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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第十二章 夜歩くプラネタリウム人間
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第十二章 5:おつかい

 5


 トンビ女史が魔力継承の実態を暴露してから、一晩経った。


 マリー様に続いてメルセリーナ様が帰宅してから『緊急事態だからこそ休息は必要』ということで、俺たちは食事や睡眠を取った。とくにマリー様は魔力と体力、メルセリーナ様は精神面でかなり疲労していたので、魔力も権力も人徳も無く、役立たずの我が身が恨めしくなってくる。

 ただ、俺はマリー様たちが帝国に連れ帰ってきた光学系魔法使いたちの観測結果の光信号による状況報告をユニカ邸の使用人たちが逐次確認して書類に起こしてくれていたので、朝食の席で現状報告会議を開くことにした。


「今現在、今朝の帝国民たちの様子ですが。普段通りの仕事に励む村が多いようです。現実を受け入れられず、日常的な行いを続けているだけかもしれませんが。

 その証拠と言うにはアレですが、病院や電路列車にて問題が起きています。平民の利用者が普段より極端に少なくなっており、入院患者に至っては沈静魔法で無理矢理落ち着かせなくてはいけなかった例もあるそうです。いずれも魔人の魔法によって成り立っている公共施設ですからね……。

 ただ、暴動や混乱までは起きていないのは幸いです。領主である魔人相手に直々に事情をうかがいに行った者も昨日の内には多くいましたが、彼らに対して攻撃魔法が振るわれることは、幸いありませんでした。ユニカ家の皆さん以外にも、多くの魔人たちが動いて互いに暴走を止めた形ですね」

「本当に危うい場面もありました。……事実、わたくしも、民たちにあのような目で恐れられるのは……辛いものです」


 メルセリーナ様はあまり食が進まないようで、疲れ倦んだ声で俺の報告を補則してくださった。無理もないだろう。

 ただ、マリー様とメルセリーナ様のご両親である伯爵夫婦ご本人たちは、不眠不休で今も帝国中を駆け回っているらしい。自分自身の肉体の操作をできる寄生干渉属性ならではの無茶(タフネス)だが、それ以上に精神面の強さが凄まじい。


「魔力継承の実態についてですが、各々の領主家で発表は黙秘、否定、肯定と様々な態度が取られており、まぁ黙秘が多いです。『陛下の下では民も魔人も皆同じ立場なので、陛下の指示待ち』という態度ですね。ぶっちゃけこの選択を取っている時点で、暗に平人(ヒト)喰っていると言っているも同然だと思うんですけど、案外これで納得しちゃっている民たちも多いようです」

「あ、あの……僕的には、とりあえずなんであれ、そんな不穏なお話、とりあえず後回しにしていただけるなら、それだけで安心なんじゃないかなー、と思うんですが……」


 クラリッサに置いていかれた、セッテフィウミ家に仕える使用人のヴォスは、実に小市民的な怯えた態度で、意見を言ってくれた。

 ドロテアさん、これが本当の善良な小市民です。俺は今帝国に向かっているらしい奥さんに是非ともこの吠人(バイト)の情けなくも、しっかりと発言した姿を見せてやりたかった。


「そんなもんか。ついでだから、平人(ヒト)ではなくとも平人(ヒト)と長く接してきた吠人(バイト)のヴォスの意見をもう少し聞いておきたい。平人(ヒト)同士が争い合ってくれたのなら、混乱に乗じて吠人(バイト)が各国の統治権を握ることができるかもしれない……と、客観的に現状の事態を見て俺は考えているんだが、吠人(バイト)としてはどうだ?」

「困りますよ。僕たち平人(ヒト)ほど手先が器用じゃないんですよ。徴兵義務とかもありますし、平和が一番です。大体戦争になったら毎度斥候として一番危険な前線に送り出されるのって僕ら吠人(バイト)ですから、ホント迷惑です。貧乏籤です」


 本当に実に小市民的意見だ。だからこそクラリッサのお目付け役に抜擢されたのだろう。全然止められている気がしないが。


「そっか。それを聞いて安心した。んでトンビさんについてですが、あの女性(ひと)も普通に疲れるし休むみたいですね。連邦王国の主要都市に暴露した後は、今朝方共和国で活動を開始したばかりだそうで」

「お兄ちゃん、ソーニャからも聞いたけど本当にトンビを放置していいの?」

「もし物質的な破壊活動に出たら対処を変えますけど、徹底して情報暴露のみしかしていませんからね。お嬢様たちは魔人同士の牽制と、民たちへの安心を与えてあげるのが仕事です。あとお休みも仕事の一つです」

「じゃあいいけど。だってさ、メルセリーナ。ちゃんと食べないと、ぼく、怒るよ?」

「はい……」


 姉に叱られたのが効いたのか、メルセリーナ様はようやくその一言で食器に手をつけた。

 まあ、各自の指示はこんなものでいいだろう。

 俺は、俺自身の話を切り出すことにした。


「それと、従事長殿から伝えられたのですが。俺に、ルックンマルク侯爵家からの出頭命令が下りました。ですから、俺は食事を終えたらすぐにでも帝都へ向かいます」


 書類を脇に置いて、できるだけ小事のように言った俺はスープを口にした。あ、これマリー様が作ったヤツだわ。菓子職人のくせに舌が馬鹿だとよく叱られる俺でも、さすがにマリー様が手がけたものとユニカ家の調理師のものとでは違うことがわかる。

 あえて能天気なことを考え、日常的行動をする俺に対し、マリー様とメルセリーナ様が青ざめた顔を向けてきたが、気にしないことにする。

 だが、ソーニャ様は主人の様子がおかしいことに気づいた。


「どうしたの? マリー。私には今ヘルマートが言ったことは、帝国の中心的な街に行くってことくらいしか、わからない。どういう意味なの?」

「…………あの野郎、なんでぼくじゃなくてお兄ちゃんを狙ってくるんだよ!!」


 マリー様が席を立ち、感情に任せて怒鳴り散らすのを俺はあえて気にせず、イモ入りパンをもそもそ口にする。答える気は、とくに無い。

 ソーニャ様がマリー様の袖を引き「落ち着いて」の一言で着席させ直した。たまにこのお二人はどちらが主人かわからなくなる時がある。


「……何年前だったかな。お兄ちゃんが帝国からいなくなって、ぼくが家出するまでの間に、ぼくに決闘を申し込んできた、侯爵家がいたんだ。伯爵より格上だよ? もう決闘申し込み自体が、ユニカ家を愚弄している。格下が格上に挑むのは勇気ある行動で善戦すれば勝敗関係なく称賛されるけど、格上が格下に申し込むことは、断れば臆病者扱いされて、受ければ負けるしかない。だから、普通は、やらない」

「家同士に……軋轢を生じさせることに、なりますので」

「……マリー、その格上の人間を怒らせるようなことした?」


 ソーニャ様がいつも通り無表情に、しかし真実を的確に突いた。


「うん……。ぼくはルックンマルク侯爵家の分家や派閥に就いている伯爵家連中を、決闘でぶちのめしてきたし」

「負けた腹いせに闇討ちまでしてきた輩もいます」

「まぁそれもぼくが結局全部返り討ちにしたから、とうとうルックンマルク家自身が出てきちゃって。でも、ぼくは決闘に普通に勝っちゃってさ。弱かった」

「マリーより強い魔人っているの?」

「陛下には絶対敵わない」


 事実上いないと言っているも同然だ。

 ともあれ、格上が格下に喧嘩を自分から吹っかけておいて、惨敗したのだ。恥以外の何ものでもない。以降、ユニカ家はルックンマルク家から何かしら嫌がらせを受ける機会が多くなったのだという。

 帝国は他国に比べると貴族同士の結束は強く、争い事も起きにくいようになっているが、人間である以上こういったことは、当然起きるものだ。


「でも、なんでお兄ちゃんが出頭しなくちゃいけないんだ! お兄ちゃんは一応ラガーフォイア家の人間のはずなのに!」

「と、言っても夏の終わり頃からこっち、メルセリーナ様と一緒にあちこちの男爵家や子爵家を回って話し合いの場を設けて、喋っていたのはほとんど俺でしたからね。内政相談顧問という役職も、形の上では貰っています。そのうえユニカ家が色々な家を抱え込むよう交渉しているわけなので、俺を狙い撃ちされるのは当然じゃないかと」

「絶対違う! あいつら、お兄ちゃんがぼくの家庭教師で、実は生きていて、それで帝国中引っかき回したことが気に食わないから、ぼくへの当てつけのためだけに殺すつもりなんでしょ!? こんな卑劣な嫌がらせ、貴族のすることじゃない!」

「そうは申されましても、実際命令が下ったので。俺、行ってきますよ。ユニカ家には大変お世話になっていますので、ご迷惑をこれ以上おかけするわけにはいきません」

「お兄ちゃん、ぼくたちは言ったはずだよ。自分の命は大切にしろって。お兄ちゃんにはドロテアがいる、帰る場所がある。そんなの無視したっていいよ。お兄ちゃん、口は達者なんだからさ、何か上手い言い訳を考えて、なんとかしてよ」


 口が達者なのではなく、ハッタリをかまして煙に巻くのが俺のやり方である。そして、帝国では上下関係が絶対である以上、本来なら家名を名乗ることも許されない平人(ヒト)の俺に命令を断ることはできない。もう出頭するしかないのだ。

 ただ、目尻に涙を浮かべたマリー様に対して、俺はいつも通りの声色を意識して、たずねることにした。


「せっかく帝都まで行くので、何かみやげでも買ってきましょうか?」

「じゃあチョコレート」


 なんだか昨夜聞いたことのあるようなやりとりをなぞるように、ソーニャ様が即答した。

 俺は苦笑いして、マリー様とメルセリーナ様は呆けたような表情をされた。


「ソーニャ様。帝都と言えど、チョコレートは少々手に入り辛いので、別の何かでお願いします」


 俺とソーニャ様のやりとりで察したらしいマリー様は、袖で目元を拭って、掠れた声で話しかけてきた。


「じゃあお兄ちゃん、あとでメモ渡すから、それ全部買ってきて。……おつかいの一つもできないようなら、ぼくは、お兄ちゃんを、許さない」

「ええ、手ずからちゃんとマリーお嬢様にお渡しすることを約束します。……売り切れとかの場合は、ご容赦を」

「一つや二つなら許すよ。でも全部売り切れでしたなんて絶対に許さないから」

「ヘルマート様」


 メルセリーナ様も俺を見据えて、姉と正反対にはっきりとした声色で言い切った。


「今やヘルマート様は、暴走する帝国を抑える替えの効かない人材です。そして、何より。姉様の、そして私の師でもあります。貴方から学ぶことはまだ多い。……必ず、帰ってきてください」

「いやだな、ちょっとおつかいに行くだけのことですよ。大仰に過ぎますって。それにお二人にはもう俺が教わる側です。ドロテアさんはもうよくわかんない女性(ひと)ですけどね。お嬢様たちに揉まれたおかげで、ようやく俺もどうにか夫らしい態度が取れると――」


 言葉の途中で、ソーニャ様が投げつけてきたスプーンが額に当たった。

 ユニカ家家訓。家族が喋っている間は割り込まない。

 しかしこれは家族にのみ適用されるものであり、俺は部外者の客分なので、例外らしい。


「惚気るな。忙しいんだから、用事を終わらせて、早く帰ってきて」

「わかりましたよ」


 俺はそう言って、食事を摂ることに専念した。

 ……しかし、クラリッサにも、マリー様にも、ソーニャ様にすらも惚気るなとよく言われたが、俺は別にそういうつもりはいつだって無いのだが。

 結婚して一年以上も経つというのに、俺はドロテアさんとの距離感もあの女性(ひと)の性格も掴みきれず、頼りっぱなしで、挙句の果てに知らず死地をさまよわせていたもう夫失格のダメ男である。

 でもドロテアさんが俺に愛想を尽かさない限りは、俺はその誠意に応えたい。ドロテアさんの場合は誠意ではなく狂気の可能性も高いが、とにかくそれに付き合って、時には諌めることも必要なのだとソーニャ様を見て学んだ。


 でもさしあたっての問題は、マリー様の買い物リストだろう。帝都に行くのなんて初めてだから、絶対に面倒なことになるぞ。

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