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15「いや、待て」



 ブランカが先に目があったのはヴィートだ。

 青いレンズ越しに「あんたら何やってんですか」と何とも言えない表情をしていたが、ブランカもよくわかってないので、軽く首を傾げる。

 その頬をくいっと引っ張られて、アルマに向き合わされた。


 にこっと微笑まれてつられて笑えば、満足したようにブランカの上に乗ったまま起きあがる。


 なぜかアルマの上半身は裸だった。


 え、とブランカが口にする前に、アルマが「シャツをとって?」と眩しいほどの笑みでブランカを黙らせる。言われるままに、手探りで隣に脱ぎ捨てられていたそれを渡した。

 

「ありがとう」


 そう言って、ブランカの上からようやく降りたアルマは、シャツをさっと羽織りながらベッドに腰掛けた。


 その瞬間、見えてしまった。

 アルマの背中に、痛々しい傷がいくつも走っていたのだ。

 白い肌に、切り傷らしきものが、たくさん。

 ブランカは反射的に自分の目の前にいるアルマの背中に抱きついていた。ぎゅうっと額をすり付ける。


「? どうしたの?」


 アルマの声が背中から響いて聞こえる。

 ブランカが黙っていると、察したのか「見えちゃったか。ごめんね」となぜかアルマが謝った。ブランカは苦しくなる。さっき、自分が夢の中で感じた苦しさの何倍も、痛い。ブランカはぐりぐりと頭をすり寄せた。いつもアルマがする癖だが、お返しをするようにいっぱいすると、アルマはとうとう「くすぐったいよ」と笑い出した。


 ほっとする。

 そうか、アルマもいつも自分を笑わせて、心を軽くしてくれていたのだ。


 そうっと肩先から見上げれば、アルマがブランカの頭にキスを落としてくれた。

 ありがとう、を受け取ったブランカは、花が咲くように笑い、それを見たアルマも笑う。


 あ、もう苦しくない。

 それどころか、幸せだ。

 


「いや、ちょっと待て」



 無遠慮な声が、ブランカの幸せを横に置いた。

 ブランカはアルマの後ろに隠れたまま、肩から声の主を窺う。

 なぜかいつもより数倍不機嫌で、それでいてダメージを受けているようなレオがまっすぐにブランカを睨んでいた。


「アリス」

「……なに」

「お前、生きてるだろ」

「死にました」

「生きてるだろ」

「ここは天国です。なに、レオも死んだの?」

「生きてるわ!」


 元気のいい答えをもらって、ブランカは引っ込む。

 アルマにしがみついたまま「帰れ」と伝えることにした。

 なぜならここが一番安全で安心できるからだ。


「どうぞお帰りください」

「話がある」

「私はない」

「俺があるから聞け」

「出たー。傍若無人ー。そんなんだから、優しい男に取り繕っててもすぐ振られるんだよ」

「お前そんなのだったか?!」

「ふ」


 笑ったのはアルマだった。

 やけにゆっくりとシャツのボタンを留めている。


「あなたが知らなかっただけでしょ」


 そう言えば、なぜかレオは黙り込んだ。


「どちらさまか知りませんが、お帰りください。人の家に勝手に入ってくるなんて、もしかして賊かな? ねえ、どう思う? そこの眼鏡の人」

「……賊ではありません」

「残念。賊だったら殺してあげられたのに」

「……すみませんがそこの天使。少し話をさせていただけますか」


 指名されたヴィートは、無表情でアルマを「天使」と呼んだ。

 まだ天国ごっこは続行する気らしい。

 ブランカはひょこっとアルマから出た。


「ヴィートが一緒なら話す。いい?」

「仕方ないな。僕も一緒にいるからね」

「うん。いて」


 強く頷けば、アルマはにっこりと笑って「支度をするから家から出て行け」と二人にやんわり伝えた。

 やんわりにしては、凄みのある声だったが。





 甲斐甲斐しくアルマに支度の世話をされ、目の覚めるような萌葱色のワンピースを着て髪を綺麗に整えられたブランカは、パンを手に家から出た。

 もちろん後ろのアルマも持っていたはずだが、キッチンでパパッと作って玄関から出る間に、アルマの中に吸い込まれている。

 指先についたジャムを舐めている仕草は、美しいし可愛いけど、なんだかいつもと違う。


「あ、わかった」

「ん?」

「格好いいんだ」

「え」

「アルマは可愛いし天使だけど、格好いいんだねえ」


 アルマがかあっと頬を赤くする。


「今度は可愛い」

「いや、待て」


 剣呑な声が二人の視線を一カ所に向かわせる。

 レオだ。

 どーんと仁王立ちして腕を組んだまま、不機嫌そうに口を開いた。


「お前たちは暇さえあれば見つめ合って笑って、いちゃついてんのか?」


 綺麗な顔が歪む。

 しかしいつも通り黒い髪はきっちり整えてあるので、ブランカは思わず「くふっ」と微妙な笑い声で吹き出した。


「……なんで笑うんだよ」

「え? 笑ってないよ。ねえ」

「うん。笑ってない」


 アルマの援護をもらって、ジャムを挟んだパンを一口。

 おいしい。リンゴのジャムに、オレンジのドライフルーツを細かく刻んだものを乗せてある。ゆっくり食べられないのが悔やまれる。


「ははひってはひ?」

「話ってなに?」


 通訳をするアルマをレオがちらりと一瞥した。

 

「……座って話したい。ヴィート」

「はい、レオ」


 後ろに控えるヴィートがその場で軽く手をかざすと、ブランカとレオの間にパッとテーブルが現れる。レオの好きそうな細かい装飾の入った高そうなものだ。四脚の椅子も出てきて、レオが座る。


 似合わない。

 ここは森の中で、泉や黄水晶、こじんまりした家の横には畑もある。

 自然あふれるその場所で、貴族の屋敷から抜け出してきたようなこのセットは間抜けですらあった。


「……くふっ」

「お前、笑っただろ」

「笑ってない」

「うん、笑ってないね」


 アルマが椅子を引き、ブランカをエスコートして座らせる。

 アルマの椅子はブランカの横へぴったりとつけてから座った。

 ヴィートはもちろんレオの隣だ。


 全員が座って無言で視線を交わしているので、ブランカはとりあえず朝食を再開したのだった。



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