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19「待ってください」



「……、す、すき」


 ブランカが繰り返す。

 どこが?

 と、言うのがブランカの正直な感想だった。


 いつも見せつけるように令嬢と一緒にいて花をプレゼントし、毎朝「今日の予定な」とだけ言って花を咲かせるリストを手渡してくるだけのレオが、どこがブランカを好いていたと言えるのか全くわからない。

 しかし、その真っ赤な顔はどう見ても嘘を言っている様子ではなかった。

 むしろ屈辱的だとでも言わんばかりに歯を食いしばっている。


「えーと、本当なの?」

「……」

「結婚したいの? 私と?」

「……ああ」

「契約のため?」

「じゃない。俺がお前を妻に欲しい」


 真っ赤なまま睨むように言うレオは、ブランカの知っている「女好きの傲慢で意地の悪いレオ」ではなかった。

 なんというか、不器用に真っ直ぐ愛を伝えようとしている青年だ。


「そ、そうなんだ……そっかあ」

「アリス」 

「あ、はい」

「俺を好きでいてくれたから尽くしてくれてたんじゃないのか?」

「え? それは、生きていくためだよ。尽くしてたっていうか、仕事だし」


 あっさりとそう答えれば、レオはダメージを受けたように目を細めた。

 ブランカは思わず首を傾げる。


「あのー、レオは勝手に婚約を決められてイライラしてたんじゃないの?」

「勝手に人生を決められるのは腹が立ったんだよ」

「ああ、わかるわかる」

「……」

「ごめん、私一度もレオに好かれてると思ったことないんだけど」

「小さい頃からいつも一緒だったろ」

「あの頃はね。レオは私をちゃんと見てたもの。でも、そうじゃなくなったでしょ」

「それは」


 反論しかけたが、レオは黙ってしまった。

 ブランカにはわからないが、レオも色々あったのだろう。

 突然五つも年下の魔女と結婚させられることになって、そりゃ遊びたくなるかもしれない。拾ったことを後悔しただろうし、反抗したくなったのだろう。


 思い起こせば、女の子を必ずブランカの前につれてきた。花を咲かせてプレゼントすると、お茶を飲んできちんと送り届ける。夜はパーティーに出ていたような気がするが、疲れた顔で仕事だと漏らしていたこともあった。

 今となってはどうでもいいことだが。


 ブランカは横からしがみつくアルマの肩をとんとんと叩きながら、気まずそうに俯くレオを見た。

 な、なんか可愛い。

 

 と、しがみつくアルマの力がぐっと強くなった。


「ぐえ」

「どうしたの?」


 上目遣いで見つめてくるアルマは、目が痛くなるほどの輝きの笑みをブランカにぶつけた。あまりに美しい完璧な笑みだ。囁くように「ねえ」と呼びかけられる。

 ブランカはこくりと頷いた。


「は、はい」

「僕、かわいい?」

「え、うん。可愛いね」

「僕だけが、かわいい?」

「アルマだけが可愛いです」


 ブランカが何度も頷いて力強く言えば、アルマは満足そうに笑って額を肩にすり寄せてきた。


 よし、早くレオを帰さなければ。

 なぜか強くそう思う。レオを帰さなければ、なんかマズい気がする、と。


「レオ」

 

 こちらを、というか、アルマを胡散臭いものでも見るような目で睨んでいたレオに呼びかける。


「レオ、状況はもう変えられないよ。流れちゃったから」

「……は? 流れる?」

「うん。もうやり直せるとこからは遠く離れたところまで流されてしまったから、どうにもならないよ。現実を見なよ。私と結婚って――家を捨てるつもりなの? 死んだ魔女を生き返らせたって言うのは無理でしょ? 私はもう死んだの。色んなものが吹っ飛んで、死んだんだよ」

「……、ここに通う」

「え」

「結婚が無理なら、ここに通う」

「通ってどうするの」

「お前に好きになってもらう」

「……う、うん?」

「何だよ」

「家は? 跡継ぎはレオだけだよ、忘れたの?」

「知らねえよ、もう」


 投げやりに、しかしどこか吹っ切れたようにレオが言い放つ。

 清々しそうに、あの意地の悪い表情が綺麗さっぱり消えて、爽やかにすら見えた。びっくりするほど真っ直ぐに、射抜くようにブランカを見る。

 ふと、ブランカを掴んでいた手がゆるむ。



「待ってください」



 ヴィートの声が、ブランカから離れようとしたアルマを止めた。

 天使の金色の髪がゆらりと不穏に揺れる。

 アルマの暴走をいち早く察知したらしいヴィートは、手をかざした臨戦態勢のまま止まった。


「レオ。アリスの言う通り、今はどうにもできません。考えなくともわかりますよね?」


 レオがぐっと黙る。

 その様子を横目で見て、ヴィートは言い含めるようにゆったりと言った。


「それから――契約を勝手に変更したこと、許してなどいませんよ。アリスだけでなく、他の魔女や魔法使いたちの扱いが今以上に酷くなることを、この家から許してはいけません。誰よりもあなたが許してはいけない。いいですね、レオ。こうなったら巻き込みます。こんなことなら、最初から協力してもらったほうが早かった」

「……ヴィート? 何の話だ?」

「怒らないでください、天使。あなたの女神の言うとおり、無理なんですから」


 尋ねてくるレオを無視して、ヴィートはアルマに意識を向ける。

 青いレンズの向こうは、見たこともないほど静かに燃えていた。

 

「ただ、ようやく我が主人が素直になれたので、待っていただけませんか?」

「待つ理由が?」

「あなたの欲しい()()()()()が手にはいるかもしれませんよ?」


 ヒュッと、何かがヴィートの耳のすぐそばを駆け抜けていった。

 背後の木に、銀色の針のような細いナイフが刺さっている。


「魔法使いヴィート」


 アルマがぎゅっと横からブランカに抱きつく。


「お前、遅いね」


 ふふ、と笑うアルマの顔を、レオとヴィートが獣でも見るように見ていた。

 ブランカは小さなため息をついて、アルマの頭を撫でながら、反対の手をおもむろにナイフの刺さった木に向かって(かざ)す。



「――戻って」



 ブンッと鈍い音とともに、今度はヴィートとレオの間を通って、ナイフが勢いよくブランカが翳した手に吸いつくように戻った。

 一瞬息が詰まり、次には足下から「分けて」もらう。



 ブランカが花を咲かせる以外の魔法を初めて見た二人は、唖然と突っ立っていた。



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