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26 「それは違うよ」


 泉の水をバケツに入れてクルミを綺麗に洗っていると、なにやら突然騒がしくなった。

 アルマと顔を見合わせる。


「帰って来れたみたいだね」


 アルマが呟く。ブランカはアルマから渡されたクルミを布できゅっきゅと拭いて、平たいカゴに転がす。これが最後のクルミだった。


「アルマ、帰ったぞ」


 何故か得意げな顔をしたレオが、アルマの前に立つ。先ほどの半分の量だ。ということは、とヴィートを見れば、同じようにシャツにクルミを積めて両手で裾を摘んでいた。


「……くふっ」

「アリス」

「笑ってないよ」

「笑っていましたよね」


 ううん、と真顔で首を横に振る。

 レオはしっかりとアルマにクルミの洗い方を教わっていて、ヴィートもそれに倣うらしい。笑っていないと言い張るブランカを無表情で見下ろしてから、クルミをレオと一緒に洗い始めたのだった。


 



 収穫したクルミを洗って、カゴに広げて、これで一ヶ月干すらしい。

 ああ、一ヶ月後が楽しみだなあ、と目を輝かせるブランカとは違い、レオは「げえ」と顔をしかめた。


「一ヶ月も待つのかよ」

「待つんだよ」

「魔法でやったほうが早くないか?」

「彼女の魔法は暮らしを便利にするものじゃないよ」


 アルマはごく自然にそう言い、レオは素直にそれを聞き入れた。


「確かにな。悪い、アリス」

「えっ?!」

「……なんだよ」

「あなたからの謝罪なんて初めて聞いたからでは?」

「そうかよ。ヴィート、お前も、今まで当然みたいに魔法を使わせて悪かったな」

「え」


 ヴィートが瞠目(どうもく)してまじまじとレオを見る。

 怪訝な顔で見返したレオがまた「なんだよ」と居心地悪そうに言った。


「いや、驚きまして」

「あっそ」

「どうしたんですか」

「思ったことを言っただけだよ」

「……」

「……」

「天使。レオになにをしたんです?」

 

 アルマは「知らない」とあっさりと首を横に振る。


「知らないけど、根は素直なんでしょ。疲れすぎてただけじゃないの」

「確かに」


 ヴィートが愕然とした様子で頷いた。

 そうして、レオに「今まであなたにばかり頑張らせていたかもしれません」と何故か謝り、レオはレオで「いや俺が悪かった」とまた謝った。

 そして顔を見合わせて、ふと笑う。


「魔法は、使えるので。いいんですよ。飼われている身としては、その方が気が楽ですから」

「そういうものなのか」

「ええ。アリスとは違うので。それに、協力してくださるんですよね?」

「ああ。そう決めた。償いにしては軽いが、全面的にヴィートを支持する」

「ありがとうございます。助かります」

「俺こそよろしく頼む」

「我が主、どこまでもついて行きます」

「やめろ。お前は従者じゃねえだろ」

「……そうでしたね。ええ、はい。友人ですね」


 穏やかな眼差しで見つめ合って笑った二人を、ブランカは思わず指さしてアルマを見た。


「なにこれ。なに見せられてるの?」

「さあ」


 興味ないもん、とアルマは首を振る。


「それより僕は家に帰りたいな」

「うん。そうしよう」

「もうすぐワンピースも出来上がりそうなんだ」

「アルマは何でも上手だねえ」

「ありがとう。ブランカは本でも読みながらそばにいてくれる?」

「もちろん。行こう行こう」


 なにやら新しい友情を誓い合う二人をその場に放って、二人は家に戻った。


 一階のソファに座って、アルマは殆ど組み上がっているワンピースを膝に乗せてちくちくと針を動かし、ブランカはレオからの「天国への差し入れ」である本を読む。


 何度も読んでいるのは詩集で、短い言葉がつづられている。

 不思議といつも読んでいても飽きなくて、まるで自分だけに向けられているように感じるのだ。心がちょっと、あるべき場所に戻るような感覚がする。


 ぺら、と紙をめくると、アルマがちらりとこちらを見た。

 同じように読んで、黙っていても共感されている気がして、ブランカはそのアルマの視線がたまらなく嬉しい。


 自分の好きなものに心を寄せられているとわかるとき、アルマの心の中に自分がいると実感できる。


 突然、今までの全てを失ってアルマと暮らすことになったというのに、まるでここが最初から自分の真ん中にあったように、ブランカにとってはアルマの隣に座ることが自然なことになっていた。

 

 アルマが、ふっと笑う。


「……どうかした? なにを考えてるの?」

「え?」

「手が止まったから」

「ああ」


 ブランカは目にしているのがアルマであることにようやく気づく。

 いつの間にか、見ているのは本ではなくアルマの顔になっていたらしい。


「うーん、アルマのことを考えてたよ」

「うれしい」

「負担になってないかな、とか、アルマを理不尽な目にあわせてないかな、とか考えたんだけど」

「けど?」

「すぐ消えちゃった。ごめん、私薄情だね」

「それは違うよ」


 アルマは手を止めて、視線をゆっくりとブランカに移した。


「安心してくれたんだね。僕が君を嫌わないって」

「……そうかも」

「そうだよ。ほら、プロポーズもしてくれたしね?」

「……そう言えばそんなことをしたことになったような気が」

「え?」

「しました。プロポーズ、しました」

「じゃ、誓いのキスね」


 アルマがブランカの頬に手を当てる。

 ゆるい力で引き寄せられて、唇が重なる前に、家のドアが無遠慮に開いた。


「アルマー。ちょっといいか」


 もちろんレオだ。

 ずかずかと入ってくる頃には、ブランカはそうっと身を引いていた。

 アルマはソファの前まで来たレオとヴィートを睨む。


「……なに」

「怒らないでください、天使。こちらをどうぞ。今回はこれを持ってきたのです」


 ヴィートが手を翳し、ころんと丸いカゴが現れる。

 そこには卵が山盛りに入っていた。


「た……たまご」


 思わずブランカが言えば、アルマはヴィートが持っていたカゴをさっと受け取った。

 ついでに「おやつ焼こうかなあ」と言った途端、ブランカは目を輝かせ、何故かレオもきらきらと期待した目でアルマを見る。


「……なに、食べていくつもり?」

「おう」


 ブランカは思う。

 やっぱりレオはアルマに懐いたのではないだろうか、と。


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