24「どこがですか」
「ねえ、ヴィート」
「なんでしょうか、アリス」
「あれはなに?」
ブランカは離れた場所にあたる二人を指さす。
二人は座り込んで、なにやら作業をしていた。その奥には、クルミの木。
四人が集まった瞬間に出てきた木が、ありがたいことにクルミの木だったのだ。
まだ木に実が付いていたところを、アルマがいくつかナイフを投げると、まるで雨のように実がザアッと落ちてきて、それを二人は収穫しているのだ。
近い。
頭が触れ合うほど近いまま、話し込んでいる。
「仮果?」
「そう。その緑色のがクルミの実。割れてて中身が見えるでしょ」
「ああ、これがあの殻か」
「そう。種子ね。ほら、さっさと中身を拾って。汚れる前に洗わなきゃ」
「はいはい」
アルマに指示されて、レオがてきぱきと動いている。
「あれですか?」
ヴィートもブランカも参加していない。
なぜか、二人がそろって収穫を始めたので、一歩引いて見守っているのだ。
割って入ってはいけない気がした。
「うん、あれ。変だよ」
「あの天使のことを知りたいと言っていまして」
「レオが?」
「そうです。あなたが全てを許す相手がどんなものか知りたいんだそうですよ」
「じゃあ、あれって」
「ええ。友好的な態度で懐に入るつもりではないですかね」
ヴィートが、クルミの収穫に真剣に取り組むレオを見ている。
ブランカも見て、それから首を傾げた。
「いや、普通に楽しそうじゃない?」
「ですね」
「レオ、単純ではないし頭が切れるけど、貴族相手は相当疲れてたもんね。本当はあまり好きじゃなかったんでしょ、そういうつき合い」
ヴィートがまじまじと見下ろしてくる。
青いレンズの奥の目は、奇妙なものでも見ているようだった。
「……よくわかってるんですね」
「? 何言ってるの。一応一緒に過ごしてきたんだよ。十一年」
「そういえばそうでしたね」
何故か今思い出したと言わんばかりに、ヴィートは何度も頷く。
「十一年。十一年ですか」
「そうだよ。十一年。でもまあ、ヴィートのことはよくわからないままだったけど」
「どこがですか」
鼻で笑われる。
ヴィートは腕を組んだ。
「で? レオのことをわかっているのなら、あのひねくれた態度に思うところはなかったんですか?」
「ないよ」
キッパリと言う。
がっかりする暇などなかった。それくらいには、レオはゆっくりと自然に離れていったのだ。
一緒に遊んだこともあった。
一緒にヴィートにまとわりついていたこともあった。
穏やかな時間を過ごしたことも、あった。
笑いかけてくれたことも。
「こっちを見なくなっただけなんだろうなって、そう思った。相談でもしてくれたら違ったんだろうけど、そうじゃないでしょ。視界に入れなくなったんだから、私もそうしただけだよ」
「どっかの令嬢を連れて来ていたのは、あなたに意識して欲しかったからなのでは?」
飄々と言うヴィートを、ブランカは胡散臭そうに見上げた。
「ヴィートだって知らなかったんじゃないの?」
「女遊びの理由なんて聞きませんよ。あの頃はいつも苛々していましたし、こっちは人脈づくりだと思っていたので。綺麗な遊びでしたしね」
「綺麗も汚いも私にはどうでもいいよ」
「嫌でしたか?」
「ううん」
ブランカは首を振る。
「ただ、変わっちゃったなあ、とは思った。いつも疲れてたし、私も疲れてたしね」
レオとアルマは、二人でクルミを収穫している。
アルマはブランカを見ないし、レオもヴィートを見ない。
集中しているのか、それとも二人だけで何かをさぐり合っているのかわからないが、端から見るとなんだか楽しそうにも見えた。
それが妙で、ブランカはくすりと笑う。
ヴィートが浅いため息を吐いた。
「――あなた、知らないでしょう。レオがどうしてあそこまであなたの魔法をお金に換えたのか」
「知って欲しいの?」
「……知るべきでは?」
「そうかな。レオが言いたいなら聞くけど」
「何故です。また、理由なんて関係ないと言いますか。我々がどういうつもりかなんてあなたには無意味だと?」
「うん」
どこか批判がましいヴィートに、あっさりと返す。
「知ってたら何か変わったって、そう思う?」
「……」
「レオは言わなかったし、ヴィートも言わなかったし、私は聞かなかった。そういうことでしょ。花を咲かせて、お金に換えて、花を咲かせて。毎日がそれ。私たちはそれ以上にお互いを見なかったもの」
「感覚が麻痺していたのは否めません」
「それは私もだよ、大丈夫大丈夫」
ブランカが明るく言えば、隣は少しだけ気まずそうに黙った。
「まあ、でもあの時は突然、ダメになっちゃったんだ」
「……限界だったと?」
「たぶん。過ぎたことを考えても仕方ないよ、ヴィート。レオにもヴィートにも恩があった。働かされたけど、私は安全だったし、それ以上に何かを求めるつもりもなかったし、まあ、それだけでよかったんだ。あの時まではね。もう今更、レオとヴィートが何を思ってしていたかなんて、私には関係ないよ」
もし、あの夜に「ふざけんな」と叫ぶ前に何かあったら、違ったけど。
ブランカは呟く。
あの時は猛烈に嫌になった。
やってられるか、と物を投げて八つ当たりをして、「これはマズい」と思って逃げたのだ。
「あんなに感情が爆発したのは初めてだったなあ。そうしたら、なんか色々と一周回って、もういいやってなっちゃった」
「……すみません」
「どうして謝るの? おかげで私、今最高に幸せだよ」
「幸せ、ですか?」
「すごくね!」
ブランカは大きく頷く。
ヴィートと目が合えば、珍しくその表情は穏やかに微笑んだのだった。




