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41「本当はね」



「じゃあ、婚約は解消できたの?」


 アルマの声は、今まで聞いたどの声よりも落ち着いていた。


「うん。契約書がなくなったから」

「そっか。レオに決めさせたんだね」

「私ができる最後のことだと思って」


 ブランカはアルマの作ってくれたデザートにフォークをのばした。

 薄目に切ったかぼちゃをバターで炒めて、砂糖で甘く焦がしたものだ。


「ん。美味しい。作ってるときからいいにおいだなあって思ってたの」

「よかった」

「……アルマ。私、駄目だったかな? もう少し、違う方法の方が良かったと思う?」

「いいや、それで良かったよ」


 アルマが穏やかに頷く。


「自分の突かれたくないところを突かれた上に、恋心も完全に否定されたレオはキツかったかも知れないけど、ブランカがしたことが正解だと思う」

 

 アルマの肯定にほっと力が抜ける。

 ブランカが話している間、アルマは話しやすいように一つ一つ詳しく聞いてくれていた。


「レオは、否定しなかったんでしょ? ブランカの言ったことに」


 本当に妻に欲しいのかと聞いても、以前の自分を取り戻したいんじゃないかと聞いても、レオは反応しなかった。


「私がそうさせたからね」

「違うよ」

「違わない。本当はレオが前に進む必要があることを自覚しているから、その部分を刺激したの。そうしておいた方がいいって、圧力をかけた。言わせなかった。無理矢理決めさせた」

「僕はそれでいいと思うけどな。たぶん、ヴィートも。だから君を褒めたんだよ」


 アルマが視線を逸らさずに、ブランカを安心させるように微笑む。


「それでよかった。今のブランカを好きになってからじゃ、苦しいのはレオだ。違うって、誤解だって言い続けなきゃいけないし、少しも受け止めちゃだめだった。そこをきちんとわかっていた君は、頑張ったって思うよ」

「傷つけたかな」

「大丈夫。ヴィートがいる」

「うん」

「思い出も渡さなかった。えらかったね」


 ふと、ずっと感じていた居心地の悪さのようなものがわかったような気がして、ブランカは大きなため息を吐いて、ゆるく笑った。


「そっかあ……私もレオを失ったのか」


 ブランカは呟く。

 その言葉は、存外しっくりきた。

 失った。

 別にどうでもいいと思っていたし、実際ここで再会するまでは「金儲けに心を奪われた貴族」と思っていたが、忘れていた出会った頃のレオが戻ってくると、妙な心地になった。十一年かかってついたフィルターのような薄皮が剥がれ、懐かしいレオがそこにいたのだ。


 そういえば思った。

 あの懐かしい頃に、初恋のようなものがあった気がする、と。


「レオは他に何か言ってた?」


 アルマに聞かれたブランカは、喪失感をとりあえず横に置いて、思い出す。


「……天国で幸せに暮らせって。あ」

「どうしたの?」

「名前も知らない魔女って、私のことをそう言ったの」


 そういうことか。

 ブランカは笑う。懐かしい痛みと、喪失感と、それから感動のようなものだった。


「知ってたんだ。レオ、アリスって名前が本当の名前じゃないこと、知ってたんだね。なんだあ」

「よかったね、ブランカ」

「……うん」

「片づけ、する?」

「……うん。美味しかった、ありがとう」

「僕もだよ。ごちそうさま」


 先に立ち上がったアルマが、ブランカの頭をくしゃりと撫でる。


 失ったが、消えたわけではない。

 あの森の中で、光に縁取られたレオの背中がブランカの中にあった。

 まっさらで、綺麗で、これからの希望を感じるようなレオが残っている。


 それでいい。

 

「よし、片づけよう」


 ブランカはしゃきっと立ち上がった。







 皿洗いをして、いつものように水を捨てて、そのまま今日は泉の前に座った。

 アルマが手を引いてくれたのだ。


「家に戻らないの?」

「うん。夜のここも綺麗だなって思って。あと、これ、してあげたくて」


 ぐいっと肩を押され、気づくとブランカの頭はアルマの膝の上にあった。


「ひ、ひざまくら?」

「前にブランカがしてくれたでしょ。そのとき、すごく気持ちが楽になったから」


 アルマがよしよし、とブランカの頭を撫でる。


「……いいの?」

「いいよ。少し、ここでゆっくりしよう」


 アルマのいつもよりも低い声に包まれると、力が抜けた。

 日が沈んだ家の外は、空気が少しだけひんやりしているような気がする。

 ざくざくと伸びる黄水晶が内側から煌々と光り、泉の水面がふわふわと光を反射する光景を見ていると、心の内がゆっくりと落ち着いていくのを感じた。

 空気までもが澄んでいる。


「本当はね」


 ブランカがぽつりとこぼす。


「悲しかったこともあったんだ。褒められなくなった頃。どこかで、よくやったって言われるのを諦めきらないときもあった。きっと二人に褒められていたら、すごく嬉しかったんだろうなって思うけど」

「でも、そうならなかった」


 アルマの声はやわらかい。

 ブランカは頷いた。

 あたたかな膝にすり寄るように。


「そういう流れだから。今私が感傷的になっても、仕方のないことだからね。それに、やっぱり感傷は向いてなくてやめちゃった」

「やめちゃったか」

「うん。私がそうなるのは、レオに失礼でしょ」


 ブランカがそう言えば、アルマから褒められるように額を撫でられた。


「ねえ、アルマ。レオは幸せになれるかな」

「ヴィートがいるし、大丈夫じゃないの。少なくても、ここに希望を持って通い続けるよりは救いがある。ブランカは? レオに幸せに暮らせって言われたんでしょ?」

「私はもう幸せだからいいの。アルマと会えたおかげでね」

「……ひとつ、聞いてもいい?」

「何でもいいよ」


 ブランカが頷くと、アルマの手の甲が頬を滑った。そうして、くい、と顎を指で引いて、顔を上に向けさせられる。



「ねえ。僕のこと、好き?」



 そう聞くアルマの瞳は、夜の中で黄水晶と同じように煌々と光っていた。



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