42「……あ、うん、そうです」
綺麗だな、とブランカは思う。
下から見るアルマの顔は、どこもかしこも整っていて、それ以上に瞳が綺麗だった。
透き通っているのに、その奥が複雑に濁っているところが、なんとも美しい。
最初に見たときからそうだった。
複雑に光る様が、宝石のようだと思った。
美しさが内側からこぼれている瞳。
苦しみを抱える強さを持っている瞳。
自分だけを映す瞳。
「僕のこと、好き?」
ぼんやりとアルマに魅入っていたブランカは、その瞳に色めいた不安を感じ取ってハッとする。
「あ、うん。大好き!」
「……元気だね」
アルマが力が抜けたように笑った。
それまでのどこか妖艶な翳りはさっと消えて、良く知っている愛情深い色になる。
しかも、なにやらアルマの何かを刺激してしまったようで、アルマは目尻が潤むほど笑い始めてしまった。片手で顔を覆って、金の髪を揺らす。
「ふ! あははは、……だめだ、ふふ」
「……笑ってるねえ」
「だって、ふ、大好きって……すごい元気、良かった」
「私も思ったよ? ちょっと元気のいいお返事だったなあって」
「はは!」
お返事、の部分でまた笑い出したアルマの揺れが心地よくて、ブランカは黄水晶に照らされるアルマの顔をそっと盗み見る。
無邪気な笑顔が、落ち着いたようにブランカを捉えてにこっと笑った。
「うれしいよ」
「笑ってたよ?」
「うれしくて、つい。ブランカが可愛いから」
「可愛いのはアルマだけどね」
「僕のことが大好きなの?」
突然聞かれても、ブランカは戸惑うことなく頷いた。
アルマの膝の上で、うんうん、と念を押すように頷く。
「うん。大好きだよ」
「どうして?」
「え?」
「どうして大好きだって言えるの?」
ブランカは起きあがった。
なんとなく、これは大事な話のような気がしたのだ。
アルマの前にちょこんと座る。
「それは……そうだね、レオのおかげかな」
どうしてかと聞かれると、比べる対象ができたからとしか言いようがない。
ブランカは魔法をひたすら使って花を咲かせる日々を送ってきて、屋敷の人たちにすら余所余所しい扱いをされていた。自分への好意などもちろん感じたことがないので、自分も誰かを好ましく思うことなどない。
好きという感情そのものがよくわかっていなかった。
「レオが、私を好きって言ってくれたけど、よくわからなくて。でも、レオと話すとね、アルマを思い浮かべるんだ。年月が信頼を作るのだとしたら、その相手はアルマがいいと思ったし、レオから好きだと言われても、アルマに言われたときと同じような感情にはならない。自分から触れたいのも、触れられたいのも、アルマだけだよ」
なるべく伝わるように、言葉にする。
「だから、アルマが好きなの。そう言える」
「……」
「あ、あのね? アルマの作るご飯が美味しいからとか、一緒に暮らすと楽だからだとか、そういうことじゃなくてね。いや、ご飯はおいしいし、一緒にいると楽しいし、いないと寂しいし、あ、ごめん、待って。変になってきた、よね?」
「ううん」
「本当?」
「うん。すごく伝わった。僕のことが大好きだって」
「……あ、うん、そうです」
ブランカが正直に頷くと、ぎゅっと前から抱きしめられた。
「僕、ブランカに言わないといけないことがある」
耳元でそう呟かれる。
「言いたいの?」
「ううん。正直言いたくない」
「じゃあ、言わなくていいよ」
「だめ。だって、うれしかったから。ブランカが僕を好きだって言ってくれてうれしかった。だから、君には正しくいなきゃいけない気がする」
「なあに、それ」
アルマの声はふわふわとしていて眠っているように軽い。
ブランカはそっと背中に手を回した。
肩に顔をすり寄せる。
「騙してくれるんじゃなかったの?」
「……まだ騙されていないと思ってる?」
「うん、いつかなあって楽しみにしてるんだけど」
「ふ。僕がレオを追い出さなかった理由は、わかる?」
「気に入ってるからでしょ」
ブランカの即答に、アルマは子供のように小さく笑う。
「ブランカが僕だけを見てくれるように、だよ。レオと一緒にいれば、わかると思った。僕が欲しかった本当のブランカの好きが、手に入るって。ブランカが僕を選ぶようにレオを使ってそう仕向けた」
「本当の好きって?」
「……そこ?」
「え、そこだよ。本当じゃない好きがあるの?」
アルマからそっと解放され、ブランカはじっとアルマを見た。
困ったような顔をして、けれどもどこかほっとしている。
アルマは「うーん」と少しばかり考えてから口にした。
「あると、僕は思う。ひとつした食べたことのない果物を食べて、それが本当に美味しいかどうかなんてわからない。僕じゃなきゃだめだって、僕しかいらないって、そういう好きが欲しいから」
「比べなきゃいわからないことだってあるってことだね?」
うんうん、とブランカは「そうだよね」と頷く。そののんきな相づちに、アルマが脱力したように肩の力を抜いた。
「そもそも、僕には資格なんてないし、自信がない。どうにか嫌われないようにするか、卑怯な手で囲い込むことくらいしか、やりかたがわからない」
「そうかなあ、とっても愛するのが上手だと思うけどな。ほら、私幸せだもの」
「ブランカだからだよ」
至極真面目にそう言って、アルマはまるで子供を見るような目で見る。
「ブランカは変わってるから。無垢すぎる。あっさり僕に捕まっちゃって……それを疑問にも思わず肯定するんだから。何も知らないから、僕を好いてくれるんだって思ってた」
「どうして?」
ブランカは首を傾げる。
色々なものを内側で抱えて輝く瞳に向けて、笑った。
「私は最初からアルマしか選ばなかったと思う。初めて会ったときから、私の中にはアルマしかいないよ」
「――僕が助けたから?」
アルマのきれいな顔が少しだけ歪む。
「前にも言ってた。魔女だとも知らないただの私を助けてくれた、って。でも、魔女だって知ってて助けてたら? 同じこと、ブランカは言えるの?」




