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9 「で、どうしたの?」


 最初に言葉を発したのはアルマだった。

 冷めたフライパンに皿を重ねて片づけ始めたアルマが「どうも」と無愛想に一瞥したのだ。

 ヴィートはなぜかまだびっくりしている。

 ブランカが首を傾げれば、アルマがぼそりと呟いた。


「君に、兄って紹介されて驚いてるんじゃない?」

「え? そうなの?」


 ブランカが聞けば、ヴィートはようやく「……ええ、まあ」と絞り出した。


「兄でしょ。え、姉だった……の?」

「違います」

「だよね」

「そういうことじゃなく」


 青いレンズの向こうで目が呆れている。

 その眼差しが懐かしくて、ブランカはその腕を軽く叩いた。


「私は育ての兄だと思ってるよ」

「……そうですか」

「ちょっと雑だったけど」

「うるさいですね」

「ふふ!」


 ブランカが笑うと、ヴィートは仕方なさそうに肩の力を抜いた。和やかになった雰囲気の中、アルマが「ねえ」とブランカを呼ぶ。

 

「家に戻ろう?」

「あ、そうだね。じゃあヴィート、取り敢えずそこのバケツに泉の水を汲んできてくれる? 洗い物を先にしなくちゃ」


 手伝いをヴィートに頼み、ブランカはアルマとともに足早に家に戻っていった。

 洗い物は少しでも放置すると、汚れを落とすのが大変なのだ。






 クッキングストーブの灰を集めている大きな瓶から、灰を少し。

 アルマが服を作った余りの布切れで使った食器を拭ったあと、水で濡らした少量の灰で皿を綺麗にする。最後に、バケツの水で濯げば皿はぴかぴかになった。

 アルマと並んで、キッチンのシンクに二つ並べたバケツで慣れたように作業をしている間、後ろからの視線が騒がしい。ブランカは振り返って「なに?」とヴィートに聞いた。


「……洗剤は、どうしたんです」

「え?」

「生活に必要なものはここにあったでしょう」

「ああ」


 最後の皿を洗い終え、ブランカは隣で拭いているアルマに渡して、汚れを拭った布も綺麗に洗って絞る。


「洗剤はここでは使えないよ。使った後の水だって、家の外に捨ててるんだ。ちょうどいいや、手伝って」

「またですか」


 と言いながらも、絶対に手伝ってくれるのだから、ヴィートはやはりブランカにとって兄だった。



 家の裏にアルマが作ってくれたそれは、石で四角く整えられている。

 森を汚さぬ生活をするために、洗い物や洗濯で出た水を捨てる場所にしていた。深く掘って、砂や石を層のように敷き詰めてできている。できるだけ廃水(はいすい)も汚さぬようにしているが、ここを通った水は綺麗になって地中に戻っていくらしい。もちろん、捨てる水の量も少なくてすむように気を付けている。

 ブランカの天使は本当に博識で逞しかった。

 

「使った水はここに流すから、石鹸も使わないんだ。少しの灰と、お湯を使えばお皿も服も綺麗になるの」

「……なるほど」

「そのまま適当なところにだらーっと流しても、もしかしたらこの森の中では勝手に浄化されるのかもしれないけどね」

「清浄の魔法を教えましょうか?」


 流した水がゆっくりと染み込んでいく様子を感心して見ていたヴィートに、ブランカは首を横に振る。


「ううん。いいの。魔法は使わない。ここで暮らさせてもらってるから、できるだけ負担にならないようにって思ってるだけ。工夫するのも楽しいよ。アルマは物知りだしね」

「そうですか」

「私に用でもあるの?」


 ブランカが見上げると、腕を組んだヴィートは浅いため息を吐いた。


「……相変わらず、あなたはやりにくいですね」

「どういう意味?」

「わからなくて結構です」

「ふうん。まあいいや。座って話そう。こっち」


 ブランカはヴィートをウッドテーブルへ連れて行った。

 すでにアルマが畑の朝の手入れをしている。しゃがんでブルーのシャツを腕まくりして雑草を抜いていた。ブランカに気づき、にこっと微笑む。


「……もう、天使……」

「あなたそういう人だったんですね」


 ブランカの漏れた本音に呆れた反応が返ってくるが、それを無視して、ブランカはアルマの隣にしゃがんだ。


「ごめんね、アルマ。少しヴィートと話していい?」

「もちろん。でも、僕が見えるところでね」

「はあい」

「……あなたたち、どんな関係なんです?」

「僕たちのことを聞くより、まずは自分がどうしてここにいるのか話すべきじゃないの」


 アルマが冷たくあしらい、雑草を無惨に引きちぎる。

 確かにその通りなので、ブランカはウッドテーブルのベンチに座って、ヴィートにも向かいに座るように促した。


「で、どうしたの?」


 ブランカが聞けば、ヴィートはアルマを気にしながらも口を開いた。


「説明にきました」

「説明?」

「――君をわざと貴族の屋敷から追い出して、花を咲かせる魔法を手に入れたことの説明だよ、きっと。ねえ? 魔法使いヴィート?」


 アルマがにっこり笑ってヴィートの言葉を解説する。


「……そう、ですね」

「うーん、別にその辺の説明はいらないよ」


 ブランカはあっけらかんと言いながら、手をひらひらと振った。


「私はあの時突発的にだけど家を出たかったし、ヴィートにお金を持たせてもらって、宿の泊まり方を教えてもらって、自由を満喫したんだもん。ヴィートがどういう考えで私に何を教えて、何をしたかなんて、今私がここにいることと関係ないもの」

「……関係ないですか?」

「ないよ。私が決めたから」

「森に魔力を溜めている木を教えた理由も、関係がないと?」

「うん、助かった、ありがとう」

「ここに家があるのも?」

「ヴィートのプレゼントでしょ?」

「どうしてそんなことをしたのか、本当に気にしてないんですか?」

「ないねー」


 ブランカは頷く。

 ヴィートは顔をしかめて、奇妙なものでも見るかのようにブランカを見下ろした。


「アリス。あなたを厄介払いしたんですよ? 花の魔法まで奪って」

「でも、私を助けてくれた。アリスじゃないこと、知ってたでしょ。だからいいの。それだけで、いいんだよ」


 ブランカは、ヴィートへの信頼の証に本当の名前を教えようとしたが、その考えはすぐに消えた。


 自分の名前を知っていて欲しいのは、アルマだけでいい。

 そう心から思えたからだ。



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