第十一章 終:少女王国の崩壊
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『それじゃあ、ここ六日間で起こったことをまとめますね。
マリーちゃんがツェズリ島の代表者として連邦王国の主要都市に中継魔法を使って一方的な伝達を開始。ポール都での惨劇は正当防衛の結果だと主張して自分たちを殺害しようとしたピーソーク父子を糾弾。連邦王国本土への兵器、武器類の輸出を止めることを要求、連邦王国に在住している魔法使いの保護を約束しちゃいました。
即日マリーちゃんは連邦王国首都マインステルの魔法使いたちを保護して五日間の船旅で帝国へと送り、一晩お休み。
この間、ピーソーク父子は連邦王国本土で独断暴走。キリール中佐は元部下で光学通信魔法でマリーちゃんたちの活動の情報交換の要となっていたミシェル・グリッターさんを捕縛するため追跡。
キリール中佐の息子であるコーディ大尉は、ポール都を襲撃してマリーちゃんたちに恨みを持って戦うことを望んだ一般市民だけを残し、他の市民を街から追い払いました。連邦王国軍は自国の都市と民に銃を向けるわけにもいかず、コーディ大尉への投降を呼びかけていましたが要請は通りませんでした。
結果、マリーちゃんたちがコーディ大尉に投降を要求、これもやはり通らず交戦しマリーちゃんはコーディ大尉を捕縛。連邦王国軍に引渡し、いったんツェズリ島へと向かい、わたしことドロテアの一時議長代理を解き、そのまま臨時都議員に任命されちゃいました。大迷惑ですけれど仕方ないですね。
連邦王国からの公式発表ですが、ピーソーク父子は現在樹人の【森】で拘束しているようです。樹人はコーディ大尉に森を襲撃されて【矢】を数本強奪されたため怒り心頭しているようで、連邦王国軍は樹人の怒りを鎮めるための生贄としてピーソーク父子を差し出した形です。樹人なら自決魔法も封じて尋問する必要なく自白させることも可能ですからね。結果的にはいい判断だと思います。
協力してくださっている光学魔法使いたちからの報告ですが、どうやら他の列強国はポール都が共和国に近いという立地もあって、マリーちゃんたちとコーディ大尉との交戦を魔法で観測していたらしく、中にはマインステル鎮圧の一部始終も見ていた方もいるようです。
結果、帝国の魔人がどれだけ高度な戦闘能力を持っているか、同時にやろうと思えば皆殺しにして鎮圧できるのにやらなかった……つまり手心を加えられるだけの余裕があることを確認し、各国の開戦強硬派は既存の対帝国戦計画の見直しを迫られている最中です。
以上、ツェズリ都都議庁からドロテアの報告でした。あなた、あまり気負いすぎないようにしてくださいね?』
真面目な報告内容の随所に私的な感想を入れるドロテアは、最後の最後に完全な私情で報告を締めた。
ラジオを媒介にしたぼくの寄生干渉と電気操作の併用通信魔法によって、帝国本土のユニカ邸にいながらにして、ツェズリ島に置いてきたままのドロテアとの情報共有はできる。あの女はこの六日間でぼくが預けた権限を使ってかなり暴れたらしく、もうそのまま政治家としてしばらくあの島の監視をしてもらうことにした。
ユニカ邸の食堂には、父上と母上にメルセリーナ、お兄ちゃんにクラリッサとギィジャルガに――名前忘れた――吠人の従者がいて、お茶とお茶菓子、そしてラジオが二台テーブルに乗っている状況である。もちろん、ぼくの隣にはソーニャがいる。
ぼくは連邦王国で学んで帝国にある材料で焼いてみたスコーンをちぎってジャムを塗り、ソーニャの口に運びながら口を開いた。
「と、いうわけでいい加減ぼく休んでいいかな? 情報共有のための通信魔法くらいなら使うけど、もう戦闘も船旅も飽き飽きだ。こうしてお茶している時間の方がよほど有意義だよ」
「はいはいお疲れ様。ともかく、各国の開戦強硬派の動きを止められたことと、在野の魔法使いの一部を列強国から削って、帝国に抱え込めたのは大きいわ。あとはわたし、セッテフィウミ海運をはじめとした貿易商や外交官の仕事ね。交易で帝国と世界のドアを開いて、なし崩し的に開戦させないようにする」
クラリッサはそう言ってから、スコーンを口にして「やっぱりあんまりこれ好きじゃないわ」とぼやいた。ぼくはたっぷりクリームやジャムを載せて濃い目に入れたお茶と一緒に食べると結構好きなんだけど、神聖皇国生まれのクラリッサのお気に召すものではないらしい。
お兄ちゃんは何やらラジオに顔を突っつき合わせてドロテアと私的な惚気話をしていたみたいだけれど、クラリッサの発言が終わるや否や襟を正して真面目な表情になる。
「帝国本土でも、今朝方ポール都でマリーお嬢様が行われた戦闘は多くの魔人たちが観戦していました。俺とメルセリーナ様が前々から【魔人殺しの矢】の脅威を説いていたことや……あの法式札と併用した運用方法を見て、各家々が開戦することに対し考え直しをしてくれている最中のようです。まぁ逆に『あんな馬鹿なことをしでかす下等人種はやはり管理支配すべきだ』と強行発言をしている家も少なくないのですが、そういう連中は伯爵以上の一部ですね。現場の前線に出される子爵家以下は『無駄死に御免』『マリーお嬢様とソーニャ様の奮戦に感謝』という伝達が次々届いている最中ですね」
「知ってる。でも感謝してくれるなら今はそっとしておいてほしい」
実際に伝令をユニカ邸に飛ばしてきた家々も少なくないので、彼らは客室で待たせている。観測魔法で家々の伝令同士のやりとりも実は盗み聞きしている。どこのお家も下っ端や出来損ないは結構苦労しているようだ。面倒くさいけど後で連中には労いの言葉くらいかけてやらなければかわいそうだろう。
黙ってお茶とスコーンを味わっていたメルセリーナが、カップをお皿の上に置いて発言する。
「ともあれ、帝国の悲願であった世界に対する侵攻支配は、帝国と世界両者共に、互いの戦力が予想を上回っているために実際に行えば未曾有の被害が出ることを互いに認識できました。ヘルマート様の『開戦即ち亡国』論は帝国のみならず他の国々も同じ論調になりつつあるようですね」
「なーんとかこーにか、わたしとギィとジラルドが目指した落とし所に近いとこまでやっと漕ぎ着けられたわね。共犯者の皆様には感謝を致しますわ」
「そーなんだよねー。結局、この落とし所って、一番お金儲けって形で得するのクラリッサんちなんだよね」
さすが商人の娘だ。ぼくたち貴族と違ってちゃっかりしている。
ところがお兄ちゃんは、ぼくがまだ幼い頃に家庭教師をしていた時と同じ厳しい表情をした。
「そんなに簡単な話ではありませんよ、マリーお嬢様。セッテフィウミ海運のみがあまりに利益を得すぎると、それはそれでやっかみや危惧などをきっかけに、ややこしいことになります。クラリッサ嬢はそのあたりを弁えて計画を練っていらっしゃるようですが、セッテフィウミ海運単独でどうにかできる問題ではありません。貿易、外交をする帝国側もそれを配慮して取引せねばなりません」
「めんどーくさーい」
「マリーにそのあたりは期待なんかしてないからいいわ。まぁとにかく、やることはまだまだたくさんあるけれど、これで一区切り――」
『じゃ、ありませんよ』
沈黙していたラジオから、ドロテアの声が割って入ってきた。
『これは別件で、不確定で、何が起こるかわからないので、お話し合いが終わってから切り出すことにしたのですが。
この会議の場では知らない方もいるでしょうが、トンビと名乗る恐ろしい魔法具技師が、野放しになっています。彼女の工房はもう空っぽで、彼女自身も何処に行ったのかわからず終い。
ヘルマートさんやマリーちゃんにソーニャちゃんなら、わたしの言いたいことが理解してもらえると思います。
トンビさんは、人間の可能性を見たいとおっしゃっていました。このマリーちゃんが動いていた六日間は、おそらく、彼女にとって実験観察対象に過ぎなかっただけかと思われます。
絶対に、何か彼女はやらかします。……それがわかっていて、捕縛も殺害もできなかったわたしを責めるなら、責めてください』
正に、言われた通り、ぼくと、ソーニャと、お兄ちゃんの間だけ重苦しい沈黙が降りた。他の面々はそんなぼくたちを見て、事態を把握していないための困惑の沈黙である。
真っ先に口を開いたのは、やっぱりお兄ちゃんだった。
「ドロテアさんらしくもないですね。そういう台詞は俺の領分です。むしろ不安材料を無駄に増やさず、トンビ女史の性格をよく読んで今明かしてくれたことに俺は感謝しています」
「お兄ちゃんたち、油断でも隙でもあったら惚気るのやめてくれないかな? で、何? もしあの気狂い女が動いたらぼくが殺せばいいわけ?」
「マリーはやめた方がいい。トンビと相性が悪い」
『わたしもソーニャちゃんに同感です』
ぼくは言い返そうとしたけれど、未知の手段でぼくの寄生干渉支配に対して逆侵入してきたトンビの底知れなさを思い出して、口ごもった。
そうしている間にソーニャとドロテアが畳み掛けてくる。
「マリーは、たぶんマリー自身が思っている以上に心の痛い所を突かれるのが苦手。トンビはそういう所、もう見抜いている」
『マリーちゃんのそういうところは、貴族として美徳だと思います。でも、なりふり構わない殺し合いになってしまえば、逆に弱点になります』
「……今朝、もうそれは思い知ったよ」
ぼくは、法式札で暴走した人々を殺しても良かった。いや、むしろ殺してあげる方が身体が自壊する苦痛を終わらせるので楽だったかもしれない。
けれど、ぼくはどうにも無辜の民草たちを殺すことができなくなってしまったようだ。昔は面倒くさいと思ったら害虫を殺すのと似た感覚で手に掛けることができたけれど、家出して、ソーニャと出会って、そして力無きごく普通の人々こそがぼくとソーニャの望む夢を作って支えてくれる人々だと気づいてしまったからだ。
「マリーとソーニャは自分の持つ力に振り回されている。友人としては、もうこれ以上乱暴事に関わるのは止してもらいたいわ」
「私は貴女の友人になったつもりはないんだけど」
クラリッサの忠言に、ソーニャは冷たい声を返した。
その様子を苦笑いして見ていたお兄ちゃんは、肩をすくめる。
「ドロテアさんの報告は、もう事態が起きた時に恐慌状態にならないためのモノと割り切りましょう。正直言って、トンビ女史が何処にいて何をどこまでできるのか、全くわからない以上は後手後手に回るしかない」
「ううん。ドロテア。グラームとは連絡取れる?」
あ、その手があったか。
ソーニャの一言でドロテアも事態を察したらしい。
『わかりました。グラーム君は帝国行きの船に乗ってもらいます』
「じゃあそれで――」
『話が決まったようですので、わたくしも動いてもよろしいですわね?』
話題の中心人物である女――トンビの声が、ラジオから流れてきた。
その日、帝国の集落や村々に光学投影魔法【鏡影】による映像と、未知の録音声再生魔法を同時行使する自律型魔法具が一斉に起動した。
それらの内容全ては同一であり、以下のようなものであった。
『えー、帝国にお住まいの勤勉なる皆様に、皆様が尊敬と畏怖の意を以って仕える魔人という種族についてお話したいと思います』
中継魔法の映像は、そこで裸体の平人が厨房の調理台らしき場所にうつ伏せで寝かされている風景を映し出す。
その平人に、鋭く研いだ鉈のような斧のような大きな刃を手にした、調理師服に身を包んだ角持つ人間――魔人が近づき、目を閉じて天を仰ぎ、何かを呟くような仕草をした。
なんらかの儀礼をしている間、平人は目を覚まさず――そして、魔人は平人の首に刃を振り下ろし、床に用意されていた桶のような器に平人の頭部と血が落ちて行く。
この時点で、気を失う、あるいは映像から目を背け耳を塞ぐ民たちも少なくなかったと報告されている。
『ご覧の通り、あなた方民たちから魔人に召し抱えられる者の末路は、このようなものとなっております。ですが魔人はただ殺したいがためにあなた方を治めているわけではありません』
映像の続きは、絶命した平人の解体作業であった。
内臓を取り分け、各部位ごとに切断し、しかるべき処置を施す。
牛、豚、鶏などの屠殺と解体と精肉処理に携わる者も多く――その時点でこの映像の意図はもう理解されていた。
それ故か、それに続く調理風景や、すっかり完全に立派な料理と成った――ソレが皿に盛り付けられ、魔人に供され、口にする姿を遠見する映像まで直視できた者は、少なかったという。
ともあれ、そのような映像と共に録音声はこのような解説をした。
『えー。誤解なきようお伝えしたいのですが、この行いはあなた方の暮らしを支えるために必要な犠牲なのです。
言うまでも無く、この帝国の地は太陽の動きすら狂う極北の、本来なら極寒たるあまりにも厳しい土地。その土地を豊かに暮らしやすいよう整えてくれていらっしゃるのは、あなた方を統べる魔人です。
魔人がそれだけの大規模な魔法を恒常的に維持し続けるためには、高い魔力が必要なのです。それこそ、あなた方民草の魔力量一人一人で換算すれば、何億何十億という数値が全体量として必要となるのです。
そして、残念ながら映像にとらえることはできませんでしたが、魔人は魔人を食べることこそがもっとも重要な魔力維持の手段となっているのです。
あなた方は疑問に思われたことはありませんでしょうか? 領主の跡継ぎが生まれたあと、しばらくして先代の領主が姿を見せなくなることに。
あれは跡継ぎが、先代領主――本人たちから見れば祖父母を殺し、その骨肉を平らげてしまったからなのです。
魔人はこのように魔力継承という儀を経て、高い魔力を生まれながらに持った――あなた方と同じ平人です。もはや平人という区分に入れてよいのかわからぬほどの魔力量であることは、あなた方帝国民がもっとも実感しているかもしれませんが』
解説する女の声は、最後にこう告げた。
『この映像音声再生用魔法具――ネズミの姿にしましたが魔法具ですわ――は、各集落や村の目立つ所に移動するよう設定しています。どのように扱うかは皆様次第で、魔力を補充すれば何度でも再生可能にしております。
最後に、魔人の方々に対してもご連絡を。
わたくしはこの魔力継承の実態解説と映像を、たった今から世界各国の主要都市にばら撒くつもりですわ。
止めたいのなら止めてご覧あそばせ。
わたくしは樹人の魔法具技師トルテファーミ。通称トンビ。
あらゆる人間の可能性を、わたくしに見せてくださいませ』
今回のサブタイトルは「筋肉少女帯」の「月光蟲」に収録されている「少女王国の崩壊」から借用させていただきました。
https://www.youtube.com/watch?v=M11zBQCQBvo




