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37「……君を?」



 ヴィートとアルマの関係について、ブランカはあの夜以来聞いたことはない。


 ただ、彼らがなにかしらの関係があることは察していた。


 最初は顔の広いヴィートとどこかで偶然会ったことがある程度かと思っていたが、どうやら違うらしいことには、さすがに気づいた。あの、よくわからない、いつも何かを企んでいるような兄にアルマは協力しているのだろう。


 アルマもどこからか逃げてきた。

 家から逃げたかったから、と言っていた。

 美しすぎて監禁でもされてきたのだろうかと思ったこともあったが、あの背中の傷はそんなものではないことをブランカに突きつけた。それまでも、あまりにも家事スキルが高いことでアルマが苦労をしてきたことや、それにしては裁縫などの教養を持っていることで彼がどこでどんな扱いをされてきたのか考えが過ぎることもあったが、ブランカは知ろうとはしなかった。


 誰よりもアルマがそれを望んでいなかったからだ。



 今もアルマは望んでいない。

 だからブランカは、ヴィートとの関係について心配をしたり、探りを入れたりすることはしない。そもそも、無邪気に聞いてしまったあの夜にアルマがヴィートのことなど「知らない」と言ったので、アルマは知らないのだ。


 アルマを理不尽に使っているのなら絶対に許さないが、アルマは嫌ならば毅然と断るだろうし、利己的に動かないヴィートと一緒なら特に心配することもない。

 正直、ヴィートが何を企んでいるのかなどどうでもよかった。


 気になっているのは、魔女に会っていることだ。

 なんとなくあの魔女は、相当な美人に違いないとブランカは思っている。


 それでも、言いたくないのなら言わなくていい。

 アルマの心を踏みにじりたいわけではないのだ。





「ああいう言い方してごめんね、ヴィートは人に対して雑なの」


 ブランカは畑の手入れをしながら、同じく雑草を抜くアルマに言う。

 畑がいつの間にか広がっていてるのは、アルマの外出のお土産が新しい苗だったからだ。明日収穫できそうなカボチャがごろりと転がっているその向こうに、アルマがしゃがんでいた。


 お揃いの生地で作ったオーバーサイズの淡い緑色のワイシャツの袖をまくっている。


「ヴィートは、いつも試すように言うし、誤解をさせたいから面倒な言い回しをするし、その割にはフォローしないから」


 ブランカの言葉に、アルマがくすくすと笑った。

 ちらりと見ると、顔を隠すような金の髪の口元がゆっくりと動く。


「ブランカは、あの人を信頼してる?」

「ううん」


 素直に答えると、びっくりしたような瞳がこちらを向いた。


「……そうなの?」

「そうだよ。ヴィートを信頼してるわけじゃなくて、ヴィートのスタンスは信頼してるだけかな」


 雑草を引っこ抜く。


「ほら、あの人自身はよくわからないから。何か考えてるんだろうし、そのために動いてるんだろうけど、でもそれはたぶん、自分のためじゃないでしょ。だから、そういうところを信頼してるだけ」


 相手の中身がわからずとも、行動の理由を知っておけば恐ろしくはない。そうブランカが言えば、アルマはしばらく考えた後で「なるほど」と呟いた。


「ヴィートって、庭に埋まってたんだって」


 ブランカはレオから聞いた初対面をアルマに話した。

 どれほど間抜けな光景だったのかを想像して笑い、つられるようにアルマも笑う。雑草抜きが終わって二人で伸びをして、土を払って、そうしているとどこからか川のせせらぎが聞こえてきた。


 いつものように二人で着替えを持って森を歩き、交代で水浴びをして、髪を拭きあって、森の中を歩く。帰って物干しに洗った服を干していると、ブランカはなんとも平和で幸せな一日に、嬉しくてたまらなくなった。


「ふふ」

「嬉しそうだね」

「ううん、幸せなの」


 水浴びの最中の声を張って話すおしゃべりも、二人で黙って濡れた服を干しているこの瞬間も、何も特別なことは起きていないというのに、幸せでたまらない。

 満たされた心が、ふわふわと浮き上がりそうなほどに。


「あ、ブランカ、浮いちゃダメだよ」

「おっと。つい」

「身体は平気?」

「大丈夫、苦しくないよ」

「……よかった」


 ほっとするアルマの頭を撫でると、その手はすぐに取り上げられて、代わりに手にキスを落とされた。こちらを伺う目は子供のそれではない。


 最近、こんな目をされる。

 飢えた獣のような、自分が捕食対象になったような気持ちにさせられる目。

 だというのに、怖くないどころか、どうしてか嬉しくなるのだから、妙に心が騒がしくなるのだ。ブランカが赤くなると、アルマは満足したようににこっと笑った。


「……なんでそんな目で見るの?」

「いやなの?」

「わかってるくせに」

「だって」


 アルマは手をぐっと引いて、ブランカをその腕に閉じこめる。


「もっと、もっと一緒にいなくちゃ」

「……一緒にいるよ?」

「そうじゃなくて、もっとずっと近くにだよ」

「もしかして、なにか不安にさせた?」


 ブランカが聞くと、アルマは「ううん」とすり寄るように頭を横に振る。


「僕の気持ちの問題かな」

「レオのこと?」

「……時々、ブランカは物凄く鋭いのを上手に隠してるだけなのかなって思うよ」

「アルマ。レオはね、違うんだよ」


 ブランカはアルマの腕の中で、その背中に腕を回してゆるく抱きしめた。


「違うんだよ。私と結婚したいわけじゃないの。そうじゃなくて、取り戻したいだけなんだと思う」

「……君を?」

「ふふ。違う違う。私じゃなくて、クタクタになってる今じゃない、もっとしがらみがなかった頃を取り戻したいだけなの。まだ私があの家に来たばかりの頃。小さな魔女を助けるために家と戦って、ようやく自分の意思で結果を残せた頃を取り戻したいんだと思うよ」


 そうでなければ「俺は気にしない」なんて言えない。

 たとえ、本当に好いていてくれていたとしても、だったら絶対に言えない。


 ブランカは思う。


 アルマが、どこかの美人の魔女と一緒にいることを「私は気にしない」なんて言えないからだ。

 

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