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17「は?」



「――知ってたの?」


 寒い。

 なんだか寒い気がするのはどうしてだろうか。

 風もないけれど、髪を押さえていたブランカは隣を見るのを躊躇う。

 が、きちんと否定しなければ、と首を勢いよく横に振った。


「し、知らなかった、です!」

「知りませんでした」


 なぜかヴィートも否定する。

 そろそろとアルマを見てみれば、その冷たい視線は目の前の二人に向けられていた。

 横顔は何かの絵画のように整っていて、薄く笑んだ口元も、微笑んだように見えて全く笑っていない目元も、ギラリと光る冷たい刃のような琥珀色の瞳も、息をのむほど美しい。


「……わあ、綺麗ねえ」

「アリス、あなたは黙っていなさい」


 緊張感がない、とヴィートに叱られる。

 ブランカは口を閉じた。

 けれど、その顔は美しい者を愛でる慈しみで溢れ、それが全てアルマだけに向けられている。


「知りませんでした」


 仕切り直すようにヴィートが言う。

 ごほん、とわざとらしく咳払いまでした。


「これは雇用契約書みたいなものですが、最後の一文など聞いたことがありません。一般的ではないし、こんな文が入っていることも知りませんでした」

「魔法使いヴィート。その命で誓える?」

「ええ、まあ」

「ふうん。そっちは? 知ってたの?」


 レオがじっとアルマを睨み、それから「だったらなんだよ」と横柄にも言い放ったので、ブランカは思わずびっくりして「はあ?!」と声を上げた。


「なんでよ? 聞いたことないよ?!」

「付け足されたんだよ。お前が十二の頃に」

「……どういう意味ですか?」


 ぴりっとした空気をまとったのはヴィートだ。

 レオは腕を組んでテーブルの一点を見つめる。


「アリスが十二の頃に、決まった。俺たちを婚約者とするってことを」

「聞いていません」

「魔法使いであるお前に言えるわけねえだろ」

「あなたの友であったと思っていたのはこちらだけだったようですね」

「……そういうわけじゃ」

「どこがですか?」

「言えなかったんだよ!」

「ええ、言えないでしょうね!」


 なんか痴話喧嘩みたいなものが始まった。

 先ほどまで「なんて勝手な!」と憤慨していたはずのブランカの怒りがすっと冷めていく。ついでに、アルマを見てみれば、なぜか満足そうにしていたので、取りあえずブランカは再び黙っておいた。


「魔法使いとの契約を、血判を押した後に書き換えるなど! それも、なんの承諾もなしにこんな重要なことを付け加えて……これ以上我々を物扱いをするなど許されませんよ!」

「お前を物扱いしたことなんかねえよ!」

「私はずっと物扱いだったけどねー」


 黙っていられずにブランカがぼそっと呟けば、今度は二人が黙った。


「あ、ごめん。いいよ、続けて?」

「……お前だって、物扱いしたことは」

「え? なあに?」

「すまなかった」


 レオが謝罪を口にする。


「お前との婚約は勝手に決まったから、ずっと苛ついてた。お前は知らないでのんきでいるし、余計腹が立って」

「ああ、それで女遊びしてたんですか」

「黙れヴィート」


 勝手に決まった婚約。

 つまり、断れないところから圧力がかかってそういう運びになった、ということらしい。思い起こせば、ブランカが十二の頃には確かに花売りが軌道にしっかり乗って、王家にも顔が利きだした頃だ。同時に、レオの女遊びが始まった頃でもある。

 なるほど、彼は不本意で絶対に断れない婚約を勝手に結ばれて、やさぐれていたのかもしれない。


「じゃあ、よかったじゃない」


 ブランカはこの話の終着点が見えたこと喜ぶ。

 にこっと笑ってレオを見れば「何がだよ」と不審気味に、けれどじっと見つめ返された。そういえば目を見て話すのはずいぶん久し振りだ。昔はよくお互いの顔をしっかり見て話していた。たぶん、婚約とやらが決まる前まで。


 ふいに手をぎゅっと握られた。

 アルマだ。

 ブランカはその手を握り返してそのまま話を続ける。

 なんというか、とても心強い。

 

「だから、私が死んでよかったってこと」

「は?」

「でしょ? ヴィート」

「……そうですね。対外的には」

「ヴィートお前まで」

「だってそうなんだもん。レオってば、さっきから大丈夫?」

「どういう意味だよ」

「え、そのままの意味だよ。頭大丈夫? ってこと」

「……やめなさい、アリス」

「私が死んだから、契約書の改竄っていう相当面倒なことが公になることがないんだよ。さらに花を咲かせるのはヴィートができるし、レオは私と結婚なんてしなくていい。ほら、今まで通り。私が死んで全て丸く収まったじゃない」

「そうじゃない」


 レオが何かをかみ殺したようにギリッとブランカを見た。


「お前を死なせたくない」

「なんで?」

「俺の妻はアリスだけだからだ」

「は?」


 この「は?」はもちろんブランカではなく、隣にいるアルマからだ。

 アルマが椅子を倒す勢いで立ち上がったその瞬間、ヴィートがテーブルに手をかざした。

 同時に、ひゅんっと何か鋭い物がアルマの手から放たれる。

 重そうなテーブルが盾になるように浮き、主にレオが座っていた場所に細いナイフがいくつも刺さっていた。


「……まだナイフは持っていますか? 天使」

「さあ、それを退けて確かめてみたら? 魔法使いヴィート」


 パッとテーブルが消える。同時に、椅子も消えた。

 ブランカがしりもちをつく前に、アルマがさっと片手で腕を支えて立たせる。

 初めて会ったときから思っていたが、アルマはやっぱりきっとただ者ではないのだ。頼りがいがあって、なのに可愛いなんて。



「アルマは本当に素敵な天使だねえ」

「あなた少し黙っていてください」



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