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36「ううん。全然」


 目が覚めるとアルマがいなかった。

 ブランカはいつも後ろから巻き付いているアルマの重みがないことに気づき、ゆっくりと起きあがる。ドアに視線を向ければ、ドライフラワーとなった、レオが置いていった赤いブーケだったものがぶら下がり、ドアは大きく開いていた。


 ブランカはベッドの上から窓の外を見下ろす。

 泉の前に、二人、立っているのが見えた。

 灰色の髪の長身の男と、金色の髪の少年。


 ヴィートとアルマは水晶を見ながら、何かを話し込んでいるらしい。

 ブランカは伸びをしてベッドから降りると、身支度をし、最後に髪を適当に結んで家から出た。




「アルマ」


 近づく前に大きな声で呼ぶ。

 気づいていたように、アルマがゆっくりと振り返った。


「おはよう。ごめんね。話が終わったらすぐに戻ろうと思ったんだけど」


 と、ブランカが近づいてからそう言い、腕を軽く取って当然のようにキスをする。

 ついでに、にこっと眩しい笑みをくれた。


「ごめん、この魔法使いの話が長くって」

「アルマ……出かけるの?」

「ううん。今日はずっとそばにいるよ」

「そっかあ。ならよかった」


 ブランカがほっとすると、アルマはよしよしと頭を撫でて嬉しそうに目を細める。アルマのその表情で、驚くほど心が軽くなった。自然とブランカも表情が和らぐ。



「あなたたち、本当にいつもそんななんですか」



 無遠慮に入ってきた声はもちろんヴィートだ。

 アルマはブランカの手を取って繋ぎ「文句ある?」とため息を吐く。


「いえ、文句なんてありませんよ。ええ、ありません。ただ、レオへの嫌がらせかと思っていた節もありまして」

「それもあるに決まってるでしょ」

「ですよね」


 ヴィートが無表情で頷く。

 ブランカはふとヴィートが一人でいることが気になった。



「ヴィート、レオは? 来てないの?」



 何気なく。

 本当に何気なく聞いたつもりだったが、アルマもヴィートもなぜか一瞬同じ顔でブランカを見た。

 それはほんの少しの間だけで、ヴィートは少しだけ口の端を上げて、アルマはどうしてか瞳を一瞬険しくする。


「……アリス、そうですか、アリス」

「え。なに? 気持ち悪いよ」


 ブランカが身を引いても、ヴィートは珍しくわかりやすくにやついた。

 丸く青いレンズのむこうは至極楽しそうだ。


「レオは今日は用事がありまして。気になりますか?」

「ううん。全然」

「見合いに行ってます」


 聞いてもいないのに、ヴィートは言った。

 ブランカは何となく言葉に詰まる。

 そうすれば、ヴィートはもっとにやついた。

 なんだかいらっとする。


「そう、おめでとうって伝えて」

「おやおや、怒っていますか」

「ううん。苛ついてる」

「そうですか。苛ついているんですか。レオが見合いをすると知って」

「違う。ヴィートのその顔がイライラする」


 ブランカの言葉に、途端に無表情に戻ったヴィートは眼鏡を押し上げた。


「そうですか。まあ、いいでしょう。そうしておいてあげます。見合いの件ですが、仕方ないんですよ。あなたが死んだので、レオは次の婚約者を選ばなくてはならなくなったんです」

「そうなるだろうね」

「それでも、そんな気にはなれないとずっと拒否していたんですよ。妻はアリスだけだと言っていましたから」


 じっとこちらを見て言われても、なにもコメントすることはないので、曖昧に頷く。


「相手が気になりますか?」

「全くならない」

「お相手は、あなたがキレた日に来ていたご令嬢ですよ」

「結婚おめでとうと伝えといて」

「断るに決まってるじゃないですか」

「……ちゃんと考えた方がいいと思うよ?」


 いつまでふざけるのか、と暗に言えば、ヴィートはハッと鼻で笑った。


「わかってますよ。けど、レオにも希望とか、幸せとか、生きる糧みたいな、そういうのがいるんです」

「ふうん」

「興味ないって顔をしていますね」

「ないもの」

「レオが来ていないことを気にしていたのに?」


 気にしたわけじゃない、とブランカが言おうとすると、ヴィートが遮った。


「レオが来ていないのかと聞いたということは、ここにレオが来ることをあなた自身が認めたということではありませんか?」


 ブランカは首を横に振った。


「ヴィートとレオはセットだから、いないと気になっただけ」

「いいんです。それでいいんですよ。レオを忘れていないことに意味があるので」

「意味なんてないと思うけど」


 何を言ってるんだ、とブランカは思ったが、それでもヴィートは年長者らしい顔でブランカを見下ろした。


「子供ですね、アリス」

「それ以上彼女と話すなら、僕は二度とここから出ないよ」


 それまで黙っていたアルマが、ブランカの前に立つ。

 ヴィートはアルマの顔を無表情に見て、それからわざとらしく口元を笑みの形にした。


「天使、あなたにも利はあるのでは」

「そうかもね。そうかもしれないけど、でも、許さないラインはあるかなあ。それがわからない愚かな魔法使いじゃないよね?」

「ええ。わかりますよ」

「じゃあ、引いて」


 きっぱりとアルマが言う。


「今、僕が手を出さなくなったら困るのはそっちじゃないの」

「……そうですね」

「君たちのことは使わせてもらうけど、僕が望む以上の動きをするつもりなら、ちょっと考えちゃうな」

「……脅しているつもりですか」

「何言ってるの。脅したりしないよ。僕はそんなことしない。純粋な警告かな」


 ヴィートが黙り込む。

 自分よりも少し小柄なのに、アルマの存在感は分厚い。

 ブランカはその肩につんつんとつつく。


「いいよ、アルマ。ここから出なくて。私はそれがいいなあ」


 振り返ったアルマは、ブランカをまっすぐ見ている。

 その瞳に、優しく笑いかけた。


「アルマがしたくないことは、何もしなくていいんだよ」





 ヴィートはあっさりと帰って行った。

 ブランカの言葉を聞いて、アルマがしがみついて離れなかったからだ。


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