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16「なにこれ?」



 パンをもぐもぐと食べ終えたところで、レオから睨まれる。

 いや、ずっと睨まれていたのだが、ブランカがパンを食べている間、なぜか誰も一言も発することがなかったのだ。


「アリス」

「ん」

「……死んでるなら食べなくていいよな?」

「死んでもなお食べたいの」

「生きてるだろ」

「もう死んだんだよ」

「いつまでそれを言い続ける気だ」

「事実だから変わりようがないよね?」

「ヴィート。お前、こいつを逃がしたな?」


 レオが唐突にヴィートに水を向ける。

 ヴィートの無表情な反応からして、今まで追求されてこなかったのだろう。打ち合わせをさせまいと、こうして顔を合わせた途端にぶっ込んできてるのだ。

 ブランカは仕方なくレオをじっと見た。

 なぜかぎくりとされるが、気にしない。


「レオ。私は死んだの」

「アリス、いい加減に」

「いや。そっちこそいい加減にしなよ。私が生きてるってことになったら、困るのそっちじゃないの?」


 ブランカの言葉に、形のいい目が見開かれる。

 

「だってそうだよね? 魔女が死んだんじゃなくて、家出だったってわかったら、魔女に逃げられた家だってずっと言われ続けるんだよ」


 貴族は魔女を飼うが、それは殆どがステータスのためだ。

 レオ以外に、魔法をこれほどまでに金に換えている貴族はいない。貴族に飼われている者の使う魔法は個人的なことに使われる方が多いし、いろんな場所でお披露目という名の見せ物にされると聞く。魔女や魔法使いは、貴族の横の、ひいては上への繋がりを作るための道具であると、誰よりもヴィートから教えられた。

 魔女に逃げられた家は嘲笑を買うことになる。

 それがわからないレオではないはずだ。


「……俺は」

「レオ?」

「……気にしなかった」

「へ?」

「そんなこと気にしてなかった。お前が無事なら、と」

「気にしたほうがいいと思うよ」


 頭は大丈夫か、とブランカがマイルドに言えば、ヴィートはなぜか「はあー」とため息を吐く。何かやらかしたらしいが、レオに気を使うことはもうしたくないので気にしない。話をサクサク進めて、早く帰ってもらいたいくらいだった。


「えーと、そもそもなんでここへ?」

「……反応があった」

「反応?」

「俺とお前で、契約をしただろう」

「けいやく?」

「お前をうちに引き取った後、書類に血判を押したろ」

「……そんなことあったっけ」

「あったんだよ」


 イラッと返される。

 覚えていないが、あったと言うならあったんだろう。

 ブランカは「わかっていないときの頷き」で返事をする。


「お前が死んだとヴィートから聞かされて――しばらくしてその書類が出てきたから破棄しようとしたら、できなかった」


 レオ曰く。

 その紙はふわふわと宙に浮いて、それを追いかけると死の森へ向かったという。

 川を渡り、森に入って、ヴィートと話をしたそうだ。

 アリス、と呼んだ、と。

 レオと呼ぶ声も聞こえた、と。

 

「そうしたら、ここに来ていたんだよ」

「呼んだの?」


 隣から聞かれ、ブランカは首を傾げた。


「呼んだ覚えはないけどね?」

「本当?」


 アルマの目がじっと探るようにブランカを刺す。


「アルマに嘘はつかないよ」

「……俺にはついてるけどな。生きてるくせに」

「僕には嘘、つかない?」

「うん、絶対につかない」

「そっかあ、僕()()には、嘘つかないんだね?」

「そうだよー」

「……」


 合間合間でレオが何か言っていた気がするが、アルマは綺麗にスルーした。

 にこにこと笑っているので、それでいいや、とブランカも笑い返す。

 

「あ。呼んではないけど、思い出してたかもしれない」


 そうだ。あの時、確かレオの家にいたときのことを考えていた。


「ここから出たくないって、考えてたんだ。また魔女として生きて、誰かに消費される生活なんてイヤだって、屋敷にいたときのことを思い出してた。ここにずっといて、アルマと一緒にいたいなって」

「!」


 レオがバツが悪そうに視線を逸らす。

 嫌味を言うつもりなどブランカにはなかったが、だからこそ刺さったのだろう。

 ヴィートは眼鏡をぐっと押し上げ、アルマはブランカに微笑む。


「……アリス、いいですか?」


 ヴィートがレオの肩にぽんと手をおく。

 選手交代だ。


「はい。なあに」

「あなたはこれからもここで生きていくつもりなんですか?」

「そうだよ。死んでるから、現世には出ていけないでしょ」

「ええ、まあ、そうなりますね」

「そっちの名誉のためにも」

「ありがとうございます。で、どこの貴族にも世話になる気はないですよね?」

「ないよ。ヴィートやレオと敵対するつもりはないし、恨んでもないって言ったでしょ。アルマと生きていくだけでいいもの」

「わかりました」

「これからはお互い干渉しないで生きていこう。レオ、どうか幸せにね」


 ブランカがは早々と会話を切り上げて「ではこのへんで」と最後の挨拶に入ろうとしたが、それを止めたのはレオだった。

 がたん、と椅子から立ち上がる。

 そのまま、何かをテーブルに叩きつけた。


 紙だ。

 血判がついている。


「なにこれ?」

「読め」


 ほら、とくるりと紙をこちらに向けられた。


「……この契約を持って、レオとアリスは主従の契約を交わしたものとする……なになに、レオはアリスに十分な生活水準を維持させ、彼女を理不尽に縛らぬこと……魔女の庇護をし、彼女の主体性を尊重すること……ふうん?」


 じろ、と見上げれば、レオは「先を読め」と居心地悪そうに促した。

 文字を目で追ったブランカはビシリと固まる。

 続きはアルマが読んだ。



「――そして、二人はこれより婚約者となること」



 ドッと、冷気が凄まじい勢いで隣から流れてきた気がして、ブランカは思わず髪を押さえたのだった。


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