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25「さあね」



「見ろ、アリス」


 シャツの裾を両手で持ち、カゴのようになったそこに、丸くゴツゴツした殻に包まれたクルミを山ほど乗せたレオが無邪気にそんなことを言いながら戻ってきた。

 ブランカはその光景に一瞬黙ったが、やはり黙っていられずぴっと指をさす。


「……レオ、おなか見えてるよ」

「はっ?!」


 バッと隠した途端に、ざあっとクルミが落ちた。

 ヴィートまでもが無言でその姿を見る。

 手を翳そうとして、レオに止められた。

 

「魔法は駄目だ」

「? どうしたんです。魔法でさっさと」

「アルマがここでは魔法を無駄に使うなって言うんだよ」


 アルマのことを名前で呼んでいる。ブランカは密かに驚きながら、レオの後ろを歩いてきたアルマをそっと見る。

 同じようにシャツをカゴのようにして、クルミをたくさん乗せていた。

 オーバーサイズのせいなのか、アルマのおなかは無事だ。

 ふとこちらに気づき、三人の足下に散らばったクルミを見てげんなりとした顔をレオに向ける。

 

「なにやってるの」

「いや、アリスが」

「僕の女神さまのせいにしないで」

「はいはい」

「レオ、ちゃんと拾ってよ」


 ヴィートと思わず顔を見合わせて、打ち解けすぎている雰囲気のアルマとレオを見比べる。

 その視線をものともせず、アルマはすっとブランカの隣に並んだ。


「ね、先に行こ」


 微笑まれて、ブランカは条件反射のように頷く。振り返ったアルマは、二人を見てにっこりと笑った。


「魔法は使わないで、二人で全部拾って帰ってきてね」

「あ、待てアルマ」

「帰ってこれるといいんだけど。じゃ」

 

 レオと軽快な会話を投げ合ったアルマは、ブランカを連れてその場を後にした。


 しげしげとアルマの美しい横顔を見る。

 透き通った目が真っ直ぐに前を見ていた。

 森を迷いなく歩く。


「……だめだよ。僕じゃなくて前を見なきゃ」

「はあい。ねえ、あの二人帰ってこれると思う?」

「心配? 帰ってこないといや?」

「ううん。だってクルミが」

「……ふっ」

「ほら、パンに混ぜても美味しいよね? サラダに入ってるのもいいし」

「ん。美味しそうだね」

「ねえ、アルマ」

「なに?」

「無理してない?」

「……してないよ?」

「待って、ごめん、それはわかる」


 ブランカが言うと、アルマは何故か嬉しそうに笑った。

 裾の中のクルミがかたかたと音を立てる。


「――まあ、どうしていいかわからないから、難しいところはあるかも」

「難しい?」

「僕は同年代と一緒に過ごしたことはなかったから。あんな、健全な人は特に。あいつ、すごくマトモだね。君を酷使していたこととは別だよ、もちろん。そこは一生許さない」

「わかってるよ」


 ブランカは柔らかく笑う。


「そういう状況を受け入れてたのは私だし。さっきヴィートとも話してたんだけど、私たちは気づかない間にあの環境にゆっくり麻痺して行ってたみたいなの」

「それでも君を追いつめたことは許さないよ」

「嬉しい」


 自分のために怒ってくれる人がいることは、なんとも特別なことのように思えた。

 ブランカの笑みに、アルマは仕方なさそうな目を向ける。


「それにね」


 いつもの慈愛溢れる瞳が、ふわりと微笑んだ。


「友好的なスタンスできたから、こっちもそれで返しただけ」

「ああ、なるほど」

「僕を知って、君のことを知りたかったんだと思う」

「でも結構楽しそうだったよ。あんな顔久々に見たもの。アルマはすごいね」

「……そこでどうして僕がすごいことになるのかわからないけど」

「うーん、レオは根は素直だけど、意図があって相手のところに行くときはいつもうんざりしてたから。笑っても目が死んでるんだよね。でも、アルマと話している姿のレオはそのまんま。ヴィートも楽しそうだって言ってたよ」

「へえ」


 アルマが呟いたその声からは、興味は一切なさそうだった。

 もしかして、とブランカは隣を見る。


「私が気を使わないように? それでレオと普通に接してくれたの?」

「なんのことかなあ」

「あ。やっぱりそうだね?」

「さあね」

 

 アルマが軽やかに言った。

 ああ、もう。

 ブランカは、自分がとてつもなく大きな愛情に浸ってぬくぬくとしていることを今更ながらにに実感した。


「アルマの愛は、大きいね」

「ふ。なに言ってるの」

「なんだか嬉しくて、恥ずかしくて、それなのに、じーんとしたんだもん」

「え? 泣いてないよね?」

「泣いてないよ」


 慌てたようにこちらを見るアルマは、ブランカの目元を見てほっとする。


「大丈夫。私泣いたことないもの」

「ないの?」

「うん。アルマは?」

「……ない、ね」

「一緒だねえ」


 ふいに、さわさわと揺れる緑がいっそう強く揺れ、風がふっと二人の身体を包んだ。

 今までの景色とは変わっていない気がするが、木々の向こうに慣れ親しんだ開けた場所が見える。

 家に、畑に、泉と黄水晶。

 

「あっ」


 おお、帰ってきた帰ってきた、とブランカがその光景を眺めていると、アルマが頭をぶんぶんと振った。風のせいで、ふわふわな前髪が顔を覆っている。

 両手がふさがっているアルマに、ブランカはそっと手を伸ばした。


「アルマ、触っていい?」

「うん。ごめん、目に何か入ったみたい。見てくれる?」


 前髪をさっと流して、その琥珀色の宝石のような瞳をのぞき込むと、それが微かに笑った。

 次いで、ちゅっと唇が軽く重なる。


「ふふ。愛してるならいいんだよね?」

「……」

「ね?」

「……は、はい」


 真っ赤な顔で頷くブランカを満足げに見て、アルマはどこか大人びた笑みを浮かべた。笑う口元にどうしてか目が釘付けになる。


「アルマ」

「なに?」

「アルマさん」

「はーい」

「……あの」

「うん?」

「……ええと、その。あ、無理しないでいいからね。レオのこと。うん、それ。レオの話です」


 なにをどう言っていいのかわからなくてレオの話題を出せば、アルマは見透かしたように目を細めて「わかったよ」と子供に言い含めるように甘く言った。

 ブランカの顔は、未だ赤いままだ。


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