8「じゃあ、紹介するね」
朝一番にぷっくりと実ったトマトを一つ、収穫する。
アルマに持たされた籠には、トマトとなす、それからジャガイモとタマネギと人参。アルマが言ったように、畑に植えた野菜は律儀に一日分だけ実が生った。今はオクラとキャベツなどの葉物が新しく植えられて、畑が広がっている。
ブランカは収穫しかさせてもらえない。
一度手伝わせてもらったときに、うっかり「元気に育ってね」と声をかけて魔法を使ってしまってからというもの、無心で収穫してくるようにやんわりと笑顔で念を押されるようになった。
野菜は一日に、二人分だけ。
果実の木は一週間に一度、森のどこかに出没する。
そして昨日は、レオとヴィートまでどうしてか出てきた。
誤魔化して無理矢理外に追い返したが、あの後のアルマはブランカにくっついて離れず、夜はいつもより強めに後ろから抱きしめられて眠ったほどだった。朝になれば元に戻っていたが、ブランカは不思議とそれがイヤではない。
自分を強く求める存在など、知らなかったのだ。
「ブランカ?」
窓が開き、声をかけられる。
キッチンから顔を出したアルマが、しゃがみ込んだブランカを心配そうに見ていた。ブランカは「大丈夫、大丈夫」とにこにこと手を振る。
「ごめん、任せて」
「えっ。いいよ。私それ以外役に立ってないんだから」
「ブランカ」
綺麗な瞳で睨まれる。
アルマは、ブランカが少しでも自分を卑下すると窘めた。
ブランカがブランカであることに意味があるんだから、と両頬をぎゅむっと押さえられて、可愛らしく、それにしてはどこか凄みのある瞳で見つめ、ブランカが「うん」と言うまで手を離さなかった。
「ええと、うん。役立たずじゃない、ね?」
「そうだよ」
アルマが砂糖を煮詰めたような甘さで微笑んでくれる。
この笑みの前で、ブランカは無力だった。
魔女ではない自分を大切にされることに慣れておらず、むずむずとするけれど、叱ってもらうのも実は嬉しかったりする。
そしてそういうところも、見抜かれているような気もするが、これも嫌ではなかった。
俯いて、ふふ、と嬉しそうに笑うブランカに、アルマが穏やかな声をかける。
「ね。朝ご飯、一緒に作る?」
「うん!」
じゃがいもを茹で、あつあつのうちに潰して、バターで炒めたタマネギと人参とキャベツのみじん切りを入れて、アルマがさっと味付けをしたものをブランカが混ぜる。フライパンにどっしりと敷き詰めて、クッキングストーブの上で両面をこんがり焼けば、朝ご飯の出来上がりだ。フライパンのまま外のウッドテーブルのセットへと運ぶ。
切り分けてもらえば、皿の上でふわっと香ばしいにおいが立ち上った。
ブランカは一口食べて、顔をほころばせる。
「んっ。おいしーい」
タマネギとキャベツの水分と甘さで、ジャガイモがもそもそしてなくて食べやすい。アルマが前回作ったときに「ジャガイモ……」と呟いていたので、その辺を改良したのだろう。しかも、なんだかいい香りもする。
ブランカの反応を見たアルマは、にこにこと嬉しそうにしながら「森の中を歩いてたらハーブが群生してて」と教えてくれた。
「ハーブが?」
「そう。前に歩いたときには無かったのに、ほら、前に水浴びした川があるでしょ? その近くにあったんだ」
「……なんだか、どんどん快適になってない?」
「だね」
ブランカたちが世話になっている森の中は、今も把握できていない。
何しろ気ままで、最初は木に目印を付けてみたが、すぐに無駄だとわかった。ここは「木の中の森」という、考えれてみればよくわからない場所で、この森自体が生きているらしい。泉と黄水晶とブランカたちの家だけがじっとここにいて、木だってなんだって、この中では自由に動き回る。時折、どこから来てどこへ流れていくのかわからない川も出現するので、二人で「水浴びタイム」と呼んで交代で入っていた。
なんとも快適すぎる。
二人で「たまごも欲しいね」や「きのこもありそう」と、この森から出ずに過ごすための自堕落な願いを口にしながら、薄切りにしたリンゴのサラダも食べ終えて、さて片づけたら散歩に行こうか、と立ち上がった瞬間、射るような視線を感じた。
ここは生物すらいないせいか、嫌にはっきりわかる。
誰かが、見ていることが。
そして、アルマの無表情な顔でも、歓迎されない侵入者が来たことがわかった。
ブランカがそうっと振り返ると、そこにいたのは昨日会ったばかりの共犯者だった。
「あっ。ヴィート」
名前を呼べば、長身の男は無表情な顔をやや崩した。
青い丸眼鏡の奥の目が「なんてのんきな」と言っている。
今日は一人らしい。カツカツと大きな歩幅で歩いてくる。足が長い。
「アリス。なんですか、天国って。あなた、天国って」
「わー。怒ってるやつ?」
「あれにあわせるこっちの気持ちを考えて欲しいのですが」
「それ以外にどう言うの?」
ブランカが聞き返せば、どうやら案のないヴィートは口を閉ざしてしまった。
仕方がないので、聞きたいことはあるが、取りあえず今しなければならないことをブランカはすることにした。二人の間に立って、にこっと笑う。
「じゃあ、紹介するね。アルマ、こちら私の兄のヴィート。ヴィート、こちら私の天使、アルマ」
ブランカののんきな紹介に、なぜかヴィートはびっくりした様子で目を丸くして、アルマはアルマで、見たこともないほどうろんな目でヴィートを睨み上げたのだった。