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2「家って、これ?」



「アリスって、誰?」


 アルマが聞いてきたので、ブランカはきょろきょろと忙しなく動かしていた視線を止める。パキッと乾いた枝が折れる音がした。

 後方を気にするようにやや斜め後ろをついてくるアルマが、じっとブランカを見ている。


「アリス? ああ、私の名前。適当につけた名前だよ」

「……それって」

「うん。見つかったときに咄嗟に嘘ついたの」



 魔女の名前は簡単に口にしてはいけない。

 それは生まれたとき、幸運であったときに教えられる。

 ブランカは幸運だった。父も母も知らないが、彼らは間違いなく魔法を使う人間だったはずだ。生まれた自分を魔法に理解のある孤児院へと連れて行ってくれた。捨てられたと思ったことはない。そこには一人もブランカと同じ子供は居なかったが、みんなブランカを「ねえ」やら「なあ」と名前を呼ばずに居てくれた。


 魔女の名前は、相手に縛る意志があれば簡単に縛られてしまうという。

 庇護を求めるその体質が、相手と主従関係を否応なしに構築するのだ。

 魔法使いも魔女も、なぜかシーラ国にしか生まれない。

 拐われずに生きていくためには、強い力が必要だった。


「で、孤児院に慈善活動とかで来ていた貴族が、運悪く魔法使いを連れててさ見つかっちゃったの」

「同族は見抜けるって本当なんだ」

「うんうん。まあ、悪い人じゃなかったから、私が咄嗟にアリスって名乗ったのを見逃してくれたんだけどね。ふ。レオの奴、私の名前が違うのに得意げにいつも呼ぶんだから」

「殺してくれば良かったのに」


 ぽつりとアルマが言う。

 俯いたせいで、金の髪が顔を隠す。その雰囲気は異様だった。

 けれどブランカは気づかない。


「ふはは、面白いこと言うね」

「……おもしろい?」

「うん。でも、殺しちゃったらダメなんだ。あの家は今国の要の事業をしてるからね。たくさんの人が関わってるし、その人たちに対する責任? てやつ、私とれないもの。そもそもこれ、突発的な家出だったから」

「帰りたいの?」


 アルマがきゅっと袖を掴んだ。

 強い力だし、ずいぶん不穏な目をしている。


「僕と一緒に暮らすんでしょ。帰ったりしないよね?」

「えー。帰らないよ。帰りたくない。一度捕まったら逃げられないって知ってたからおとなしくご飯を食べさせてもらってたんだもん。あの人たち、魔女を絶対守るでしょ。あの屋敷の中にいる限りは安全だしね。でも、私の家出をあの人たちは死んだって思ってたの。ラッキーじゃない?」


 ブランカは袖を掴むアルマの手をとって、くるくると回った。


「ありがとうヴィート! いけ好かないレオの親友の魔法使い!」


 アルマが目を点にする。

 天使のような顔はなんともかわいい。

 しかし、アルマが驚いているのは、足下がふわふわと浮き上がっていたからだった。


「……ちょっと、ブランカ」

「あー、家出の瞬間に見つかったから、念のために花を咲かす魔法を教えておいて良かったー!」


 ブランカの高揚が、二人を徐々に地面から離していく。

 アルマは短くため息をつくと、驚きを引っ込めた。


「……それって、成り代わられたんじゃない。そいつがブランカを死んだことにしたんでしょ」

「野心強めだからそうだろうね。でも、いいの。私は幸せよ。アルマのように可愛くて優しい天使と出会えたんだもの」

「ふうん」

「あ! ごめん。浮いてた」

「いいよ」


 アルマが微笑むと、ブランカは大きな笑顔を咲かせた。


 







「家って、これ?」


 空中でしばらく回った後、着地したブランカは張り切って理想の家を探して森を歩いた。そうして見つけた家をアルマに見せると、何とも言えない反応が返ってくる。


 ブランカが見せているのは、葉が生き生きと茂っていて、枝がよく伸びている木だ。

 生命力に溢れたその大木を、ブランカはトントンと叩いた。

 反応もいい。


「うん、これ」

「……そう」

「安心してアルマ。見ててね」


 靴を脱いだブランカは、手を両手に着けた。

 間違って咲かさないように細心の注意を払う。


 ブランカのワンピースが揺れる。アルマに切られた髪も浮かび、ブランカの身体を金色の光の粒が包んだ。

 集中。

 もっと、もう少しだけ。


 ふと、目の前にふよふよと自分の髪だったものが集まってきた。見れば、アルマのマントの中から出てきている。いつの間にか切った髪をしまっていたらしい。


 髪は針のように鋭くなり、次々と木に刺さる。

 そこから、うわんと木が捻れた。ぐるりと渦を巻いた一瞬を逃さないように、ブランカはアルマの手を引く。


「入って!」


 とすん、と入った先には、ふかふかの草のクッションと、中心に泉があった。


「おお。悪くないね」

「……なにここ」

「木の中だよ。魔力を吸う木は、中に自分の森を持つんだ。魔法を使える人は、まあ、相性もあるけど、頑張ればお邪魔できるの。ここは私たちを許してくれたみたいだね。ほら」


 泉の真ん中で何かが盛り上がってくる。

 現れたのは、水晶の群だった。黄色い水晶がざくざくと生える。


 ブランカは安心した。

 聞いたとおりだった。


 その昔、ヴィートが教えてくれたのだ。

 ブランカの育ての兄のような人だった。まあ、みんなが幼子の面倒を嫌がって「魔女は魔法使いに」と適当に押しつけたことは想像がつく。

 彼はよく、森には特殊な木があって、その木の中には森があると教えてくれていた。身を隠せる場所で、快適な場所だと。水晶が生えてくれば、歓迎の印だと言っていた。


 草の上に二人して座って、美しい光景をぼうっと眺める。

 どこまでも続く森は空気が澄んでいて、泉の黄水晶もきらきらと輝いていたが、一際強く輝いた後、突然、泉の脇に一本の木が現れた。

 果実をたっぷりとつけている木だ。


「歓迎されてるのかな」

「待って、ブランカ」


 立とうとしたところをさっと止められる。

 泉の脇の地面に、なにやら三角の石が出てきたのだ。


 にょき、にょき、と。


 ゆっくりゆっくりでてくるそれは、屋根があり、窓があり、玄関がある。

 全て生えてきたのは、二階建てのこじんまりした家だった。煉瓦づくりの、煙突もあるものだ。


「か、歓迎されてるのかな?」

「そうだといいけど。僕、先に見てくるよ」


 低い姿勢でいたアルマが立ち上がる。


「待って。一緒に行く」

「僕なら大丈夫。何かいたらちゃんと殺すから。ブランカには見せられないし、ここで待ってて」



 爽やかに言って、アルマはすたすたと歩いて行った。



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