第十二章 3:ゴシップ
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ヒリアス・ラガーフォイアは不機嫌だった。
思い返せばこの所凶報と嘲笑と失笑ばかりの毎日だった気がするが、今日の凶報は、死んでいたと思っていた愚弟がこの秋の初め頃に帰って来た時を軽く上回るものだった。
いつものように領地の視察をしていたところ『魔人が平人を屠殺調理する』光景が、光学魔法で以って再生される現場に出くわした。
村の代表との話し合いどころではなくなり、映像の内容に驚愕、硬直、混乱する領民どもを見て、ヒリアスの胃が痛んだ。この胃痛は寄生干渉魔法で治癒しようにも、原因は精神性のものらしく付き合っていかねばならないものだという。魔法とはかくも万能ではない。
気絶したり、家の中に閉じこもる民草どももいるが、中には縋りつくような、畏れるような、いわく形容し難い視線をヒリアスは領民たちから浴びた。
ため息をつく。
「今の映像を見て、気分が悪くなった者、気を失った者などがいるようだな。余裕がある者は弱った者たちの介抱をしてやれ。全く、趣味が悪いことをする。樹人のトルテファーミか。お前などに構ってやる暇などあるものか」
「ご、ご領主様……今の、その……」
気流制御魔法で村中に響き渡るよう調整したヒリアスの言葉で動き出した者もいれば、相変わらず怯えたような気味の悪いモノでも見るかのような目で、動かぬ者もいる。
そして、今まで話していた村の代表である男もまた、困惑と恐怖の混じった声で問いかけてきた。
ヒリアスは、少し考えた。
他の子爵より領内の視察をする機会を、ヒリアスは多く設けている。他家との繋がりを保ち、仕えるユニカ伯地領全体の平定のためにも当然働いているが、下等人種どもは目を離すとすぐに何かしら問題を生じさせる生き物だ。
この目でしっかりと監視してやらねば、すぐに怠けたり些細なことで諍いを起こしたり、驚くほどつまらない理由で死んだりする。
領民とはかくも手のかかる家畜だ。だが、ヒリアスの内心はともかくとして、領民どもは下等人種故か、自分に大層懐いているようだ。うっとうしい。
うっとうしいが、魔人として貴族として領主として成すべきことは成さねばならないうえで、好都合ではあった。
「事実だ。我ら魔人が今まで召し抱えた者どもの大半は、我らの食卓に上らせるために選んだ者たちだ。光栄に思うが良い」
「光栄……光栄、ですと?」
「この事実を黙秘していたことについての咎は認めよう。だがな、我らが帝国は移民が多い。この慣習を知らしめたのなら、移民どもに誤解を与えるだろう。我ら魔人が好き好んでお前たち平人を食しているわけではないと、今も言っておっただろう? なんなら再生するか?
平定を保つためには、お前たちを騙し黙るしかなかったのだ。それが誇り高き魔人のやる所業であるかと謗るのであれば、お前たちの方にこそ理がある。本来なら合意の下で行われるべきことであるからな。
この極北の帝国は厳しい大地だ。我ら平人の業を越えし魔人の魔法無しで生きてはいけぬ。少なくとも、我がラガーフォイア家の食卓に上った平人には生前の内にその了承を取ってから、苦痛なく屠ることを厳守している」
淀みなく言い切ったヒリアスは村中に聞こえるよう、今の言葉を気流制御魔法で響き渡らせた。自分でも嫌になるほど、自然風の影響で気流調整が上手くいかない。愚弟は魔力量こそ平人並みのくせに、同じことをやらせればおそらくどの魔人よりも上手い。つくづく腹の立つ男だ。
「ご領主様……わ、私の、私の娘は、それならば」
中年女がたどたどく話しかけてきた。ヒリアスはすぐにはっきりと返答する。
「サリーか。うむ。我が家の魔力の糧となった。母親のお前には礼を言おう。感謝する」
「あの……娘は」
「真実を打ち明けると怖れたな。ほとんどの者がそうだ。黙秘することを誓うのであれば、お前たちの下に帰してやっても良いと言ったのだがな。サリーはそうではなかった。誇れ。お前の娘はこの帝国を支えるための柱となること選んだ気高き平人であった」
女は泣き崩れた。よく泣く女だ。娘が選ばれた時も、送り出す時も泣いていた。そういう生き物なのだろう。
ヒリアスは手を叩き、頭の片隅に覚えている男の名前を呼んだ。
「ガシー、いるか? 後の説明はお前に任せる。私は他の様子も見にいかねばならない――少なくとも、私が当主となってから召し抱えた者どものいる村には直ぐに向かわねばならない。意味はわかるな?」
ガシーは召し抱えたものの、真実を打ち明けた後に黙秘を貫くと誓ったのでこの村に帰らせた男だ。
魔人直々の公表や、先ほどのような生々しい録画映像付きであれば魔人が平人を食べる慣習を持つ種族だと信じる者も出てくるだろう。
だが、せっかく貴族邸に召し抱えられたというのに村に帰ってきた変わり者の世迷言など、相手にされぬことがわかっている。だからヒリアスは、黙秘の誓いを立てた者は大人しく家に帰らせてきた。しかし名前は忘れていない。
「我がラガーフォイア家を、この私、ヒリアス・ラガーフォイアを糾弾したい者は後に手紙を送るなりうちに来るが良い。だが今は無理だ。私は私の責任は負う。それが魔人だ。お前たち以外にも事情説明をしにいかねばならぬ者が少なからずいるためだ」
ガシーの返答を待たず、ヒリアスは気流制御魔法を展開して飛翔した。今は一刻一秒でも時間が惜しい。そして自分の魔法の拙さと領地の広さと事情説明に要する時間を考慮すると、今晩の内に家には帰ることができないかもしれない。
ホルムとハイダが無事であることを願いつつ、しかし、息子と息女と家と祖国を守るために、今ヒリアスは動かなければいけない。
全く災難極まりない一日だ。そしてこれ以上に最悪に多忙な日々が待っているであろうが、あの頼りないホルムが領主となってからではなく、自分の代でこのような事態になったことは、喜ぶべきところではあった。
『だからさぁ、もうツェズリ島では「魔人は平人を食べる種族でーす」ってぼくが直々に言っちゃったよ』
日が暮れ夜の帳が下りた頃、ラジオに魔法式が走ったかと思うとマリー様の能天気で甘ったるい声色が響き渡り、俺は頭を抱えた。
隣ではソーニャ様が主人の声が聞けたというだけで喜ばしいのか、事態の重大さを理解していないのか、ちょっと微笑んでいたりする。マリー様どれだけこの娘を甘やかしているんだよ。
「ちょっとぉドロテアさん!? 暴露してもいいとは言いましたが、マリー様ご本人が言うとか聞いてませんよ!?」
『マリーちゃんがこの前みたいに中継魔法を使って、ツェズリ都で都議長の立場として公表しちゃうのはわたし一人では止められませんでした。そもそも、こっちでは既に時限発動式の魔法具が設置されていたらしくて、トンビさんの暴露はもう帝国での暴露とほぼ同時に行われていました。録音声内容が違うくらいですね』
「……まぁ、トンビさんの本拠地はそっちでしたからね。そりゃ当然ですよね」
ドロテアさんはおそらく、言うまでもないことであり、言ってもあまり意味が無く現場判断でなんとかしようとしていたのだろう。
だが、クラリッサを送ったはずのマリー様が寄り道をするなど予想外である。
どうしたものか、そもそもどうなっているのか焦る俺に対し、ドロテアさんものんびりとした声色で状況の説明を続けてくれた。
『あなた、心配いりませんよ。トンビさんの暴露魔法も、マリーちゃんの中継魔法も、あんまりどちらもまともに相手されてないんです』
「…………あー。うん、まぁ、そうですよねぇ」
『何せマリーちゃんが連邦王国に対して行った中継魔法は、六日ほど前のことですからねー。アレはマリーちゃんがものすごく怒っているので皆さん焦ったみたいでしたけど、トンビさんの暴露した映像は過激すぎてかえって現実味が無いというか。この島では迷宮という特殊で苛酷な環境に慣れた方々も多く、その……経験者もいますし。真に受けないか、魔人に対してアレコレ言えない方ばかりで、概ね平和です』
この所、長い間沈黙を保ってきた謎の魔法帝国に棲まう魔人絡みの情報が、あの島では短い期間で溢れすぎたのだ。ようするに住民たちは慣れてしまったのである。
元々あの島は色々と異常な遺跡が盛り沢山で、嘘か真かわからない話がいつだってどこにでも転がっている。端的に言ってしまえば、魔人の話は、飽きられてしまったのだ。
『それよりねー! ぼく自分で言うのもなんだけど目立つし体型良くて可愛いからね! 中継魔法している間、生で見せろーとか、マリー都議長ふわもこーとか言われちゃって、もうぼくの話みんな全然聞いてないんだよ! たべられたーいとか聞こえた時は正直ぼくも大混乱だったよ!』
すんげぇ嬉しそうに言うなぁマリー様。あ、ソーニャ様が拳を握り締めて静電気をばちばちさせている。
『トンビさんは元々この島で腕は良いかわりに人格は最悪だって評判でしたし、そこにさらに冗談みたいに迷宮をあっさり踏破して都議長になっちゃった美少女マリーちゃんが、二人揃って冗談みたいなことを魔法で言ってのけちゃったわけですから。真に受けた方の方が、笑われてしまっています』
「そんなことはどうでもいい。マリー、いつ帰って来るの?」
割と真剣に帝国の存亡がかかっている話のはずなのだが、もうソーニャ様にとってそんなこと扱いになってしまっているようだ。ツェズリ島は平和でいいな。
『すぐ帰るよ! でもおみやげとか欲しかったら今言ってね!』
「じゃあチョコレート」
『いいねー! 帝国じゃまだカカオの栽培が上手く行ってないからみんなにいいおみやげになるよ! じゃ、ぼくはお買い物済ませたらすぐ帰るから! その間、ドロテアとテキトーに小難しい話は済ませといて! あ、お兄ちゃんにはドロテアから特別なプレゼントがあるんだって!』
マリー様自由だなぁ。そうするのが一番安全だってドロテアさんが言っていた通りではあるのだが、事態を忘れていないだろうな?
ともあれ、俺はドロテアさんと話を進める。特別な贈り物とやらのことは、ドロテアさんが言及しなかった以上はあえて聞かないことにする。
「グラームの奴は?」
『魔法動力船で帝国へ向かうつもりなので、まだこちらにいます。ついでに、わたしも相乗りするつもりですよ? あなたと久しぶりに顔を合わせたいですからね』
「……そっちはまぁ、もう放っておいても大丈夫そうですしね。あと、こっちからも報告です。連邦王国にトンビさんは到着したようで、首都のマインステルで魔力継承の暴露をしたそうです。ただ、現状報告された情報はそれだけです」
グリッター元准尉に限らず、マリー様に付いて連邦王国に残ることにした光学魔法使いは少なからずいる。連中の光信号を送る魔法によって、帝国にいながらにして状況を大まかに判ずることは可能なのだ。
ドロテアさんの声が真剣味を帯びる。
『連邦王国でのマリーちゃんの印象は良くありませんから、こちらのようにはいかないはずですね』
「全くです。それに、トンビさんの移動速度はマリーお嬢様ほどではありませんが異常です。色々魔法具を手がけてきた方ですが、とくに得意としていたのは飛行用魔法具ですからね」
『でも逆に言えば、この時間差はトンビさんといえど、やはり基本的には魔法具を現地で撒いて直接魔力を込めて起動させなければいけないと推測できます。この島に置いていたのは、わたしの目から見ても特別製でしたので例外ですね』
「ドロテアさんの見立てなら信用できますね。それでは、ヘルマートからは以上です。良い船旅を」
『はいあなた。無茶はしないでくださいね?』
俺たちの会話が終わるのを待っていたらしく、ソーニャ様が俺の服の袖をぐいぐいと引っ張った。
「なんでしょう?」
「……トンビ、放っておいていいの? 私が思っていたよりずっと速い」
「大丈夫だロウ」
ずっと床に座りっ放しのギィジャルガの言葉に俺も頷く。
「俺たちはトンビさんに構っている余裕は無いんですよ。もう放っておきましょう、あんなの」
「あんなの」
「あんなのです。クラリッサも実家に帰りましたし、今のツェズリ島の様子を聞いて確信しました。もうトンビさんは好き勝手飛ばせておけばいい」




