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34「天使。危ないですよ」



「おかえり、アルマ」


 ブランカがアルマの元へ行くと、両腕を開いてにこやかに迎えられた。

 とりあえず、ぎゅっと抱きつきに行ってみる。

 正解だったらしく、アルマは褒めるようにブランカの背中をとんとんと叩いた。


「ただいま。いい子にしてた? 何か変わりはない?」

「うん。全然ないよ」

「ならよかった。ああ、そこ。動いちゃだめだよ、待ってて」


 アルマが鋭く言うのは、きっと後ろの二人のことだろう。

 ブランカはアルマから離れ、いつものように頭を撫で、肩を触り、どこにも怪我はないかを確認する。

 髪はふわふわだし、身体のどこにも怪我をした様子はない。


「よかった、大丈夫だね」

「大丈夫だよ。心配させてごめん」

 

 帰ってきたアルマの無事を確認しなければ、ブランカは落ち着かない。

 アルマは少し嬉しそうに、よしよし、と頭を撫でてくれる。謝るアルマに、ブランカは「うん」とだけ返事をした。



 どこに行くのか。

 何をしに行って、誰と会っているのか。

 置いていかないと言ったのに。



 そんな言葉を飲み込んだ「うん」であることは、アルマにも伝わっている。

 それでも一切説明をしないのだから、それ相応の理由があるのだろう。アルマが魔女と会っていたことも一度も聞いていない。

 いつかアルマが言うときが来るだろうと思っているのもあるし、聞いてアルマが悲しそうな顔をしたら、と思うとそんな気になれなかったのだ。


「ごめんね」


 もう一度アルマが言う。

 いつも帰ってきてブランカの頬を撫でながら、少しだけ悲しそうに言って、それから優しく引き寄せ、慰めるように唇を重ねる。


 いつの間にかこんなことまで普通になってしまってるが、ブランカはそのことに気づいていない。あまりにも自然に習慣になっていたし、アルマはそうして、甘くブランカに微笑むのだ。


 けれど今日に限っては、ブランカの背後に視線を向けてゆったりと不適に笑んだ。



「そっちも、ごめんね?」



 強く抱きしめられて「ぐえ」と情けなく声を漏らせば、腕から解放されて、ついでに腰を支えられるように隣に立つようにくるりと回された。


 肩にことんと頭を預けられてくすぐったくて笑えば、腰をさらに引き寄せられる。アルマの金の髪がそばにあることにブランカは心底ほっとする。


「どうも。天使。では、我々は帰りますので」

「じゃあな」

「――待つように言ったよね?」


 アルマの言葉に、二人は歩きだそうとしていた足を止めた。

 レオがとりあえず交渉を始めようと頭を掻く。


「あー、アルマ?」

「僕の女神さまに余計なことを言ってないよね?」

「……余計ではない」

「十一年? それがなに? 君と彼女の積み重ねた時間なんて言うつもり? 違うよ。その十一年は君らが彼女を酷使した年月だよね?」


 アルマが微妙に殺気立っていることは、ブランカにもわかった。

 外から帰ってきたとき、しばらくこんな気配を隠そうとすることも知っている。

 

「……アルマ、興奮すんな」

「うるさいよレオ」

「天使」


 ヴィートがレオの前に立つ。


「美しい顔をそんな風にしていてはいけませんよ。大丈夫です。我々がアリスを失ったことは必然であったという認識を共有しあったばかりですから」

「ふうん」

「レオも、アリスが本当にあなただけがいいのだと、きちんと理解しましたよ。ね?」

「……ああ。お前がそういう顔をする奴でも、アリスはお前がいいんだと」

「知ってる」

「いつからいたんですか」

「聞きたいの? 本当に?」

「やめておきます」

「寵愛と籠絡は僕に任せてくれていいよ」

「帰ります」

「おう、ヴィート帰ろうぜ」


 びゅん、とアルマから何かが投げられ、同時にヴィートが手をかざした。

 いつかと同じように、何か薄いガラスのようなものにアルマのナイフが二つ、刺さる。


「天使。危ないですよ」

「ゆっくり投げてあげたでしょ。帰りたいならレオだけ置いていって」

「は?」

「無理です。彼は一人で帰れませんから」

「そう。じゃ、そこの魔法使いも残る?」

「いえ、二人で帰りま」

「さあ、お仕置きを始めようね」





    ○





「……もういいですよね?」

「まだ」

「……もういいだろ」

「まだ」

「あの」

「まだ。何回言わせるつもり? 覚えてないの? つんとツノが立つくらいだってば」


 キッチンに響くのは、カコカコカコカコと卵白を泡立てる二つの音だ。

 前はアルマが最後に一気に泡立てたが、今回は一切手伝う気はないらしく、かれこれ十分以上この音は響いているし、しかも徐々に勢いをなくしていっている。

 

 ブランカはというと、洗った苺を優しく拭き、アルマに渡す手伝いをしていた。

 アルマはナイフで苺のヘタをするっと取って鍋に入れていき、ついでにレオとヴィートの様子を見ている。


「一気にやらないと余計キツいよ」


 と、きちんと励ますことも忘れていない。


「アルマは本当に優しいねえ」

「お前……本気か……聞いたかヴィート」

「駄目ですよ、レオ。あれはもう天使の全てを肯定する存在なんです」

「ほら、早く泡立てて。先にジャムができそうなんだけど? 死ぬ気でやって。息止めて」


 苺が隠れるほどの砂糖が入った鍋がクッキングストーブの上で徐々にあたたまり、甘酸っぱい香りが家の中を漂い始めると、二人は途端に必死に、それはもう口を閉ざして息を止める勢いで全力で泡立て始めたのだった。



 そうして無事にアルマの「おやつ」が焼けて、ジャムは真っ赤な艶やかなものが出来上がると、アルマはレオとヴィートをに向かって優しく声をかけた。


「じゃあ、気をつけて帰って。ご苦労様」


 にっこりと笑って言い放ったアルマに、右腕を押さえていた二人が目を点にした。焼き上がるのを楽しみにしていた無邪気な顔が凍りつく。


「……は?!」

「冗談ですよね……?」

「僕がどうして冗談を言う必要が?」


 ブランカは、なるほど、と一人頷いた。



「お仕置きだねえ」



 と言えば、二人は絶望的な顔をしてその場から消えていった。

 家からも森から退場していったが、最後に「嘘だろ」と呆然と呟いた言葉だけは聞こえたような気がした。


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