続・みみきす
「デートしましょう、湊課長。」
「デート?いましてるじゃないか、竹原さん。」
仕事休みの休憩中、課長の呼び出しという名目のもと、私と課長は中庭のベンチに腰掛けて話していた。
会議室での一件の後、晴れて恋人同士になったのだが、キスの一つも口にできない意気地なし課長がお相手だ。変わらずセクハラまがいなことは言ってくるし、周りの評価もなかなかに酷いけれど、好き、なんだよな・・・?
「課長の事好きか自信がなくなってきました。」
「そんなバナナ。」
「うわ、おやじ臭い。」
「あのねえ・・・。」
なんだかんだ楽しそうに笑う課長にきゅんとする。あぁ、やっぱり好き。
でもそれとこれは別だ。
「なんで、デートしてくれないんですか。」
「いや、その、あの・・・。」
「理由があるんですよね?」
「ある、ような、ない、ような・・・。」
「はっきり言ってください。私の何がダメなんですか?」
「君がダメなんじゃないよ!」
ハンバーグを食べ終えた箸を置きながら、課長は座りなおすと怖い顔で私をまっすぐ見つめていった。
「君に手が出そうなんだ。」
「は?」
課長の言うことが全く理解できない。
殴られる覚えもないし、そこまでの関係性だとも思ってない。
なのに、あのあと課長は慌てて立ち上がるとオフィスに戻っていってしまった。
怒りなのか?なんなんだ・・・。
「竹原さん、手、止まってるよ。」
「あ、すいません。」
「どうしたの?考え事?」
「彼女に手が出そうなときってどんな時ですかね・・・?」
「え、DV?」
「あぁ、違います。何でもないです。」
同僚の男はそれを不思議そうに見つめると、うーんとうなってからそっとメモに何かを書いた。
「警察の番号、一応登録しておきな。」
それから課長と会うことなく帰宅する。
・・・はずだった。
「今日に限って残業かー。」
「遅くまでお疲れ様。手伝うよ。」
「ありがとうございます、課長・・・課長!?」
「はは、そんな驚かなくても。」
いつも通りに笑っている課長がそこにはいた。
そっと胸ポケットに手を伸ばす。そこには昼間、同僚からもらった警察の番号。
通報する気もない。でも、課長の本心がそれなら・・・?
「昼休みは悪かった。」
「え?」
「怖い思いさせたよね。でもそれが本心なんだ。」
「そうですか。」
優しい人だと思ったのは勘違いだったようだ。
私は、そっと立ち上がってそのまま地面に膝をついた。
「それでも、すき、なんです。課長の事が。」
「う、うん?」
「課長の気が済むならそれでもかまいません!」
「あの、なにして?」
「私を殴ってください!」
「どうしてそうなった!?」
ホットココアを渡され、椅子に座りなおす。
「どこで勘違いしたかわからないけど。君に手を上げる気は微塵もないよ。」
「え、でも昼休み・・・。」
「ん?あ。わーーー!」
課長が真っ赤になって、両手をパタパタと振った。
「それは、あれというか、それというか・・・。」
「暴力ですか、虐待ですか。」
「ちょっとDVから離れて。」
咳払い一つ。
「その、君を女性として見てしまっているんだ。」
「交際してるから自然なことでは?」
「君は分かってるんだか分かってないんだかよく分からない反応をするね。」
「あぁ、そういうこと。」
「ようやくわかってくれたかい。」
ほっとした課長に私はにっこり笑って言った。
「それはお手伝いできません。」
「えええ。」
「手を出したいって、要は犯罪行為に加担したいってことですよね。」
「よしそこで止まってくれ、これ以上はこじれて仕方ない。」
課長は、椅子に座ったままの私の顎を指先で持ち上げると。
ちゅ
そのままキスをした。
「理沙ちゃん。好きだよ。」
「初めて名前呼びましたね、課長。」
「課長?」
「・・・倫太郎さん。」
「うん、オレ、理沙ちゃんともっといろんなことがしたい。それは大人な関係的にも恋人同士的にも、ね?」
そこで私の顔が真っ赤になる。
あぁ、手を出したいってそういうこと。
「課長。」
「わ、いやな予感。」
「ここはオフィスです。そして今の発言はセクハラですよ。」
「ひいええ。」
「で、警察の番号は使わなくて済みました。」
「愛されてるね。」
この間、警察の番号を書いてくれた同僚の彼にそれとなく休憩室で報告する。
ふーんと、彼は缶コーヒーを飲み干すと、私の後ろにあるごみ箱に入れようとして。
「こんな油断だらけなら奪えそうだなー。」
「何をですか?」
空いてるほうの手で、グイっと私を抱き寄せた。
「ねぇ、竹原さん。僕の物になってよ。」
「私は。」
「何をしてるんだい?」
そこで開く休憩室の扉。
そこに立っていたのは、冷たい目をした。
「課長には関係ありませんよね。」
「何を、している、と聞いたんだが。」
見たことのない表情をしている恋人の姿だった。