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40「そっか」


 静かだった。

 二人きりの森の中、開けた場所が神々しく照らされている光景を見ながら、少しだけ離れて、じっとそこから何かを受け取っていた。

 

 レオが決めるのを、ブランカはただ待っている。


 六歳の魔女が、他国に売られないように探して保護してくれた。

 きっと、その魔女が使う小さな魔法も意味があると家を説得していたら、膨大な利益を生み出す結果になり、みんなどこか疲れてしまってこんなことになったのだろう。けれど、ブランカが最悪で悲惨な人生をおくることがなかったのは、レオが「助ける」ことを決断したからだ。

 

 何も渡せないが、レオに「決定権」を与えることだけはできる。

 それしかできないブランカは、隣に立つレオを一切見なかった。



「アリス」



 レオの声はまっすぐに届いた。


「婚約を破棄する」


 綺麗に折り畳んでいた紙を出すと、破く。



「お前に自由をやるよ。名前も知らない魔女。天国で幸せに暮らせ」



 びりびりと契約書を小さくちぎって、レオが言う。

 それは風に舞って、広場に吸い込まれて、まるで美しい金の粒のように煌めきながら上へ上へと昇華されるように消えていった。


 二人でしばらくそれを見つめて、ブランカは先に一歩後ろへと引いた。



「先に戻るね」

「……おう」

「レオ。ありがとう」



 じっと光の広場を見つめる後ろ姿は、縁取られるように輝いている。

 レオは振り向かない。

 ブランカはその姿を忘れてはいけないような気がして、少しだけ心の片隅においた。これからレオを思い出すときは、花を咲かせるリストを不機嫌に渡してきた顔でも、令嬢に花をプレゼントする胡散臭い笑みをした顔でもなく、この後ろ姿かもしれない。


 まっさらなレオを覚えておけることは、不思議とブランカにとって心地がよかった。

 今まで過ごした時間があると言っていた意味が、ほんの少しわかった気がする。

 確かにあったのだ。レオとの十一年が。








 ブランカは一人、森を歩いて家へと戻った。

 帰りはあっさりと着いてしまい、泉の前で話しているアルマの背中が見えた途端、ほっとして力が抜けそうになる。


 アルマを呼ぶ前に、そう言えば話は終わったのかと窺っていると、二人が振り返った。


「……どうかした?」


 すぐに気づいたのはアルマだ。

 ブランカは駆け寄ってしがみつきたいのをぐっと我慢して、なるべく落ち着いた足取りでヴィートの前に立った。


「迎えに行って欲しいの」


 それだけ言うと察したようで、ヴィートは緩く頷いた。

 その青いレンズの向こうが憐れんでいるように細くなる。


「大丈夫ですか?」

「うん。そうだと思う」

「あなたのことですよ、アリス」


 穏やかな声で言われて、ブランカは少しだけ眉を下げた。


「大丈夫だよ」

「頑張りましたね」


 ぽん、と頭の上に手を一瞬だけ置かれる。労るような言葉を残してヴィートはその場を後にした。


 ヴィートの気配が完全に消えてから、ブランカはアルマにしがみつく。

 わかっていたように、そっと受け止められた。


「レオは?」

「置いてきた」

「……君に何かしたの?」


 優しく背中を撫でる手とは違う声で聞かれ、ブランカは頭を横に振った。


「違う。したのは私」


 アルマは「そっか」と静かに言うと、ぎゅうっとブランカを抱きしめる。もう一度「そっか」と言いながら、頭をすり寄せた。









 ざく、とキャベツを半分に切る。

 鍋にはつぶしたトマトと、タマネギと人参が煮込まれていて、キャベツをそっと入れると蓋をした。


 ブランカはクッキングストーブの隣に丸椅子を置いて座ると、キッチンでかぼちゃを切っているアルマをちらりと見る。

 

 ――おなかすいたね。ごはんにしようか。


 アルマはそう言うと、なにも聞かずに、ブランカが唯一アルマの手伝いなしで作れるようになった「丸ごとキャベツのトマト煮」を任せ、じゃあお願いね、と言ったっきり、そっとしておいてくれていた。


 ことことと鍋が小さな音を立てている。

 ブランカはそっと目を閉じた。

 アルマがキッチンで動いている音や、鍋の音、部屋に広がっていくトマトとキャベツのおいしそうなにおい。

 

 レオとヴィートは帰っただろう。


 そんなことを思いながら、徐々に気持ちが落ち着いていくのを感じた。




 夕食は家の中。

 小さな丸いテーブルの上には、編んだカゴに入れた水晶灯(すいしょうとう)がおいてある。


 ブランカの作ったキャベツのトマト煮を一口食べて、アルマが「おいしい」とにこにこと笑った。

 確かに、色々と考えていたけれど、美味しくできている。

 人参もタマネギもキャベツもやわらかくて甘く、トマトの酸味がさっぱりしていて食べやすいし、なによりあたたかくてほっとする。


「ありがとう、アルマ」

「上手になったね」

「そうじゃなくて、いや、それもすごく嬉しいんだけど」

「うん」


 アルマがゆっくりと目を細めた。

 その仕草があまりにも美しくて、なぜか心臓がどきりとする。


「少しは落ち着いた?」

「う、うん。ごめんね、感傷的になるのは似合わないんだなって思い出した」

「そう?」

「そうだよ。ごはんの準備で冷静になれた。あのままアルマにわーっと話してたら、なんか変なことになってそうなんだもん」

「ふふ。知ってる」


 だからだよ、と微笑まれて、ブランカはアルマの優しさに感動した。

 あのままアルマに話していたら、きっと十一年分の重みに潰された心地になったかも知れない。ヴィートに労われて、心は今までになくふにゃふにゃになっていた。


「すごい、すごいねえ、アルマは」

「ブランカはかわいいね」

「なんでそうなるの?」

「だって素直だから」


 アルマが目を伏せるように笑う。


「僕は、君みたいになれないな。話したくなるまで待つって、言えそうにないや。何があったのか聞かせてほしい。だめ?」

「ううん。聞いて欲しい」


 ほっとする。

 レオも、今どこかでほっとしているといい。

 誰かがそばにいるといい。


 そう思いながら、ブランカはレオと話したことをぽつぽつと話すのだった。


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