グラドゥスの許しに、リアムは顔を輝かせた。
翌朝。リアムは夜明けと共に装備を整え、出立の準備を終えた。だが、一向にグリムの姿が見えない。痺れを切らしたリアムが彼の部屋へ行くと、グリムはまだ寝台の上でいびきをかいていた。
「グリム! 出立は朝だぞ!」
「あぁ? そうだったか? まだ酒が残ってるんだ、もう少し後でもいいだろ……」
リアムが無理やりグリムを起こすと、彼はしょうがねぇな、と呟きながら、ゆっくりと準備を始めた。
グラウンドル峯は、彼らの住む街フロストゲートから馬で半日ほど走った場所にある。古代語で「燃える牙」。かつて神々が竜を封じた山とされている。
峯の麓に辿り着くと、グリムは巨大な洞穴を指差した。
「この先からが竜の住処だ。あいつらは飛竜として生まれ、大きくなると自ら翼を削いで地竜になる。そして、もぐらのようにこの穴に籠もるのさ」
穴は四メートル近くもあり、成竜の大きさを想像させた。緊張するリアムに、グリムが声をかける。
「緊張するなって。俺たちが相手にするのは、その幼体である飛竜だ。楽勝だろ?」
「分かりました。それでは、行きましょう」
「待て。一服吸わせてくれ」
グリムは高台に登ると、煙草に火をつけた。(この人に緊張はないのか……)
「綺麗な空気で吸う煙草は美味いよな。……さて、それじゃあ、始めるか」
リアムが「?」と顔を上げると、グリムはニヤリと笑った。
「試験は、ここに来てからとっくに始まってるぞ。敵は、いつ襲ってきてもおかしくねぇんだ」
そう言うと、グリムは火のついた煙草を、こともなげに洞穴へと放り込んだ。
ゴゴゴゴォ……!
地響きが鳴り、しばらくすると、洞穴から巨大な地竜がその顔をのぞかせた。
「嘘だろ!? 飛竜が相手と言ったじゃないか!」
「この先、悪魔と戦うんだろ? 根性を見せてみろ」
(そうだ、竦んではだめだ! 父さんも言っていたじゃないか、僕に足りないのは勇気だ!)
リアムは己を奮い立たせ、突撃してくる地竜を、すんでのところで交わすと、その首筋に剣を突き立てた。
カンッ!
剣は、あっけなく跳ね返されてしまった。
「なっ!?」
手元を見ると、愛剣の切っ先が折れている。
「まずい!」
「捕まるぞ! 早く逃げろ!」
グリムの声が響く。リアムは盾を構えるが、地竜の一撃に、木の葉のように吹き飛ばされてしまった。
絶体絶命のリアムの前に、グリムがゆっくりと立ち塞がった。
「なぁ、坊主。俺の手品、見たいか?」
(死が迫っているというのに、何を言っているんだ、この人は……?)
地竜の一撃を、グリムは紙一重でかわす。
「あぁ、分かった! 手品を見せてくれ!」
リアムが叫ぶと、グリムは何かを呟いた。次の瞬間、地竜の足元から巨大な岩盤がせりあがり、その巨体を空中に弾き飛ばした。
ひっくり返って無防備な腹部を晒した地竜を、グリムは一太刀の下に薙ぎ払い、絶命させた。
「地竜ってのはな、硬い外鱗に守られてるが、腹部は柔らかいんだ」
「グリム! あの技はなんだ? あんたの実力なら、もっと早く助けることが出来たんじゃないか!?」
「この先、悪魔と戦うんだろ? これくらいでしょげるな。……でもな」
グリムは、リアムに向き直った。
「素性が分からない相手からは、逃げることも必要だ」
「……もしかして、それを言うためだけに、地竜を?」
「あぁ。俺は不器用なんだ」
グリムはそう言うと、新しい煙草をふかした。リアムは、この男の豪快さと、不器用な優しさに、ただ呆れるしかなかった。
「ほらよ」
グリムはリアムに新しい剣を渡した。
「次はお前さんの番だ。実力を見せてみろ」
彼は袋から干し肉を取り出すと、空高く放り投げた。
しばらくすると、甲高い鳴き声と共に、空から飛竜が姿を現した。体躯は一メートルほどで、腕の代わりに翼が生え、脚には巨大な鉤爪がついている。
(あの大きな爪が危険だな)
飛竜は大きく羽ばたくと、リアム目掛けて襲いかかってきた。
リアムは、その猛攻を冷静に盾で防ぐと、一瞬の隙を突き、その脚を掴み、力任せに地面に叩きつけた。
(想像通りだ、体は軽い!)
飛竜の腹部を、甲冑で守られた足で踏みつけ、その翼を切り落とす。翼を失った飛竜は、這いつくばりながらも、なお攻撃を諦めなかった。
リアムは、その命を奪うことに一瞬躊躇したが、姉の顔を思い出し、覚悟を決めると、上段からの斬撃で、その首を落とした。
「よし! 良いじゃねぇか」
グリムはそう言うと、牛の腸で作った袋を渡した。
「これに竜の心臓を入れろ。これで、試練は終わりだ」
そう言って、彼は煙草の火を消した。
リアムは、張り詰めていた緊張が解け、初めて、グラウンドル峯の空の景色が、こんなにも美しいものだったと気づいた。




