終章 Light the Fire Up in the Night
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「やあ連邦王国ならびにポール都にお住まいの皆様。ぼくの名前はマリー・リー・ユニカ。この街を死と瓦礫の街に変えた張本人たる魔人だ。
皆さんは王国からの公式発表と、ぼくの正当防衛という主張どちらを信じているのかな? しかし厳然たる事実として、多くの犠牲を出した攻撃魔法を撃ったのはぼくであることに間違いがない。だからぼくは恨まれても仕方ないし、たとえ許されずとも償いの意志はある。そしてそれは言葉ではなく行動で以って示さなければいけないから、ぼくの今までとこれからの行いで皆さんに判じてもらうしかない。
この場でぼくが言葉を以って表明したいことは『なぜこんな事態になったのか?』という根元的理由だ。
ぼくは魔人だ。莫大な魔力を持ち数々の魔法を操る、恐るべき種族だと認識されている。
だからぼくは殺されそうになった。ぼくは殺されるのが怖いから、身を守るために魔法を使った。
結果があの夏の夕暮れに起こった惨劇だ。ぼくたちはお互いに恐怖し合って、罪の無い多くの人々を巻き込んだ。それがさらに恐怖を生み出して、二度目の惨劇まで起きた。
そうした経緯から、ぼくはこの事件の根っこの理由は『恐怖』だと考えている。
ぼくたち魔人を怖がらないで、とぼくは言いたい。言いたいけれど、言うだけじゃ何も解決しない。
皆さんには、だから、ぼくたちのことを知ってもらいたい。もう三度とあんなことが起こらないためにも、ぼくたち魔人はあえて皆さんの近くに出てくることにした。魔法帝国はこれから開かれ、皆さんにぼくたちのことを知ってもらえる機会も、資料も、どんどん増やさせてもらう。
その内容を信じてもらえるかどうかも、皆さん次第だ。
ただ、ぼく自身の意志を伝えるならば、ぼくは皆さんの良心を信じる」
そう締めくくり、広場に用意された壇上から私の敬愛する主人、マリーは階段を使わず路上へ飛び降りた。
湿った雪が降るポール都で、防寒着を纏う私や群集とは違いマリーは黒いドレスを身に着けているだけで服装一つ取っても異質である。
壇下で待っていた私の手を、マリーは今までの堅い立ち振る舞いが抜けきらないまま微笑んで握った。
「ソーニャ、ぼく一人でできたよ」
「うん、見てた」
トンビの活動がぴたりと止んでから十日ほど経った今日、私たちはこの街の住民たちに、そして連邦王国や世界中に対して『あの日、何が起きたのか』という説明、あるいは謝罪の場を与えられた。
二度目の戦いが起こってから一月も経過していない。だから元々この街に住んでいた住民たちみんな帰ってきたわけでもないだろうし、私たちを取り巻く人々の多くは大きなカメラを担いでいたりメモ帳を持った記者たちが多い。
軍服を着た男とすれ違い、私とマリーはその記者たちの下へと向かっていった。先ほどのマリーの弁舌は台本ありきのものだったけれど、ここからこそがある意味本番、とヘルマートは言っていた。
「謝罪の意志や言葉は無いのですか!」
「実際に攻撃魔法を撃ったのはそちらの従者だという話ですが!」
「亡くなった方々への言葉などは!」
みんな殺してやろうか。
殺到する記者たちの質問攻めに対し私はそう思い、攻撃魔法式を脳内構築するだけに留めた。
マリーはすぐに真面目な表情に戻り、彼らの質問に対して答えていく。
「死者に手向ける言葉があるとしても、君たちなんかに言わなきゃいけない義理も義務も無いよ。同じ理由で君たちに謝る理由も無い。そしてぼくはソーニャの主人なんだから、ソーニャのやったことはぼくがやったことと同義だ」
「無責任じゃねーか!」
「それはぼくがこれからの行動で示す。君たちの仕事はそれを見て好き勝手に報道すればいいだけだよ」
そう話すマリーに触れられるほどの距離まで詰め寄る者はいない。私が電磁反撥魔法【反電】で路面と連中の靴裏や衣服に電磁力を帯びさせて近寄らせないようにしているからだ。
マリーは髪の毛を身体構造変化させてベンチをその場で作ってしまい、私に腰かけろと手で合図をしてきた。二人並んで座って、マリーに替わって壇上に登った人物を見上げる。
杖を突き、少し足を不自由そうにしながらも自力で壇上に登りきったその兵隊は、まだ若かった。
「あー、あー」
マリーと違って気流制御魔法で音声拡大ができない彼は、壇上に置かれた音響拡声器からコードで接続されたマイクを握り、機械が正常に作動しているか試験したようだ。トランペット型の音響発生部から電子ノイズの混じった拡大した音声が響き渡る。
彼を見る群集の目も、疑いや暗い色に満ちたものばかりである。それでも兵隊は淀みなく発言した。
「自分は連邦王国第一実験魔法小隊に属していたパリス・キャスト准尉であります。先ほど弁舌されていた魔人、マリー・リー・ユニカ暗殺作戦に参加しておりました。
本作戦についての詳細はいずれ、ピーソーク中佐及び大尉の身柄を預けている樹人たちから提示されるでしょうが、一日一刻でも早く、真相を知りたいであろう皆様に向けて、自分はこの場を借りて説明させていただきます。
前提を申し上げますと、王国及び軍部からの公式発表は虚偽です。自分はピーソーク中佐による単独暗殺が失敗した時に備えて、後詰として待機を命じられておりました。本作戦はピーソーク中佐の独断行動によるものであり、軍部の許可無く行われたものです。
自分は、自分たち第一実験魔法小隊の者たちはそれを承知したうえで作戦に参加しました」
群衆がざわめき、私も杖を片手に、マイクを片手に立つ兵隊の言葉に耳を疑った。
この兵隊は、真実を述べている。けれどそれは王国にとっても軍にとっても都合の悪い事実だから伏せられて捻じ曲げられて隠されていた。だから私たちは、自分たちの居場所を取り返すための旅路を歩んで、今この街に帰って来たのだ。
私は元々恒常起動していた観測魔法を広範囲且つ精密に設定し直し、集中した。下手をすると、この兵隊はたった今、身内からそれこそ暗殺されるかもしれない。
「市民を、皆さんを巻き込む恐れがあることを理解しながら独断の作戦を決行したことについては、正にマリー・リー・ユニカが糾弾した通り、軍人としてあるまじき行為です。
そして上官と言えど、独断行動の暴走であることを承知していた我々はピーソーク中佐を止めるべきでした。ですが、私は上官の命令に従うことについて、当日、些細な異も覚えなかったのです。
作戦実行中も、同じでありました。この市街を瓦礫に変えた攻撃魔法は、我々魔法兵十人を迎撃するために発射されたものでした。包み隠さず真実を言ってしまえば、このポール都市民の皆様を害したのは、自分たちであると言えます。しかし、やはり、作戦実行中は、ただ『攻撃された』『負傷した』『まだ動ける』『ならば作戦を続行しなければならない』としか考えず、周りを全く見ておらず、ただ殺意に突き動かされていただけの、獣でした。
上官への疑念、多くの犠牲が出たことについての後悔が訪れたのは作戦が完全に失敗し、治療を受けながらの事情聴取中でした。この場で皆様に明かしますが、自分がこうしてこの場に生きて発言できるだけの身体であるのは、マリー・リー・ユニカの治療魔法あってこそです。
意識が途絶えそうな中で、傷ついた市民の皆様にも治療魔法が行われていたことは確認していました。もし皆様の中で『瀕死になった気がしたのに生きていた』という方がいらっしゃるのなら、それは気のせいではなく魔人の慈悲あってこそです。
自分たち兵隊は、命令を遂行するため人間としての情動を押し殺す必要があります。しかしそれ以前に軍人とは国民を守る盾であり、自国の民を犠牲にすることを前提とした独断作戦など絶対に行ってはならない、ということを失念しておりました。
ただ教えられた魔人の脅威を確認し、ただ与えられた命令に従い、ただ目の前の敵を殺すことだけしか考えていなかった。自分は兵隊であるという立場に囚われ、自分の本当に成すべき責務を忘れていた。
皆様が、自分のこの発言で軍部や王国に対して疑心暗鬼に駆られたのなら、それこそ、自分のような失敗はなさらず、自分自身で考えていただきたい。
自分の本来の、本当の責務とは、目的とはなんなのか。目の前にある脅威や恐怖で冷静さを失い、選択肢があるということを忘れないでいただきたいのです。
少なくとも、皆様には軍部や王国を信用しないのではなく、自分たち実行部隊の独断と暴走こそがこの街の惨劇を起こした原因であり、恨み怒りを向けるのであれば自分たち小隊に向けるという選択肢があります。
……なお、自分は第一実験魔法小隊の一隊員にしか過ぎませんでしたが、本来ならば副官のフォージング少尉がこの場に立つべきでした。ですが彼は治療の甲斐なく殉職したため、代理として自分が今日、この場に出席しています。
その他、細かな詳細は追々発表されるかと思われます。ですが、自分の言葉を聞いた方々は例え後々どのような情報があったとしても、あの日あの場でただ一人の少女を殺そうとした者がこのような弁明をしていたという事実を、忘れないでいただきたく、思います」
兵隊の語りは途中からは怒号や罵倒に被せられていたけれど、彼はそれもお構い無しに言いたいことは言い切ったとばかりに、マイクを音響拡声器のソケットに置いて、杖を突きながら階段を降りてきた。
マリー以上に衝撃的な発言をした兵隊に対して記者たちが殺到する前に、私はマリーが作ってくれたベンチから立って【反電】を起動したまま彼に向かって歩み寄った。
「魔女か。魔人でも無く、中佐の報告を信じるならばただの田舎娘からたった一年で俺たちの長年の訓練も何もかも一蹴せしめるほどに魔法を極めたお前は、確かに魔女だな」
素の口調はどこか乱暴な兵隊だった。私は言葉よりも、彼の足に視線をやっていたことに気づいたのか、兵隊は杖を突いたまま器用に肩をすくめる。
「おい魔人マリー・リー・ユニカ。これで借りは返したぞ」
「借りって何さ? それより、足、不自由そうだね。あの時は生命維持を最優先にしか治療できなかったけど、ぼくが改めて診て治してあげようか?」
「それを借りと言っているんだ。ただでさえハラワタァ漏らしながら制限解除して突撃したんだ。本当なら俺たち全員今頃戦士の館行きだった。だがお前のおかげでこうして軍人として、王国民としての責務を果たせる。クソッタレが」
マリーも兵隊も表情一つ動かさない。私の【反電】で記者たちは近づけないようにしているし、マリーは気流制御による防音魔法で私たちの会話を外に漏れないようにしている。
ただ、内緒話をしていることは丸わかりだし、口の動きで何を話しているのかわかる人間も、どこかに混じっているかもしれない。それでも私たちは私事の話を続けたかった。
「俺は親族なんぞどうなったって構いやしねぇ。魔法の才と腕っぷしを買われて中佐に拾ってもらっただけだからな。だが、仲間の中には妻子持ちだっている。……この街の事件の責任は、そいつらにも及ぶだろう」
「親なら守れ。そう伝えろ」
これ以上マリーに重荷を背負わせてたまるものか。私は兵隊の恨み言に付き合ってやるつもりはない。
でもマリーは私の肩に手を置いた。
主人はどうあっても、付き合ってあげるみたいだった。
「キャスト准尉、だっけか。君たちも恨みをぶつける場所が欲しいだろうから、教えてあげよう。
ソーニャはぼくが可愛がって育て上げた大事な大事なぼくだけの魔女だ。【砲雷】の十重起動なんてぼくでもしんどい。帝国にもソーニャほどの電気操作系魔法使いは魔人でもそうはいない。
でも、もっと攻撃範囲の広い魔法を撃てる魔人ならたくさんいる。子爵級でも、だ。ソーニャの魔力量をキリールは把握していただろうし、ソーニャの性格を知らないならなおさらのこと慎重に事を起こす必要がある。
結論を言おうか。キリールはね、君たち部下を使った時点でこの街の市民全員巻き込むことを選択していたわけだ。キリール単独なら奴一人を始末すればいいから、あんなことしなくて良かった。
息子のコーディと話してわかったよ。結局ピーソーク父子は、強いぼくたち魔人が怖くて見返してやりたくてそのために無関係な人々を巻き添えにした、唾棄すべき魔法使いだ」
「……結局中佐は軍人になりきれなかった、というわけか。だがマリー・リー・ユニカ。なぜお前はそれなら中佐を殺さなかった」
「なぜって、今言ったことが答えだよ。元男爵と言えど、貴族の端くれならば民草と家族を守るために身体を張るべきだ。犯してしまった罪の責任は彼が負うべきだ」
「貴族が。……グリッター准尉がそっちに就いた理由がよくわかったぜ」
「今からでもこっちに来るかい?」
「俺は俺の責任は取る。貴族サマどもが本来やらねばならないことを、軍人の俺がやって、意趣返しだ」
そう言って、兵隊は杖を突いて歩き出した。
マリーは目を閉じて首を振った。
「お兄ちゃんも、キャスト准尉も、どうしてああも意趣返し、復讐、嫌がらせが遠回しなんだろうね。あんなんじゃ気づかれないよ」
「マリーが素直すぎるだけなんじゃない?」
そんな主人だから、私はマリーのことが好きなのだけれど。
一方で卑怯な魔女の私は記者たちからの質問攻めに遭う兵隊の背中を見て、彼の弁舌には虚偽が混じっていると思ったのを、伝えようか迷った。
その気になれば私たちは一人で都市の一つや二つは破壊できる。それは間違いない。脅威と考えて暗殺を決行するのも、私情を除けば理解はできる。
けれど、そんな私たちが反撃するかもしれない――事実反撃したから今のような事態になったのだけれど――独断作戦に参加する時、彼は本当に何も考えなかったのだろうか。
迷いや上官への疑念は、作戦決行前から既に抱いたのではないのだろうか。
たった今彼が公表した事実は、彼が属する軍、国、民、全てから信用を失い、弁舌途中で暗殺される可能性すらあるものだった。
にも関わらず言ってのけた理由は――あの兵隊の贖罪と矜持なのかもしれない。
だったら、私はこのまま黙っておくのが、彼への礼節だろう。
そんなことを立ったまま考える私を、ふとマリーは、自分の髪の毛で作ったベンチに座ったまま見上げた。
「……ねぇソーニャ。今更なんだけど」
「何?」
「ぼくは、君のお母様やお父様を殺した――んだよね?」
「うん。ありがとうね」
不安そうな面持ちのマリーに対して、私は即答した。
死はある種の救いである。
魔女の家族である私の両親や祖父母もまとめて、あの村では冷遇していた。とかく異端者は虐げるのが人間というものだ。
マリーの本来の予定通りに私が買い取られて何事もなく済んだとしても、私の家族は辛い日々を送り、私を恨んで生きていただろう。
なら何が起こったのか、自分たちが何をしでかしたのか知らずに死んだ方がよほどマシだ。
けれど、それを知って、命ある限り戦う人間は、嫌いじゃない。
私は兵隊を、キャスト准尉の背中を見てそう思った。
終章のタイトルは「ペルソナQ シャドウ オブ ザ ラビリンス」から通常戦闘BGM「Light the Fire Up in the Night」から借用させていただきました。




