45「……お前、それ」
会いに来る。
そう宣言したレオを、ブランカは下から窺うように見た。
「……あのさ、レオ」
「あー、待った。ちょっと待て。誤解するなよ」
ぴっと手のひらを見せられる。
「言ったろ。最初からお前がアルマだけがいいのはわかってたって。ついでにこうも言ったぞ。妻に迎えるのは諦める。ただ、好きになってもらうことは諦めないって」
「ごめん。どういう意味の好き?」
ブランカもしゅっと手のひらを見せて聞き返すと、レオは少しだけ目を見張った。成長したな、と呟かれる。
「あいつ、本当に怖いわー」
「アルマを悪く言ってる?」
「いいや。かなり感心してる」
うんうんと子供のように頷くレオは、そうして腕を組んで目を細めた。
「安心しろ、アリス。どういう意味の好きかと聞かれたら、家族として好きって意味だよ」
「……かぞく?」
「俺とお前で友達って、変だろ」
「確かに」
アルマに「友達として好きみたいなもの」とは伝えたが、アルマが腑に落ちない顔をしていたように、ブランカも自分で言っていて微妙だったような気がする。
家族。
その言葉はブランカの中の落ち着いた場所に収まった。
「家族として、好き」
自分の中に転がった感情を整理するように、口にする。
驚くほどしっくりきた。
「家族なら喧嘩したり家出したりするもんだろ。別々にだって暮らすしな」
「そうなの?」
「それでも、いつも大切に思ってる。幸せであるように」
「……ああ……」
レオから視線を感じて、ぼんやりと肯定していたブランカは「なに?」と尋ねた。
「いや、俺の幸せを考えてくれてるんだな、と」
「うん。そうじゃないと後味悪いし」
「照れずに家族だからって言えばいいだろ」
「うーん、ヴィートのことは兄だって思ってたけど、レオは何だろう。よくわからないね」
「家族みたいな何かだよ」
「それでいいの?」
適当な言葉に呆れたブランカに、レオはにこっと笑った。
「……」
なんだろう。
今の笑顔は、アルマもよくする。
もう一度にこっと笑って、レオはさっさと先に歩き出してしまった。
これ以上話すことはない、と言うことらしい。
ブランカもこの話を広げたいわけではないので、黙ってついて行く。
いつの間にか、散歩はレオ主導になっていた。
昔のように、レオの後ろをついて回る。けれど、昔のような平坦で鈍い気持ちにはならなかった。なんというか、柔らかに凪いでいて、それが自然のような感じがする。
わかった。
近すぎたのだ。
ブランカ自身が家族を知らなかったので、家族としての接し方も、愛し方も知らなかった。
家族。家族か、と何度も心で呟く。
「ふーん。そっか、なるほどねえ」
一人で納得していると、いつの間にか隣になっていたレオが「まあ、そういうことだよ」と柔らかな声で肯定した。
レオもこの結論に無事に着地して、意外と安堵しているのかも知れない。そもそも、レオの好意ははじめからそういうものだったような気がする。
レオを失ったと思って感じた寂しさのようなものの正体も、きっと同じだ。
「じゃあ、家族として、好き」
「……おう」
「レオも?」
ブランカがひょこっと覗いて聞くと、レオは前を見て歩いたまま少しだけ黙って「うん、そうそう」と軽く頷いた。
「家族かあ。私とレオとヴィートが」
「そ。だから、会いたいときには会いに来る。それが普通の家族だろ。問題あるか?」
「家族がなんだかまだよくわからないけど、ない」
「ふうん? アルマは? あいつ嫌がるかもよ」
「大丈夫だよ」
ブランカははっきりと言いきった。レオが「なんで」と聞いてくるが「大丈夫だからだよ」と返す。
アルマは優しい。きっとそうじゃないと否定するが、ブランカが「兄」と紹介したヴィートを、本気で追い返す気などさらさらないことはわかっている。
家族という存在には甘いらしい。
「家族、家族かあ」
今度は素直に口にする。
不思議な響きだが、意外と悪くない。
ブランカが無意識に笑っている横顔を、レオは静かに見ている。
しばらくして「あのさあ」と話しかけてきた。
「なに?」
「お前、ここから絶対に出るなよ」
「……出ないけど」
「ならいい」
「なんで?」
ブランカが食いつくと、それに驚いたような顔が返される。
が、さっと普通の顔に変わった。
「別に。他の貴族に見つかったら」
「違うよね。何か理由ある?」
「……引っ張り合い。お前が向こうに見つかると危ないからな。今日で終わるが、残りがいないか向こうは血眼で探すだろうし」
かなり抽象的な物言いだが、それしか言えないらしい。
それでも誤魔化してこなかったレオを、ブランカは少しだけ見上げて「わかった」と頷いた。
「あれだね、こう、レオはヴィートの兄って感じだねえ」
「何言ってんだお前」
「私の兄って感じではないんだもん」
「唐突すぎるだろ……」
「ここからは出ないよ。じゃないと、私を連れ去った人が大変なことになるでしょ?」
ちゃんとわかってる、とブランカが言えば、レオは鼻で笑った。
「そういえば、そういう奴だったよな。お前」
「なにが?」
「はいはい。わかってるよ。アルマの話はもう聞いたのか?」
「ううん。聞かない」
「聞かない?」
「話してくれようとしたけど、聞かないことにした」
「……お前、それ」
キツいことするなあ、とレオが呆れたように言う。
「で、アルマは?」
「それでいいって、ほっとしてた」
「ふうん。お前たちやっぱり変だな」
「本当にそう思ってる?」
「思ってる思ってる。普通は重荷なんぞ持ち続けたくないし、許して欲しい」
「レオのことは許してるよ。もう全然気にしてない。家族だし?」
「そりゃどうも」
レオが「あ」と前の景色に気づいたように声を漏らした。
ブランカの家の前に、いつの間にか戻されていたのだ。
「ま、そういうアルマだから、お前は好きなんだろうけどな」
レオの言葉に、ブランカはにこにこと大きく頷く。
頭をくしゃりと撫でられたちょうどそのとき、アルマは帰宅したのだった。




