表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第十二章 夜歩くプラネタリウム人間
85/93

第十二章 4:Good Night

 4


 月は満ちきらず、夜気は冷え、外は騒々しい。

 連邦王国首都マインステルはそんな夜を迎えていた。ジラルドが今いる王宮殿も例外ではない。


「いい夜だな、女王陛下殿」


 それでも、だからこそジラルドは宮殿の会議室から見える、壁が飴のように融けた大穴から見える夜空と月を見上げて、そう言った。

 実際のところ、もう笑うしかない夜だ。魔人ジラルドとしても、連邦王国の諸侯たちに彼らの頂点に立つ平人(ヒト)の子たる女王にしても、同じ意見だろう。

 だからこそ、ジラルドは今、本国である帝国からの指示無しの独断で、マリーの意志の下に集った魔法使い三人の護衛を引き連れて、王宮殿に乗り込み、事前連絡無しに女王との謁見を強行した。


「自己紹介をしようか。私は魔法帝国において魔王皇帝陛下より領地の管理権を頂いている、子爵アールベルク家の次期当主、ジラルド・アールベルク。魔人だ。熱量操作が得手の家系でな。入り口から廊下を渡ってここまで来るのが面倒だったので、ご覧の通り壁に()()()()()()()()()()()、直接入室させていただいた」


 魔力継承を完全に終えている子爵家跡継ぎのジラルドにとって、高熱を加えて岩や金属などを液体へと相転移させることは造作も無い。

 気流制御を大規模にして、複数人と共に飛行することもやはり、難しい話ではない。

 とくに今回連れて来た魔法使いの中には、鉱物干渉属性の者がいる。軽金属(アルミニウム)を魔法制御した翼で、ジラルドが気流制御によって揚力を得て飛翔する連携魔術もここ最近マリーに馬車馬のように働かされたせいで、ずいぶんと慣れてしまった。

 彼にはジラルドが空けた大穴を後で修繕してもらう予定だが、ともあれ今は話である。


「諸君たちは映像は見ていないかもしれんが、音声は聞こえたであろう? だからこそ、こうして会議を開いている。そう、我ら魔人の実態は平人(ヒト)であり、平人(ヒト)を食することで魔力継承を行い続けた一族なのだと、その事実を市井の者たちに暴露されたことを、如何様にするか、相談していたのであろう?」


 会議室に集っている、連邦王国の諸侯並びに女王も沈黙を保ち続けている。ただ、諸侯たちが呆気に取られた様子であるのに対し、ジラルドが真正面に見据える年経た女王は、君主たる威厳を崩さぬ泰然とした態度であった。下等人種たる平人(ヒト)であれど好ましい精神性である。


「お前たちのような、国家の上層部は我々の正体も魔力継承の真実も知っていたであろう。知った上でまこと信じていたかどうかは私の与りしれぬ所だが、残念ながら事実だ。かく言う私も十年ほど前に祖父母の血肉を二ヶ月ほどかけて平らげてな。おかげでこの魔力量だ。我が身、我が血はアールベルク家そのものであり、三百年前より謂れ無き迫害と耐え難き屈辱に追いやられた、偉大なる祖の系譜を受け継ぐ尊きものなのだ。おわかりいただけるかね?」


 掲げた手元の空気を暖めて、陽炎のように揺らめかせながらジラルドは一方的に話し続ける。


「そして、この連邦王国は嘆かわしくも再びこの現代でもってなお、我らが同胞であり主君家の長子たるマリー・リー・ユニカ様を殺めようとした。だが、マリー様は寛大でお優しい魔人だ。ピーソーク父子のみに咎があるとし、今朝方引き渡したことが何よりの証左だ。我々は連邦王国(お前たち)に怒り、呆れはすれども、慈悲の心をもって接してやろう。

 それを踏まえて、実際的な話をしよう。先ほどの魔力継承の実態について、国としての公式発表を決めていたのであろう? ならば、トンビなどという魔法具技師の悪質な悪戯(たわむれ)だと、根も葉もない出鱈目であると、そう言ってしまえ。真実を発表するより、そちらの方がよほど()()()だ。

 人間は不可解で剣呑な事実より、安全でわかりやすい虚妄(まやかし)を好む生き物だ。また出所不明な事実より、権力からの公表を信じる生き物でもある。未だに、マリー様が勝手にポール都で暴れたと信じている民たちも多いのがその証左だ」


 ジラルドはマリーが中継魔法を使う準備段階からずっと連邦王国に潜伏し続けていたため、彼女と家族(ペット)のソーニャの汚名は、全く晴れていないことをよく知っている。慌てふためているのはマリーの主張が真実だと知っている軍部やその関係者のみである。

 そのため、ピーソーク父子が捕縛され樹人(ジュト)に引き渡された件についても、王国の対応に不満の声が多いようである。民衆にとっては、ピーソーク父子は魔人に立ち向かった英雄なのだ。また息子のコーディ大尉が致死性肉体強化法式札を武装市民に配布し使用させたという情報が伏せられているのも大きいだろう。

 事実を虚言と妄言で糊塗した現実がある以上、さらにもう一層塗り重ねたところでどうということもない。


「そう、魔人は危険で恐るべき存在。アールベルク子爵がもしこの場にいる諸侯諸共に余までも焼き払えば、それは揺るがなき真実となり、王国は帝国に負けることはない」


 女王は毅然とした姿勢で、ジラルドを挑発してきた。

 ここで挑発に乗れば、女王の言った通り帝国は事実上王国との開戦を迎えることとなり、正義は王国側に傾くだろう。乗らねば魔人は取るに足らない存在だと風潮(アピール)できる。

 ジラルド個人としては命を賭けた君主たる態度には敬意を払いたいところだが、生憎祖国の存亡がかかっている問題であるのはお互い様だ。

 だから、悪魔の交渉を持ちかけることにした。


「そうだな。ところで女王よ? 連邦王国は多数植民地を抱えているが……合衆国が独立したように、どうも植民地経営が上手く行っていない土地が他にも多々あるようだな? 南方大陸では事実上鱗人(リト)が統治しているようなものであるし、ガンガーの商人どもに上手くやりこめられることも多い」

「何を言いたい?」

「いやな、お前たち平人(ヒト)吠人(バイト)の言う奴隷という概念がな、帝国には存在しない。圧力で屈させるわけではなく、与えて自主的に働かせているのだ。厳しい土地だからな。民も君主も運命共同体だ。

 さて、そんな帝国の我々魔人だが。お前たちさえ良ければ、植民地経営に手を貸してやってもいいぞ? 元々人間が住める土地なのだ。多少の魔法を使うだけですぐに利益を出してやろう。節減してやろう。民草どもの不満を抑えてやろう。連邦王国の庇護下にあって良かったと言わせてみせようではないか」

「…………」

「いやしかし貴国も大変だな。ピーソーク父子を英雄視する民もいれば、軍部に疑いを持つ者もいる。元々一枚岩では無いうえに、樹人(ジュト)は【森】を侵した落とし前を求めている。マリー様の演説を信じてくれた諸外国もある。

 ……私は別に、共和国や神聖皇国を始めとした他の列強国にもこの話を持っていってもいいわけなのだが、貴国に迷惑をかけたのは事実だからな。謝辞と言ってはなんだが、この提案を真っ先に打ち明けたのがこの場、この時であったのは、帝国からの誠意だと信じていただきたい」

「…………」

「それとだな。貴国の民の一員である樹人(ジュト)だがな。こちらとしても他種族の背中に隠れて【魔人殺しの矢】などというものを作って撃ってくるような連中は腹に据えかねている。おかげで私の尊敬する男の奥方が――ただの平人(ヒト)が死にかけてな。聞けば彼女はそもそもこの連邦王国の民らしいではないか。自国の民同士で傷つけ合うこの王国の現状――いやはや全く、本当に大変だな」


 周りにいる、一応同志ということになっている護衛の魔法使いたちがジラルドの言葉に唇を引きつらせ、そして諸侯たちに至っては苦虫を噛み潰したかのような表情となり、女王すらも忌々しそうに睨みつけてくる。

 この案は、ジラルドのものではない。クラリッサが主にまとめあげたものだ。


 あの小賢しい商人の娘は、魔人の魔力継承という慣例を止めたいらしい。ならば莫大な魔力が必要ではない土地に魔人を棲まわせてしまえばいいわけだ。

 魔人の力を欲している土地や人々など世界中にはいくらでもある。その理由は餓え、病、戦禍、強制労働、寒さに暑さなど、数え上げればきりが無い。

 ただ、勝手に他人の土地に上がりこんで支配してしまえば、それは侵略と同義である。そうならないため、帝国は今まで希望制の移民船団という形で民の略奪程度に抑えてきたのだ。

『もっと派手にやっちゃえばいいのよ。時と場合は選ぶけど』と、実に嬉しそうにクラリッサは言ってのけた。ジラルドは悪魔というのなら、クラリッサの方がよほど悪魔だと思っている。


「まぁ今すぐ返答は必要ない。私も忙しく、魔人は寛大で誇り高い種族だ。まずはあのトンビとかいう女の戯れを、お得意の情報操作で抑え込んでおけ。それでは、失礼を――」

「お前たち悪魔の祖先を、余らの祖先が根絶やしにできなかったことだけが悔やまれる」


 立席しようとしたジラルドに向かって、女王が苦々しく吐き捨てた。

 かつてのジラルドなら、この王宮殿を灰燼に帰すほどの言葉であった。

 惨き迫害に追われ、耐え切れぬ辱めを受け、居場所を求めて闇路をさまよい続けた偉大なる祖先たちを侮辱することは、ジラルドの内に流れる血と祖国全てを侮辱することであり、祖先たちの()()()()()()()()()()()という声なき声が聞こえるのだ。

 だがジラルドは脳内に構築した魔法式を物理世界に展開せず、頭に昇りかけた血を沈めた。


「己が強いと思っている者ほど、己より強い者に助けられるのは屈辱であろうな。だが残念だったな。悪魔というものは、直接退治できるものではない。常に人間の心を(そそのか)すモノだ。お前たちが我々魔人を悪魔と思い続ける限り、決して魔人も帝国も滅ぼせはしない」


 席を立ったジラルドは外套を翻し、平人(ヒト)どもを睨みつけた


「いいか、我々は、お前たちと同じ、人間だ。……お前たちがそれを認めない限り、我々とて魔力継承は止めたくても止められない。我々は互いに互いの心の中の悪魔に唆され続けているのだ」


 言い切って、ジラルドは自ら空けた穴から退出した。

 元々決めていた手筈通り、鉱物干渉属性の魔法によって融解した壁が元通りに戻されるのを確認した後、ジラルドは夜空を見上げる。

 仕事を終えた同志の一人が声を掛けて来る。


「子爵様、良いのですか。本国の許可も無しにあれほどの約束を、王国の女王相手に勝手に取り付けるなど……」

「事後承諾でもなんでも、許可が下りねば帝国もそこまでというだけの話だ。まぁ少なくともマリー様は面白がって了承するだろう」

「ああ……確かに」


 実際のところ、伯爵家が許可したところでジラルドが取りつけた交渉は帝国全体で見れば許されるものではない独断行動である。

 しかし、この夜空の彼方にある帝国でも、魔力継承の実態が暴かれてしまったことを、もうジラルドたちは向こうにいる光学操作魔法使いの光信号によって、承知している。

 かくなるうえは、魔力継承の儀を――平人(ヒト)平人(ヒト)を食べるという、生きていくうえでは避けられぬ業を捨てることができる居場所を、手段を、探さなければいけない。


 帝国本土では、連邦王国のように民草相手に誤魔化しは効かない。魔人の恩恵を日々受けて生きているからこそ、その異常さを肌で民たちは感じ取っているからだ。

 何より、魔人自身が民草から向けられていた崇敬の目が恐れと蔑みの目に変わることに耐えきれるとは思えない。ジラルド自身とて、平常心を保てるとは思えない。

 だが、そんなものに負けない者たちをジラルドは知っている。


「頼むぞ、クラリッサ。ヘルマート殿。私もここで、私なりの最善を尽くしてみせる」


 己の弱さに向き合いながら、決して歩みを止めない、ジラルドが心から尊敬する二人ならば、きっと、上手くやってくれているはずだ。

 月は半端で、人々は騒がしく、星々は霧で見え辛い。

 そんな夜でも、ジラルドはいい夜だと言ってみせる。

 今夜を境に、帝国と世界が変わる夜だからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ