35「……思ったんだけど」
泉の前で座り、皿に綺麗に盛りつけられた「おやつ」にフォークをそっと刺す。
ふわっとした感触と、そこにとろりと沈む苺ジャム。
形の残った真っ赤に溶けた苺が、皿の上で転がった。
口に運べば、素朴な味に甘酸っぱい苺がとても良くあう。
「……んー」
おいしい、まで言葉にできずに頷くブランカの隣には、アルマがリラックスしたように座って食べている。
「まあまあかな」
「えっ?! 美味しいよ?」
「膨らみが少し足りないな」
ぺろりと食べてしまったアルマは「ブランカが手伝ってくれたジャムが一番美味しい」とにこっと笑った。
けれど、あっという間に食べ終えているのはきっと「まあまあ」ではなかったからもしれない。ブランカは思わず顔がほころんだ。
「可愛いお仕置きだったね」
「そうかな」
「そうだよ。アルマは優しいもの」
「そんなことを言うのはブランカぐらいだよ」
「私しか知らないってことだね。嬉しい」
ブランカがにこにこと言うと、アルマは困ったように笑った。
「僕を甘やかさないで」
「どうして?」
「ブランカにそう言ってもらえる資格なんてないから」
「そうかなあ」
「……レオの話を、聞いてなかったの?」
小さい声だった。
ブランカは少しだけ考えながら、とりあえず出来立てのそれを食べる。
ブランカが黙っていても、アルマはじっと待っていた。
食べ終えて皿を芝生の上に置くと、一つ隣に座っていたアルマの腕をぐいっと引く。
無抵抗なまま、ずるりと倒れてくる。
そうして、ブランカの膝の上にアルマの頭が着地した。
「……ブランカ?」
「ごめんね、先におやつ食べちゃって。ほら、せっかくアルマが作ってくれたから美味しいうちにと思って」
「いや、それはいいんだけど」
「ふふ。とっても美味しかった。ありがとう」
ブランカはそっとアルマの髪を撫でる。
アルマはブランカの膝の上で、少しだけ目元を赤くして、それからくるりと顔を背けるように横を向く。
その目に、水晶は映っているのだろうか。
穏やかな光が、同じような瞳に映っているのなら、きっと美しいだろう。
ブランカは髪を撫でながら、その光景を想像する。
琥珀色の瞳に、いくつもの水晶が星のきらめきのように映っているところを。
「さっき」
アルマが呟く。
ブランカは指に絡まる金色の髪を慈しむように触れながら「うん」と相づちを打った。
「さっき、レオが言ったことだけど」
「アルマ。それ、本当に話したい?」
ブランカが穏やかに聞くと、アルマの身体が一瞬硬直した。
頭を撫でていない手で、腕をとんとんと叩く。
「話したくないことを、無理に話すことはないよ」
「……ブランカは、聞きたくないの?」
「聞きたいねえ」
聞きたいことならたくさんある。
そうしない理由は一つだった。
「聞きたいけど、アルマを悲しませたくないから聞かない」
「僕を……?」
「そうだよ」
「僕が、悲しくなるの?」
「うん。え? 違うの?」
ブランカが驚いたように聞き返せば、考え込んだようなアルマは「……そうかも」とこぼした。
「僕はてっきり、聞くのが怖いのかと」
「えー、どうして?」
ブランカはからからと笑う。
「話したくなったら、話してくれるでしょ? アルマは今話したいの? 話したくないのに無理矢理話したら、きっと悲しくなるよ」
「僕のこと、怖くない?」
「うん。怖くない」
「本当は聞きたいのに、聞かないの?」
「そうだね」
「僕のために?」
「あと、自分のために。悲しませたくないっていう、自分のためだよ。本当は気になるよ? 気になるけどね?」
「……わかってる。興味がないわけじゃないって、そう言いたいんだよね」
アルマの言葉に、ブランカはパッと明るく笑った。
こちらの表情は見えていないはずなのに、アルマの口元がふにゃりと上がる。
「ブランカはやさしいね」
「アルマもね」
「ごめん」
身を縮めるようにして、アルマがぼそりと呟く。
「謝らないといけないことなんて、ないでしょ」
「……うん」
「帰ってきてくれて嬉しいし」
「……うん」
「あ。でも、一つだけ言いたいことがあった」
「え?」
ブランカはようやくこちらを見たアルマの目を見つめた。
少し怯えた子供のような目尻に、そっと触れる。
「ごはんのこと」
「……ごはん」
「そう。最近ちょっと贅沢だよ。美味しいけど、ここだから食べるような、もっと、こう、なんていうのかな」
「……ふ、……うん、わかった」
上手に言葉にできなかったが、アルマにはきちんと伝わったらしい。
くすくすと笑うアルマの額に触れる。
その手を、優しく掴まれた。
「確かに、最近はちょっと罪滅ぼしみたいなことをしすぎてたね」
「アルマがここに帰ってきてくれるだけでいいのに」
「そっかあ」
「帰ってこなかったら森から出て探しに行くからね」
「絶対にだめ」
「じゃあ帰ってきて。出かけてほしくないけど」
素直に伝えると、アルマは嬉しそうに微笑んで、掴んだままのブランカの手にキスをした。
「もう少ししたら、終わるから」
「そうなの?」
「うん、終わらせる。終わったら、話すね」
「話したくなったらでいいよ」
「そうだった。話したくなったら話すね」
すっきりしたような顔をしたアルマに、ブランカも微笑む。
「ね、ブランカ」
「はあい」
「もう少しこうしてていい?」
「もちろん。私のそばにいて。もっと近くでもいいから、いてね」
「……思ったんだけど」
「うん?」
「ブランカは意外と、人を振り回すタイプかもね」
「そんなことないよ」
「レオがかわいそうに思えてきた」
なぜかアルマはしみじみと言うので、ブランカは「レオはかわいそうじゃないと思う」とだけ反論させてもらった。
アルマは声を上げて笑ったが。




