最終回:あなたが私の真っ暗闇に火を灯してくれた
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クラリッサはこのガンガーに元々用事があったわけなので、彼女が宿泊している地元の豪商の邸宅にしばらく私たちも滞在させてもらえることになった。
マリーはガンガー料理を堪能する気満々だし、メルセリーナとはいつでも連絡が取れるので問題ないらしい。
そうしてマリーと一緒にベッドで横になったのだけれど、私は妙に目が冴えていた。
こんな、めまぐるしいけれど暖かくて、珍しさと奇妙さに怯えながらも充実した、待ち望んでいたマリーとの当たり前の日常を、私たちは取り戻した。
でも、去年の夏までのような日々ではない。
メルセリーナは神聖皇国にいたままだけれど、マリーとの通信魔法で様子をうかがう限り、どうにもクラリッサの兄と趣味や話が合うようで、姉離れが出来てきたように思える。それをクラリッサに伝えると、彼女もずいぶん喜んでいる様子だった。
当のクラリッサは親友と称していたギィジャルガと別々の道を歩み始めているし、また私たちと別れる時もどうせさっぱりとしたものだろう。
クラリッサと因縁深い知人関係にあったらしいジラルドは、帝国に帰国して婚約者と向き合うことにしたようだ。なんでも私より年下のご令嬢らしく、親戚同士で勝手に決められていた婚約関係を当の本人と話してお互いに納得の行く形に持って行きたいらしい。
他にも、一応マリーが議長になっているツェズリ島で一緒に過ごした、冒険者の連中も変わってきたようだ。
アトラは相変わらず魔物を狩る冒険者生活は変わらないものの、ヘルマートとこまめに連絡を取っているらしく英雄という立場を使って政治的な立ち回りをアレで上手くやっているらしい。
クリステラは私たちと迷宮に潜ったのを最後に冒険者生活は辞めて、アトラの事務所で政治的な仕事を受け持ちつつ、仲間のハウドとグラームの帰りを待っているとのことで。
カラスもどうやらこのガンガーに来ているらしく、鱗人の集落に混じってより強くなるために修行しているのだそうだ。
そして、こうして今まで出会ってきた人々がマリー・リー・ユニカの名の下にポール都の復興を様々な形で手伝ってくれている。
魔人たちは魔法使いを派遣し、ツェズリ島からは魔法具が送られ、監督役としてセッテフィウミ海運の社員が紛れ込んでいる。
だから私たちは好きなように生きることができる。
でもそうした事実こそが、そうした人々に支えてもらっているからこその自由だと私が知ってしまったことこそが、何よりの変化なのだ。
私はマリー以外の人間なんてどうでもいいと思っていた。
みんな死んでしまえと今でもよく思う。
でも、マリーを支える力は私には足りなくて、マリーは私以外の人間やモノも大好きで、そんなマリーだからこそ私は主人を大好きなわけだから。
マリーだけが全てで、いつかマリーに殺されて食べられることを渇望していた私は、もういない。
思い出し、考えあぐねていると、いつまでたっても寝つけない。
寝息を立てる主人を起こさないよう気を遣いながらベッドから抜け出し、外套を羽織って三角帽子を被る。
あてがわれた部屋から出て、適当な窓を開くと、私はそこから魔法を使って屋敷の屋根まで跳び乗った。
夜気は冷えるけれど、外套の内側に電熱魔法を仕掛けているので凍えるというほどではない。
そういえば、ドロテアはこういった衣服に魔力を込められる糸を縫い込んで魔法式を構築し、魔法具を作れないかと研究している最中なのだそうである。暑さ寒さから身を守れる誰もが便利で喜ぶモノのはずだと。
妻であるドロテアは魔法を誰でも使える道具を作る技術屋で、夫であるヘルマートは誰でも魔法を破壊できる技術を教え広めようとしている魔法使い。それがあの夫婦だ。なんとも奇妙で、お互いのやっていることに矛盾も意見の相違も生まれないらしい。
「……私たちも、そうなれるのかな」
屋根の上に座り込んで、星空を見上げる。
マリーは星を見て方角や自分のいる位置や時間を割り出す術を知っている。でも、私はそんなマリーに付いていっているだけで、雲が少ない満天の星空を見ても、何もわからない。
太陽は嫌いだ。毎日毎日同じところをぐるぐる回って、そんな明かりの下で同じことを毎日毎日繰り返している、繰り返し続けられると思い込んで、少しでもそれを乱すと他人を躊躇なく傷つけられる人間が大嫌いだ。
なのに、私は太陽の下じゃないと時刻もよくわからないし、寒いし、魔法を使わなければ暗くて何も見えない。
「ソーニャ、見てごらん。あれが北極星だよ」
いつの間にか、屋根の上へと同じように魔法を使って登ってきたのであろうマリーがいた。
指は天頂の一点を指差し、寝巻き姿のまま私を金色の瞳で見つめている。
「起きてたんだ」
「起きたの。ぼくはソーニャがいないと生きられないんだ。ソーニャがぼくをそんな風にしておいて、ずっと一緒にいてくれるって約束しておいて、黙って出かけるなんてひどいじゃないか。寂しいよ」
「マリーは……もう」
仕方ない主人だ。
私はマリーの指差す星を見つめる。でも、どれがどれだかよくわからない。
「夜天に於いて不動の座におわす、全ての迷える星々を従える、頂きの主。それが北極星だ」
「動いて欠けて消える月とは正反対」
「でもねぇ、これが実はそうでもないんだよ」
マリーは私の傍まで歩み寄って来て、座り込み、外套を拡げて一緒に丸まった。
熱量操作魔法で気温をいくらでも快適な状態に維持できるくせに、マリーはこういうことをする。
「実は北極星って、何千年か経つと代替わりするみたいなんだ」
「他の星と入れ替わるの?」
「少しずつ移動して、他の星が北極星に替わるって言った方が正しいかな。不動の座とは言ったけど、そこに座れるのはあくまで限られた期間だけ。まぁでもぼくたちが生きている間は、あの星が北極星だ」
と、指差されてもそれでもよくわからない。
「ねぇマリー」
「どうしたの? ソーニャ」
「私はマリーの家族で、マリーは私の主人」
「うん」
「でも、マリーは私を食べないって決めた。私とずっと一緒に居たいって言ってくれた」
「そうだね。何度だって言うけど、ぼくはソーニャがいないともう全然だめだめだよ」
「魔王陛下? ってマリーが畏れる帝国の一番エラい王様も、平人を食べちゃ駄目って命令した」
「英断だと思うよ。できればぼくは魔力継承は、本人たちの同意の下でない限り、もう誰にもしてほしくない」
「……ねぇ、今の私たちって、じゃあ、なんなの?」
不安が押し寄せてきた。
誰にもわかってもらえなくてもいい、あえて言葉にしなくてもいい関係が、私とマリーを繋ぐか細く頼りない絆だ。
だから、私自身がそれを疑うと、もう本当に何もなくなってしまう。
それがわかっていても、わかっているからこそ、何もかも変わってしまう暗いこの空の下で、私は不安になる。
私たちは、どんな大人になるのだろう。
大人になった時、私とマリーはこうしていつまでも一緒にいられるのだろうか。
何か、確かな形が、私たちを表す他の言葉が無いのか、迷ってしまった。
「ソーニャ。ぼくの可愛いソーニャ」
マリーは微笑みをたたえながら私の頭を撫でる。
私は、でも、いつまでマリーの可愛いソーニャでいられるのだろう。
「ソーニャがあの時、どう思っていたのかなんてぼくにはわからない。でもね、聞いてほしいんだ」
マリーは夜空を仰ぐのも、私の顔を見つめるのもやめて、気恥ずかしそうに頬を赤らめながらぽつぽつと呟いた。
「ぼくはね。初めてね。ソーニャを一目見た瞬間、『すごい娘を見つけちゃった!』って思った。それが家族にしようと思った理由」
「うん」
「でもね。ソーニャが殺されかけて、ぼくを見つめていたあの時に、ね。ぼくと違って、本物の生まれ持ったその綺麗な金色の瞳で、ね。見つめられた時に、魔法をかけられちゃったんだよ」
「……何それ?」
あの、死にかけて朦朧とした意識の中で見たマリーは、光輝く人型のナニかだった。
美しかった。
死んでもいい、いや、やっと死ねると思った。
幸せな人生の最期が訪れたと思った。
でもマリーは、そんな私に見られて、魔法をかけられたと思っているらしい。
まるで意味がわからない。
「ぼくが守ってあげなくちゃ、ぼくが今すぐ治療をしてあげなくちゃ、この娘はすぐに死んじゃうって」
「……うん。その通り。私はマリーが助けてくれなかったら、どの道いつか殺されていた」
「辛かっただろうね。今でもソーニャはその呪いから解かれていない。でも、ぼくはさ。自分勝手で、悪いんだけどさ。出来損ないに生まれて。そうじゃないって教えてくれたお兄ちゃんもいなくなって。お兄ちゃんを探すために、メルセリーナに全部押しつけて家出して。料理の勉強とか言っても、帝国でちゃんと再現できるか本当は怪しくて、ただの逃げじゃないかって、思っていて、さ。
そんな時に、ソーニャに出会ったんだ。ぼくが見つけた、ぼくだけの、弱くて可愛い小さな魔女。そんな魔女が、ぼくのことを見つめてくれたんだ。わかるかな? あの時、ぼくの胸に灯ったあの気持ち」
私は、星空を見上げた。
あの夜と同じように。
「わかる。私は、気持ちで胸が熱くなった、はず。刺されたからじゃなくて、マリーを見て――触れたい、喋りたいって思った。他の何もいらなくなった」
「じゃあ、それがぼくたちだ」
マリーは私の手を取って、自分の胸に押し当てた。
心臓の鼓動が、感触を伴って伝わってくる。
「誰が何を言っても、この先どんなことがあっても! これだけは変わらない。絶対に変わらないんだよ、ソーニャ。ぼくのこの胸の真っ暗闇に火を灯してくれたのは、ソーニャ。ソーニャなんだ」
――なら。
私も、マリーの手を取って、自分の胸に押し当てた。
伝わるのかな?
伝わってくれるといいな。
「私も同じ。マリーが、私に『生きていて良かった』って気持ちに、火を点けた」
それだけは変わらない。
どんなに暗い明日があっても。
あの夜が、今までの日々が、今夜が、私たちを形作り彩る星々になって行く。
だったら。
この暗い夜の下を、私たちは一緒に歩いて行く。
魔宵子たちの北極星 おしまい
大変長いお話になってしまいましたが、最終回まで読んでくださった方に、本当に、心の底からの感謝を。
ありがとうございました。
もっと詳細なあとがきはnoteの方で記事にしています。
https://note.com/ten7miduki/n/n7ae4b6197261
それはそうとして、本編であえて描写しなかったり書くタイミングを失ったりした設定などを最後に書いておきます。
・魔力継承の詳細
食材が傷む前に食べきるのは不可能なので、冷暗室に保存したり調理した後瓶詰などにして時間をかけて食べきります。
各家々ごとに伝統の調理方法や部位ごとに食べる順番などが決められていることも多く、郷に入れば郷に従えの精神で他家に嫁いだり召し抱えられた魔人は、その家の伝統に従うことが美徳とされています。
骨髄は傷むのが早いのでさっさと食べますが、骨は砕いて粉にしてからパン生地に混ぜこんだりします。
・帝国の食糧事情と生産者の平民たち
移民者たちが持参してきた作物の種や苗、家畜などを増やすことで改善の歴史が積み重ねられてきました。
いくら気温を操作できるとはいえ白夜と極夜がある立地なので、光学操作魔法によって畑に必要な日光は担保されています。土壌開発は寄生干渉と鉱物干渉の二種で基礎を作り、後は平民任せで問題が報告されたら魔人や貴族家の末端が様子を見に行って、必要な処置とそれに見合った魔法使いを派遣します。
平民たちはこのように農産牧畜などの労働がそのまま税となっています。学校も集落に一つは必ず用意されており、そこで成績優秀だったり魔力量の高い子どもは貴族に召し抱えられることもあります。
この召し抱えは専門分野の知識や技術が必要な職種に就くための英才教育を施すためのものが大半ですが、魔力量の高い子どもは伝統的にはペット、魔力継承の対象、養子などに迎え入れられる形です。
・ソーニャに聖句を教えてくれた牧師さん
彼は事件が起きた当日、教会に逃げていたのでマリーに殺されていなかったりします。
ソーニャ自身はもうどうでもいい人間の中に入っていますが、牧師さんとしては迫害されて呪われた魔女なのに、村の中で誰よりも神に対して誠実に熱心に勉強するソーニャを可愛く思っており、自身の保身とソーニャを庇うことと伝道者であることの板挟みに合っていたりしました。
・ジラルドの許嫁
まだ十歳で、伯爵令嬢です。魔力量が(伯爵級としては)低いのでちょうど釣り合いが取れるということと、ジラルドがイケメンなので許嫁のご令嬢が会いもせずに決めちゃいました。
ジラルドは家から離れていた間に家同士の者で勝手に決められた婚約なので、ゆっくり話し合って「婚約解消」「婚姻確定」どちらの道を選ぶにせよお互いのことをわかり合っていく時間を設けるために帰国しました。
・ヤルダバオートのアバター
本来ならオスライオンの頭に蛇もしくは竜の胴体を持つ姿のはずですが、SCP好きでサーキックカルトがとくに好きなメンバーが混じっていたので胴体は蛆虫に決定されました。
・地理と元ネタ
帝国=グリーンランドです。本当に緑地化しちゃった。
連邦王国=グレートブリテンです。悪役みたいな立場になってちょっと申し訳ない気分。
共和国=フランスです。ソーニャの名前はロシア系でちょっとおかしいんですが、まぁ異世界モノなのでご容赦を。
北海同盟=アイスランドです。本作では凍人が根城にしているため、近代化されず古来の姿を残したまま、という形になっています。
神聖皇国=イタリアです。トマトとパスタの国。
・その他
閲覧数の少ない作品なので、とくに希望などはないかもしれませんが、質問があれば受け付けます。




