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23「僕を?」


「何故わざわざこんなことをしているんだ?」

「水を極力汚さぬようにだそうです」

「ヴィート、清浄の魔法を教えてやらないのか」

「そう言ったんですけどね、必要ないと言われました。ここではここにあった暮らしをする、と」


 皿洗いを後ろで見学をしているレオは物珍しそうに言い、ヴィートが説明をする。

 いいんだろうか、とブランカは思ったが放っておいた。


「ヴィート」

「はい」

「お前何で知ってるんだ」

「なんとなくです」


 しれっと答えるヴィートは、それ以上答えない。

 こういうときは何を聞いても言っても無駄だと知っているので、レオはため息を吐いて見逃す。


 少ない洗い物を終えて手を拭いていると、ヴィートがにゅっと長い腕を出してきた。


「バケツ、持って行きますね。ほら、レオ」

「は? 俺も?」

「ええ。ここはアリスと天使の家ですから。勝手に入ったのなら、できることは進んでするべきでは?」

「……わかったよ」


 ヴィートはレオをつれて、家から出ていった。

 今から二人で、あの四角い水捨て場に廃水を流すためにしゃがみながら、その意味をレオに教えるのだろう。想像したら、なんだかおかしい光景だ。


「ねえ」


 アルマに、つん、とつつかれる。


「ん?」

「あの二人は何しにきたの」

「私もよくわかんないから、放っておこう」


 ブランカはそう言うと、アルマの手を取った。


「そんなことより、今日は森の散歩でしょ? 行かないの?」

「……僕の女神さまは、僕の扱いがうまいなあ」

「それ喜んでいいの?」

「もちろん。君だけだよ」


 さらっと握り返して微笑むアルマに、ブランカの顔がふにゃりとゆるむ。


「アルマこそ、私を喜ばせるのがうまいねえ」

「それはよかった」


 二人は手をつないで、ぶらりと家を出た。

 家の裏で水を捨てているであろうレオとヴィートはおいて、散歩へと繰り出す。








 足下には柔らかな草。

 生き生きとした美しい緑色のそれが、ブランカの(くるぶし)をくすぐる。

 握られた手が温かい。

 アルマは決してブランカを引っ張ったりなどしない。

 緩くつないで、それでも決して離さないようにして、時折微笑む。


 草原の中に気まぐれに木がにょきにょきと生えているような無秩序さで、森はどこまでも続いていた。

 右に、左に、気まぐれに足を向けて適当な散歩を続けていると、生き物のいない静まった森が、息を潜めてこちらを見守っているような気がする。



「ふふ、可愛いなあ」



 ブランカがそう呟けば、アルマはちらりと見て笑った。


「この森が?」

「うん。見てるよね」

「見てるって言うか……」

「見守ってるでしょ」

「よく言えばね。すごく楽しそう」

「そうなの!」


 わかってもらえたことに喜ぶと、アルマはまるで子供を見るように見つめる。

 その目は穏やかで、ブランカの心を軽くした。

 木々を避けながら歩いて、柔らかな草を踏んで、どこまでも歩いていけそうな気持ちになる。


「なんとなくわかるよ。それに、ここはきっと君が望まないことはしない」

「そうかなあ」


 ブランカは数歩先に突然出てきた大木に驚くことなく、右へふらりと歩く。


「私は、ここがアルマのことを愛してるんじゃないかなあって思うよ」

 

 この森から感じるそこはかとない思いやりは、アルマにも向けられているような気がする。そう伝えると、アルマは足を止めた。きょとんとしている。


「僕を?」

「うん、アルマを」

「どうして?」

「さあ?」


 ブランカは同じように首を傾げる。

 アルマの戸惑うような目に向けて、微笑んだ。


「きっと愛することに理由なんてないよ。ここはアルマを愛してる。それだけじゃダメ?」

「……」

「アルマ?」

「……ううん、だめじゃない。僕は、理由がなくても愛されるの?」


 ブランカは大きく頷いた。


「うん。私だって、ちゃんと理由があるわけじゃないよ。あの時、アルマが私を助けてくれたからこうして一緒にいるようになったけど、でも、アルマじゃなかったら、多分こんなことにはなってないって思うもの」


 そう真っ直ぐに伝えると、アルマの顔がじわじわと(ほころ)んで、目がきらきらと朝日のように輝いた。そして「いやだなあ」と、言葉とは裏腹な喜びに満ちた声で呟く。


「君の名前を呼べないのはいやだな。さみしい」

「ああ」


 なるほど、とブランカは頷いて、アルマの手をそっと離した。

 そうして、ぎゅうっと正面から抱きしめる。

 アルマの肩に頬を寄せて「これならどう?」と囁いた。


「これなら、私にしか聞こえないよ」

「……ふ」

「アルマ? 笑うとくすぐったい」

「ふ、ふふ」


 アルマのふわふわの髪が笑うたびに動く。

 くすぐったくて身を(よじ)れば、ぎゅっとブランカの背中に手が回された。


「だめ。離れないで」


 耳元で聞こえたそれも、くすぐったい。


「アルマさん? わざとしてない?」

「してないよ」

「絶対嘘だー」

「僕の嘘は嫌いじゃなかったんじゃないの」

「嫌いとは言っていません」

「ブランカ」


 抱きしめる力が、少しだけ強くなる。


「ブランカ」

「はあい」

「ブランカも、僕のことを愛してくれてるの?」

「もちろん」


 即答したブランカに、またアルマが笑う。

 うーん、と少しだけ呟いて、ゆっくりと身体を離した。


「? もういいの?」

「うん。ねえ」


 両腕をゆるく掴まれたまま、アルマがゆっくりと近づいてきた。

 くいっと引っ張られて、少しだけ屈む。

 その瞬間、アルマの美しすぎる顔が目の前いっぱいに広がり、そのふっくらした形のいい唇がブランカの唇に重なった。


「――愛してるなら、キスくらいいいよね?」

「……」

「ダメなの?」

「……いい、の、かな?」


 ブランカはびっくりしながらも、アルマの笑みに負けた。


 ふと、アルマが視線を横にスッと移動させる。

 それを追いかけると、レオがいた。

 しかめっ面のまま、腕を組んでいる。



「俺は気にしない」



 またそんなことを言っているレオの声には、妙に力が入っていた。

 

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