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21「そうって?」


「え?」


 アルマがぴたりと止まる。

 さっきまでは嬉しそうにブランカの後頭部にすり寄っていたのに、突然動きが不自然なほど凍り付いた。

 撫でていたおなかに回されている手が、ほんの少し硬くなる。


「? だから、ヴィートと知り合いかなって思って」

「――うん、だってあの人、前に一人できたでしょ」

「そうじゃなくて」

「知らない」


 珍しく言葉を遮る形でアルマは言い切った。

 その声は、薄暗い部屋の中に鋭く響く。

 ブランカは、なるほど、と頷いた。

 

「わかった。知らなかったんだね」

「……それでいいの?」


 素直に頷けば、今度は不思議そうに聞かれる。

 思わず笑うと、アルマは不服なのかブランカの手をきつく握り返してきた。


「僕、変だった?」

「ううん、全然」


 けれど、何というのだろうか。

 二人がお互いを見る視線がよく似ていた。知っているもの同士が知らないふりをしているような、奇妙さがあったような気がしたのだ。

 アルマが黙っているので、ブランカは「うーん」とドアノブにかけられた赤いブーケを見る。


「ヴィートがねー」

「……うん」

「なんか、アルマを初めて見るような目で見てて、それが変だなあって」


 ヴィートの目は、知っている者の知らぬ一面を見た時のようなそれだった。


 ヴィートは魔法使いにしてはあちこちに顔が利く。

 まだ幼かったレオの大人顔負けの商才をうまく広げたのは、ひとえにヴィートの底知れなさの賜らしい。

 あの人はよくわからない兄だ。

 いつもどこかで何かを企んでいるような人だった。

 けれど、それが不思議と安心できる。

 利己的な動きはしないので、ブランカは言葉でも人間性でもなく、そのスタンスを信頼していた。

 交友関係の広さも、何か理由があったのだろう、と。


「まあ、だから、どこかで会ったことあるのかなって思ったんだ」

「そっか」


 ふう、と吐かれたため息がくすぐったい。

 ブランカが笑うと、アルマが首元にすり寄ってきた。


「ブランカ」

「なあに」

「嘘つきはきらい?」

「アルマの嘘なら嫌じゃないよ」

「……うん」

 

 そう呟いて、アルマは再び黙ってしまった。

 眠ってしまったのだろうか。

 ブランカは動かなくなった背中にくっつく天使の手を、あやすように撫でる。

 別に言わなくてもいいよ、と伝わるように。


 

 ここに一人で来たとき、ヴィートはブランカに説明するために来たと言った。

 みんなどうしてか説明しようとするが、ブランカには必要ない。


 孤児院に預けられたことも、

 売られそうになったらしいことも、

 貴族の屋敷に飼われていたことも、

 こうして家出をしたことも、ただ流れただけなのだ。


 上流から下流へ。

 みんながあるべきところへ向かっているだけで、理由とか、思惑とか、そういうものは取るに足らない些細なことであることをブランカは知っていた。

 川に水が流れるように、空に雲が流れるように、人もまた大きな見えない流れに流されていく。


 けれど、流され方は自分で決められる。

 

 無慈悲に花を咲かせて奪っていた頃に感じなかった痛みを抱えて、今の穏やかな流れの中で、アルマの体温を感じながらゆっくりと睡魔に身を任せる。

 ブランカは祈るように願った。

 この幸せの先に、ぶつかるものがないように、と。

 

 



   ○




「おはよ」


 頬をくすぐられて、ブランカは目を覚ました。


「あ、よかった。今日は目覚めが良さそうだね」


 なでなで、と頬から額に手のひらが向かう。


「……おはよう、アルマ」

「うん」


 にこっと笑う顔には陰はなく、昨夜の「嘘」とやらについてはもう触れずにいて大丈夫な様子だった。

 ブランカも手を伸ばして、アルマの頬に触れる。

 さらっとした白い頬。

 ああ、アルマも生きてるんだなあ、と当たり前のことを思う。

 アルマが目を細めて幸せそうに微笑むので、ブランカはそれだけでいい、と思えた。

 ここにいる理由など、それだけでいい。



 目覚めのけだるい幸福の中、突然ガチャっと寝室のドアが開いた。


 同時に、ブランカの上を銀色の細いものが走り、カンッと音を立てて何かに刺さる。

 目で追った先には、やはりレオとヴィートが立っていた。

 アルマが放ったナイフは、ヴィートの翳した手の平に刺さっている。

 いつもは魔法使いっぽい格好をしているのに、今日はずいぶん軽装だ。


「大丈夫?」


 ブランカが起きあがりながら聞けば、その手を忌々しそうに見たヴィートが「ええ、まあ」と左手でナイフを掴んだ。


「刺さってはいないので」


 抜く瞬間に、バリンと音がして、足下にはらはらと何かのかけらが散り、消えた。

 どうやらアルマの攻撃に備えていたらしい。


「お返ししますね、天使」


 ふわふわと漂いながら、ナイフが近づいてくる。

 ブランカに近づく前に、アルマも起きあがってぐっと手を伸ばして受け取った。


「どうも、魔法使いヴィート。前に持って帰ったやつも返してくれると嬉しいんだけど?」

「持ってきていますよ」

「で、何の用事?」


 ブランカが聞く。

 黙って立っていたレオが、ふん、と笑った。


「また来るって言っただろ」

「来なくていいって言ったよね」

「お前からは聞いてない」


 堂々とそんなことを言う。

 ふと、レオの格好に気づいた。レオもワイシャツ姿の軽装だ。屋敷にいるときもきっちり着込んでいるのに珍しい。

 それに、懐かしい。

 整えていないさらさらの黒髪も、表情までも、なんだか昔のようにさっぱりしていた。



「アリス」



 呼び方も、昔と同じだ。

 

「おい。アリス?」

「あ、うん。なに?」

「お前」


 じろ、と睨まれた。

 しかしその顔は目元が少しだけ赤い。


「その、いつも()()なのか」

「そうって?」

「だから、その」

「――僕らが一緒に寝ているかって?」


 今まで黙っていたアルマが笑みを含んだ声で聞き返す。


「いつも一緒だよ。ねえ?」


 ぐっと抱き寄せられて、ブランカは「そうだね」と頷いた。

 なぜかレオの顔がしかめっ面となる。


「そういう関係なのか」

「?」

「寝てるのかってことを聞いてるんじゃないかな?」


 アルマが隣でご機嫌に囁いたので、ブランカはもう一度、今度は大きく頷いたのだった。

 


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