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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
終章 Light the Fire Up in the Night
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終章 4:広く暗い空の下でも私を逃さないでよ?

 4


 自己生体電流操作魔法【自電(ジゴワット)】の魔法式構築完了。肉体強化魔法を恒常並列。制限解除。

 魔力点火(アリー!)


 一歩跳躍すると同時に電磁力操作魔法【反電(バウンド)】の反撥力で飛距離を稼ぎ、引き付ける電磁力操作魔法【歩電(ディーポ)】で着地地点を誘導。再び跳躍する先は、壁、天井、床と不規則。それら全ての動作があらかじめ【自電(ジゴワット)】で設定されたルートをなぞっているだけにすぎないため、私自身は移動や回避にいちいち思考を使う必要はない。

 肉体強化魔法と電気操作魔法の併用で私は銃や魔法式を向けてこようとした廊下に居並ぶ見張りや魔法使いたちを高速移動ですり抜け、身体を動かすたびに高負荷で負傷する肉体を自己治癒魔法(その場しのぎ)しながら駆け抜ける。


 廊下の奥の、両開きの大きなドアを飛び蹴りで破りながら室内に侵入し、高価(たか)そうな絨毯に着地。跳躍の余勢で少しの距離を滑って止まった先で、私は電撃魔法【閃雷(センライ)】の魔法式を室内にいる五人の人間たちの頭に照準し、物理世界に展開し終えていた。


「目をつむれ。手を挙げろ。霊脈を活性化させたら、撃つ。――投降しろ」


 私が【自電(ジゴワット)】を起動させて廊下を走り抜けてからこの状況になるまで、三秒とかかっていない。

 目の前にいる、小さめの角を生やした魔人たちにしてみれば、歓談中になんの前触れもなく唐突に三角帽子を被った小娘が現れ、自分たちに致死級攻撃魔法を向けて来た形になる。


「■■■■■!」

「帝国語はわからない。……わかる方が来た。話は私の主人としろ」


 蹴破ったドアから笑顔で入室してきたのは、少年用の旅装服に身を包み、雲のようなふわふわでもこもこの白髪に羊のような捻くれた角を持つ、金色の瞳をした魔人の少女である。

 敬愛する、私の主人。


「はぁい、男爵家の諸君、ユニカ伯爵家長子のマリー・リー・ユニカだよ。国外で子爵以上に頭抑えられる心配ないからって勝手しちゃあ駄目じゃあないか。陛下に平人(ヒト)を食べちゃ駄目って言われたの忘れたの? 賄賂貰って悪どいこと見逃しちゃあ貴族としての誇りに傷がつくとか思わないのかな? ま、とりあえずそういうわけで、君たちの悪さは全部漏れている。観念して従わないと――」


 私は平坦な声で、マリーは甘ったるい声で、同時に言った。


「「皆殺しだ」」

(かっら)ーい!」


 一仕事終えた後、私たちは大陸の砂漠を越えた東国のガンガー帝国の民家で、昼食を頂いていた。

 いわく形容し難いけれど、食欲をそそる複雑な香りをさせるとろみのある褐色のスープに、クレープみたいな無発酵パンや豆のペーストなどで、ちぎったパンでスープを掬うように一口食べたマリーは、笑顔で感嘆の声を上げた。いや単純極まりないただの感想なのだけれど、声色と顔を見れば、とてつもなく喜んでいるのがわかる。


 共和国語で喋ったマリーの言葉の意味などわからないのだろうが、食事を用意してくれた平人(ヒト)寝人(ネト)の家族たちも、表情だけで伝わったのか嬉しそうに微笑んでくれている。

 砂風と強烈な太陽光さえ凌げればいい、という程度の粗末な建物の床に座って、手掴みで食事を摂るというこの風習は、気候さえ無視すれば故郷の農村での暮らしを思い出させた。

 もっとも、口にしているモノはあらゆる意味で違う。本当に辛い。頭にビリビリ来て喉が焼けるように辛く、目からも涙が出てくるくらいなのだが、後くされなくスッと引いて行く心地良い辛さで、今まで食べたことのない類の代物だ。


「クラリッサ! これなんていう食べ物なのか聞いて!?」

「スープはカレーよ。パンはチャパティでペーストはチャツネ」

「うっそだー! 連邦王国でカレー食べたけどあのドロドロで腐りかけのお肉をスパイスで誤魔化したシチューもどきとは全然違うよ!」

「わたしもそう思う」


 辛いのであまり喋ることができないけれど、私も同感して頷いた。

 ガンガー語も喋ることのできるクラリッサは、食事を摂る私たちのかわりにあれこれと民家の人たちと会話を終えてから、彼女自身はお茶を飲むだけった。もう既に食事は別に済ませていたのかもしれない。


「ともあれ助かったわマリー、ソーニャ。派遣された魔人たちは、ウチの水夫と原住民の鱗人(リト)たちで制圧できなくもなかったけど、殺し合いになっちゃうから」

「ぼくとしても、貴族として魔人としてあるまじき行いを、国から出たらやっちゃうような輩は許せないからね。魔人という種族にこれ以上泥を塗られる前に報告してくれてこっちとしてもありがたいよ。それに、鱗人(リト)たちが後始末してくれているおかげでぼくとソーニャもこうしてゆっくり食事を楽しめる時間が取れたわけだし、相変わらず段取りがいいね、クラリッサは」

「ミシェルのおかげねぇ。光学通信魔法ってアレ反則だわ」


 この食事を提供してもらった民家の玄関口には、見張りのように――いや本当に見張りとしてだろう、ミシェルが立っている。

 マリー及びユニカ家に忠誠を誓ったミシェルの現在の仕事は、クラリッサの護衛だ。クラリッサの親友にして護衛でもあったギィジャルガがヘルマートの開発した破魔術を教えられている以上、常に傍にいることはできなくなった替わりである。

 もっとも、クラリッサから言わせれば『ギィとの約束は果たしたから、あとはギィの気分次第』とのことだそうだが。サッパリとした親友関係だ。


 当の話題を振られたミシェルは謙遜した様子で首を振る。


「情報共有と、その速度は大事です。しかし魔法である以上、魔法式を読み取られて情報を盗み読みされる恐れがあります。今後は暗号開発も重要となるでしょう」

「発想が軍人よねぇ」

「魔人は軍事について疎いですが、いつまでもそう侮ってはいけません。もし情報が盗まれ、マリーお嬢様の御身に去年のような危機あらば……」

「大丈夫だよ。何回も【魔人殺しの矢】を見てきたから、アレについては観測魔法で気配が察知できるようになった。ぼくはそうそう簡単に殺されないから安心して、これからもクラリッサをよろしく」

「もったいなきお言葉……!」


 ただでさえガンガーの気候は暖かくて、料理は辛くて身体が火照っているというのに、さらに輪をかけて暑苦しいなこの元軍人で元ペット。

 しかしこのミシェルが入手した情報で、帝国からこのガンガーに派遣された魔人たちが農場環境を改善し、治療魔法によって酷使された人々を救う裏側で、不正を働いていたことが発覚したのも事実である。

 だから私たちは神聖皇国からこのガンガーへと一気に飛行魔術で飛んでやって来て、即座に派遣されていた魔人たちを制圧捕縛したわけだ。


 メルセリーナもついてくるかと思っていたのだけれど、神聖皇国で歌劇をもう少し見たいという理由で留まることにしたようだ。どうやらクラリッサの兄という男が歌劇に詳しいらしく、意気投合しているみたいである。

 そして私たちは、せっかくガンガーまでやって来たのだから、こちらの料理を堪能しようという話になったわけだ。

 マリーは豆のペーストをパンで掬って口にして、目をキラキラ輝かせている。


「うーん、未体験! これだから世界中を回って食を楽しむのはやめられない! ……んだけど、コレ、どうやっても帝国じゃあ再現しようがないなぁ」

「そうなの?」

「味わったことのないスパイスがこれでもかってくらい使われている。原産地の本場ならではの料理だねコレは。いや郷土料理って大体そんなものなんだけどさ。それをどうにかこうにか魔法も使って帝国に世界の料理をぼくはいっぱい知ってもらいたいんだ」

「そうやって閉じた扉をこじ開けるマリーのやり方は嫌いじゃないけれど、連邦王国のカレーと今貴女たちが食べているモノが完全に別モノなのは、そういう理由よ」


 旅慣れしているのであろうクラリッサは、マリーとは違った方面で料理について詳しい。

 マリーが首を傾げて皿にこびりついているスープをパンでさらっている。我が主人ながら意地汚い。


「無いモノは無い。だから、在るモノで代用する。代用してそれなりの再現ができても『美味しい』って感覚は人それぞれ、生まれ育った環境次第だから。それで試行錯誤していったら、全然別物にいつの間にか変わっちゃったってヤツ」

「あー、それ帝国料理にもあるよ。鎖国しているせいで、どうしても手に入る食材が無いとか、調理用具が無いとかでさ。まだ調理用具は魔法で作れなくもないんだけど、上手く伝えきれなくって故郷の味は再現できなかったけど『これはこれで美味しいからまぁいっか』ってなっちゃったヤツ」

「それでいいってわたしは思うわ。料理も、これからの世界の在り方も。ビスコッティを飲み物に浸すか否か、浸すとしても飲み物は何がいいかとか。紅茶にミルクを先に入れるか後に入れるかとか。そういう論争は冗談や暇潰しにならいいけど、真剣にやるものじゃない。美味しければ、笑顔があればそれでいい」

「うーん、ぼくはできたらちゃんとした伝統の味っていうのは守りたいかなぁ」

「マリーって自由奔放だけど、料理に関しては結構保守派なのね」


 家族(ペット)の私から見れば、主人(マリー)は伝統や義務を重んじる誇り高い貴族であらんとしているので、あまり革新的な性格ではないと思っている。

 ただ、ものすごく我儘で独占欲が強いのだ。それすらも結局は変わることを怯えているようであり、ずんずん迷いなく明日へと突き進むクラリッサと正反対に、ずっと幸せな今日のような一日が続いて欲しいと夢見ている危うさがある。


 でも、何もかも変わってゆく。

 クラリッサの傍にいる護衛は親友のギィジャルガではなくなった。

 ヘルマートとドロテアは、やっと地に足を着けて死線から離れて生きることを選んだ。

 魔人は世界に進出し、こうして魔人同士で相互監視をする種族になりつつある。

 魔法で生み出された恩恵は、大きく世界の在り方を変革させていくだろうとヘルマートは危惧していた。

 こんな風に変わってゆく中で、私たちだけが例外でいられるわけがない。

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