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32「その話はやめましょう」


 サクサクとクッキーを食べる音が、横に三つ並ぶ。

 ブランカの隣にレオが、レオの隣にヴィートが座っている。


 ただ黙ってクッキーを食べているだけだが、しばらくしてこれが妙な光景であることにブランカは気づいてしまった。

 なにしてるんだろう。

 ぼんやりとそんなことを思う。


 そういえば、昔もこんなことがあったような気がする。


 よく覚えていないが、並んで座ってじっとしていたときがあった。

 レオがまだひねくれていないで、ヴィートが付きっきりでブランカに常識を教えてくれているときに、一緒に付き合ってくれていた頃。

 裏の広大な花畑の隅っこで、こうして座って何も話さずに夕暮れを見ていた。


「懐かしいですね」


 ヴィートも思い出したらしい。

 レオが穏やかに頷く。


「だな」

「アリスが落ち込んでたんですよね」

「……え? そうだっけ?」

「そうだよ。確か、テーブルマナーの勉強だったか」

「ええ。食べれればいいもん、と言いながらぶすっとしてましたねえ」

「してたしてた。みんなの前でそんな風にきちんとしないとうるさく言われるなら一人で部屋で食べる、って言い出したから、二人して困ったの覚えてるぜ」

「結局レオが甘やかして、部屋で食べるようになったんですよね」

「俺はあのとき寛容を学んだ」

「本当に」


 二人があまりにも懐かしそうに語るものだから、ブランカは何も言えない。

 そうだったっけ、と思ったが、記憶を探るとそうだった。

 一人で部屋で食べることの発端が自分であったことはすっかり今の今まで忘れていた。


「寂しがるかと思えば、ニコニコしてたよな」

「ですねえ。団体行動とか規律とか向かないタイプでしたから、それからは必要なことだけ教えて後は負担にならないように放っておこうと決めたらこんなことに」 


 ああ、そうだった。

 うるさく言われなくなってラッキー、と思っていたのだ。

 ブランカは徐々に思い出す。

 確かに負担は減って、言われたことだけをやるようになっていた。

 儲ければ儲けるほど、余計うるさく言われることはなくなっていたし、そうなれば自然と二人と距離ができていたのかもしれない。


 金儲けに走り出し、レオがひねくれたからお互いを見なくなったのではなく、ブランカ自身も離れることを選んでいたことに気づく。

 

 レオのために。

 ヴィートのために。

 そうやって誰かのための努力をしなかった。

 二人のために生きれていたら、きっと今も一緒にいたのだろう。

 全く想像できないけれど。


 ブランカが小さく笑うと、レオがちらりとこちらを見た。


「なんだよ」


 その言葉が思いのほか優しい。


「いや、やっぱりこうなることは決まってたんだなあって思って」

「ああ、お前の言う流れ、だっけ?」

「そう。私がレオとヴィートのことが大好きだったら、きっと惜しみない努力をしていたんだろうな」

「……お前な」

「辛辣ですね」

「婚約だって喜んだかもしれないよねー」

「ふん。思ってないだろ」

「でも、そうですね。我々は魔女を、寵愛(ちょうあい)して、甘く籠絡(ろうらく)しておけばよかったのかもしれません」

「無理無理。俺とお前じゃ絶対無理」


 レオがからからと笑う。

 ヴィートも「ええ、無理ですね」とあっさりと認めたし、ブランカもそう思う。


「私六歳だったしね。そんなことしてたら相当気持ち悪いよ」

「言えてるな」

「そういえばそうですね」

「私たち昔からこうだったね。横並び。親密になろうとしてなかったし、それが私にはちょうどよかったもん」

「ヴィートが親になって、俺が兄の役割をすればよかったんだろうけど、向いてなかったしな」

「ですね。まあ、こうなるのは必然としか思えませんね」


 向いていなかった。

 全員が同じ方向を向いて一致団結をするのは中々難しいことなのかもしれない。

 それぞれ見ているものの先が違ったのだから仕方がないし、きっとそういう資質もなかった。


 ブランカは諦めることになれていたし、レオは跡取りの重責の中でどううまく泳いでいくかを見ていて、ヴィートはたぶん色々な先を見ていた。


「そう思うと、ヴィートとレオがここまで仲がいいのは不思議だよね」

「……それは」

「俺が拾ったんだよ」

「ヴィートを?」

「そう。こいつ、裏庭に落ちてて。落ちてたっつうか、埋まってて」

「え」


 ブランカの聞き間違い出なければ「埋まっていた」と言っていた。

 隣のレオを見ると、もう一度「埋まってた」と言う。


「違います」

「違わねえよ。埋まってたろ。頭と左手だけ出てた」

「……」

「アリス、想像で笑うのはやめてください」

「でな、その左手で地面を叩いた瞬間、ぼこっと地面がえぐれて出てきて、あ、こいつ魔法使いだってわかったんだよ。俺が五歳の頃だったっけ?」

「そうですね。まだ小さくて、可愛らしい顔をしていましたね」

「そりゃどうも。まあそれで、うちには魔法使いがいなかったもんで、契約したんだよ。アリスと一緒で、俺の教育係だったわけ」

「へえ。じゃあレオにとっても兄みたいなものなの?」


 ブランカが聞くと、レオは首を横に振った。


「どちらかと言うと同い年か、弟。こいつ結構荒かったからな、色々と」

「その話はやめましょう」

「荒いって、なにが?」

「アリス」

「そうだなー、言葉とか、態度とか物の見方とか。人に対して基本的には無礼だったな」

「……誰の話?」

「誰の話でもありません」

「ヴィートの話だよ」

「レオ」


 ブランカにとっては兄だったが、どうやらそれはレオの教育の賜だったらしい。


 道理で、ちょっと雑な兄だった。

 

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