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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第十一章 贖罪の羊と魔女
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第十一章 8:命の弾

 8


 塹壕コートの男は残っていた片腕から法式札を取り出し、魔力を込めようとして――嫌な予感がしたぼくはすぐさまその腕を切断した。

 だが、魔法式は男の身体の全方位無作為に展開された。

 ――陽動(ハッタリ)だ! 引っかかっちゃった!


「お前、よりによって、この機に――」

「だから面白いンじゃねェか!!」


 コーディは肉体強化魔法を使えるのか、慌てた様子で高く跳躍し、手近な建物の屋上に鉱物干渉属性魔法で伸びた鉤爪状に変化させた銃剣を引っ掛け、三次元移動した。

 一方でぼくは、寄生干渉魔法で支配しているはずの人間たちの脳内に、全く別の魔法式が流れ込み出したのに気づいた。

 その構成式内容に怖気が走り、止めようとしたが、遅かった。そもそも魔法式が走った時点で、いや、お兄ちゃんが『皆殺しを覚悟しろ』と言ったのに誰も死なせまいとした時点で、()()()()()()()()()()()()()


 寄生干渉魔法による肉体支配で昏倒させたはずの人々まで四肢に力を込め、涎を垂らし、口から蒸気のような白い呼気を漏らして、それぞれにぼくやコーディ、建物の屋上から屋上へと移動しているソーニャを、眼球に捉えた。

 真正面から、平人(ヒト)の若い青年が手にした角材でぼくを殴りつけようとしてきた。左腕を壁状に構造変化させて押し返そうとしたけれど、彼は自分の肉体が吹き飛ぶのも構わずにぼくの腕に組み付き、理性を失った獣のように顎を開き、噛み付いてきた。

 後ろからも、横からも、いやそういった人々を踏みしめ跳び越えてまで、何十人もの平人(ヒト)吠人(バイト)の市民たちが、めいめいに粗末な武器を手にしてぼくに殺到してくる。


 熱量操作魔法でぼくの周囲の温度を極低温にまで一気に引き下げた。路面や壁に霜が走り、人々の動きが鈍る、が、止まらない。

 関節が凍りつき、靴裏が路面と凍結しているにも関わらず、手足を引きちぎってまで彼らはぼくに向かって文字通りの肉弾攻撃を仕掛けてきた。


「コーディ! 貴様ァッ! 守るべき民草たちに()()()()()を配ったんだ!!」


 腕を振り回して市民たちを薙ぎ払い、髪の毛を翼状にして気流制御魔法を併用して飛翔したぼくはコーディに感情任せに叫び散らした。

 【魔人殺しの矢】を受けたばかりのドロテアが、喜びながら危惧するという発狂状態で解説した狂気の発想が、今、ぼくの目の前で想定以上の最悪さで現実となっていた。


 肉体強化魔法は潜在的に誰でも使える。

 そして、法式札は誰にでも魔法が使えるようになる魔法具である。

 ただ、個々人によって肉体の構造は違う。脳に至っては大変複雑で繊細、はっきり言って治癒と浄化こそを本領とするユニカ家で医療寄生干渉魔法を学んできたぼくでも、弄るのは避けたい器官だ。

 そんなうっかりすると取り返しのつかない肉体と脳に、無造作に、乱雑で、しかし確実に効果を及ぼす肉体強化魔法を法式札を使って流し、誰でも超人的な身体能力を発揮できるという発想。

 もちろんそんなことをすれば、絶対不可避の死が待っていることが確実だということを百も承知で、人間の命を使い捨ての弾丸として扱う狂気の発想。

 市民たちは、その法式札を、おそらくドロテアがやはり発案していたように戦闘前からもう口内に仕込んでおり、その発動を塹壕コートの男が行ったのだ。


「人間の生命(いのち)をなんだと思っている! 屍を積み上げて殺して一体何がどうな――」


 ばぢぃっ! と低電圧の放電を受けて、ぼくの飛行魔法が一瞬途切れて下降した。

 頭上、髪の毛を掠って何かが通り過ぎていった。激情で観測魔法を展開していても注意を向けていなかったのか、コーディが屋上へと群がってくる市民たちから逃げながら、何かを投げつけたような姿勢でいるのを確認して、頭が冷えた。


「マリー。落ち着いて」

「ソーニャ、ありがとう」


 いつの間にかぼくの傍の屋上にまで移動していたソーニャが、低出力に設定した【閃雷(センライ)】をぼくめがけて撃ち、コーディが投げたのであろう【矢】を避けさせてくれたのだ。

 オマケに低出力に設定したおかげか、かなりの広範囲に【閃雷(センライ)】は放たれており、避雷針にかなり誘導されたものの飛翔するぼくを捕まえようと跳躍してきた市民たちも、感電して痺れ、少しの間動けなくなっていたらしく、全員がふらついた姿勢で起き上がろうとしている。


 だが、肉体限界を無理矢理突破し、脳に過負荷をかけた彼らの中には、もう一度起き上がるということができずに、そのまま倒れる者たちも少なくなかった。

 それでも立ち上がったり、そもそも放電を受けなかった者たちはめいめい勝手に、ぼくやソーニャ、そしてコーディへと殺意を剥き出しにして、筋繊維を断裂させ自らの骨を砕き鼻や口に目からも血を流しながら、襲い掛かってくる。

 もう、どうやっても助からない人々だ。


「親父の仇だァッ!」


 吠人(バイト)の少年が、血を吐きながらソーニャに向かって腰だめに構えた小さなナイフを突き刺そうとする。

 ぼくは自分の元にやってくる人々を構造変化させて巨大化した腕で押し退けながら、ソーニャを守るためにもう片方の腕を伸ばそうとして、ソーニャが視線に魔法式を乗せて吠人(バイト)の少年を睨むのが、視えた。

 突然、少年は腕を上げて直立し、だが勢い余ってそのままソーニャの足下に転がる。


「そう。私が貴方のお父さんを殺した」

「親父は鼻の利く果物屋だったんだ! 愛想良くて、商売仲間からも、観光客から……も……」


 ソーニャへの恨み言も半ばに、少年の命は尽きた。

 ……怒るな、マリー・リー・ユニカ。

 銃剣で市民を突き倒して斬り払い、鉱物干渉属性で煉瓦やコンクリートを盾にして身を守るコーディも。

 極低温化魔法で動きを鈍らせた人々を腕で薙ぎ払うぼくも。

 近づく者たちを全て直立不動にさせて次から次へと周囲に転がしていくソーニャも。

 コーディの部下であったろう兵隊が原型を留めぬ肉塊になるまで叩き潰されている様も。

 全て眺めて嘲弄の大笑いを上げているのは、隻腕になった塹壕コートの男だった。


「嗚呼! いいことするってのァ気持ちがいいもんだなァ! 馬鹿が死んで間抜けを殺そうとみィんな仲良く気違いだ! 狂奔(ラリ)ッて(ワヤ)って最ッ高に人間らしいよなァ! お高く止まった上流階級(ブルジョア)サマにお教えしてやれる機会を下さって、お前らみんなありがとうよォッ!」

「そうか」


 ぼくは人々を打ち払いながらも、前方にある避雷針となった金属錐を熱量操作魔法で溶かし、後ろから【矢】でぼくを刺そうとしてきた男に【閃雷(センライ)】を浴びせた。


「何度でも言うけどね。何度も同じ手が通用すると思うなよ」

「あーあ。せっかく澄ました雌ガキどもの無様な死に(ヅラ)拝めると思ったのによォ。やっぱ強ぇなァ魔人サマは」


 連邦王国では阿片が流行っているのは知っていた。それで身体を壊した人間を『施術』して路銀を稼いだことだってあるからだ。

 でもぼくの下に大金を貢いでやってくる上流階級の人々なんて連邦王国民の一握りに過ぎない。大多数の庶民は、もっと安価な麻薬があれば手を出すだろうし、ドロテアは寄生干渉魔法や法式札が()()に使われることを危ぶんでいた。

 なら、おそらく、この塹壕コートの男はそういった安価な麻薬を売り捌くことを生業としている寄生干渉属性の魔法使いで、そうであるならば手下の一人や二人や十人二十人抱えていてもおかしくない。


「君の言う通り、みんなおかしくなっている中で、一人だけ冷静な奴が後ろにいたら誰だって逆におかしいって思うさ」

「だから服用(キメ)とけっつったのに。やっぱ他人任せは駄目ってことか!」


 もうほとんどの人々が体力切れ――つまりは命の灯火を切らせて倒れ伏した通りを突っ走り、塹壕コートの男はぼくに向かって突撃してきた。

 なので、ぼくは銃剣を器械弓(クロスボウ)のように変形させて【矢】を番えていたコーディを睨みつけ、奴の持つ小銃の弾倉(クリップ)を熱量操作魔法で高温に引き上げ、小銃を暴発させた。

 一方で目を逸らしていた塹壕コートの男は、両手を上げた直立体勢でやっぱり通りに転がっていた。


「バレバレだって言っているだろ。ソーニャをあまり舐めるなよ」


 ぼくはそう言いながら、暴発した小銃から【矢】を拾って突撃しようとしてきたコーディを睨みつけ、視線に魔法式を乗せる。

 コーディは少しの間抵抗を見せたが、やっぱり最終的には両手を上げた直立体勢で倒れた。


 ソーニャに教えた魔法なのだから、ぼくが使えないわけがない。ただぼくにとって電気操作属性は燃費が悪いので、あまり使いたくなかっただけだ。

 自分自身の生体電流を操って自分を操り人形にする【自電(ジゴワット)】を他人に掛ける理屈で成り立っているこの魔法は、対象と術者の間の魔力量差が圧倒的でなければ成立しない。

 他人の生体電流を操作して対象を操り人形にする【糸電(ダンス)】と呼ばれるこの魔法は、直死魔術の一歩手前だ。相手の掌握した生体電流を高電圧に暴走させてしまえば簡単に殺せてしまう。

 でもやらない。やってたまるか。


「お前の負けだ。コーディ・ピーソーク大尉。中々手強かったけど、それはこのコート男の方だね。お前はただ、この無法者の後ろに隠れて慌てふためいていただけで、正直言って全然相手にもなりはしなかったよ」


 ぼくは言いながら、【矢】を持つコーディの右腕を伸ばした髪の毛の刃で切り飛ばした。

 さらに熱量操作魔法で兵服の着火点を超えるまで引き上げ、コーディの身体を火炙りにしてやる。

 服のどこかに【矢】を隠し持たれていたら怖いからというのものあるが、当然半分以上は意趣返しである。


「この街の市民は確かにぼくとソーニャを恨む理由も糾弾する権利もある。でもお前にはない。それにつけこんで、死ぬこと前提の法式札を配って捨て駒にするなんてどうやったらそんな悪魔的発想が思い浮かぶのか――知りたくもないな」


 このまま放っておいたら間違いなく死ぬので、ぼくはコーディに近づいて頭を鷲掴みにしてやり、寄生干渉支配を行った。

 喋ることができないコーディは魔力抵抗を行っていたが、男爵級と子爵級相当のぼくの魔力量では本気を出せば支配から免れることはできない。

 兵服の中には予備の弾倉(クリップ)などがあり、それらも暴発してコーディの肉体を抉り、全身に火傷を負ったが、治癒魔法をかけて絶対に死なないようにしてやる。


「いいことを教えてあげよう、コーディ大尉。ミシェル・グリッター准尉を御存知かな? いや、もう軍籍を剥奪されているんだけど、そっちの方が君にはわかりやすいだろう? そう、君の父上のキリールの元部下で、今追跡している光学操作魔法使いだ。

 彼女は魔人子爵に守られているからね。結構余裕があったようだったからね。実はこの戦いの始終を、光学観測魔法で遠距離からずっと観察していた。で、同時に【鏡影(ミ・レイ)】で君の父上に見せている最中だそうだ。

 なんでそんなことがわかるのかって? この街の、君が出てきたホテルの屋上に、ずっと光信号が送られ続けているのを知らなかったのかい? ん? そんなもの把握しながら戦えるぼくの方がおかしいって? そりゃ単に力量差の話で、頭の中身で言えば君の方がよほどおかしいよ。

 音声は通じないが、君が何をしでかしたのかはもうキリールは理解したらしいよ。大人しくお縄につくってさ。出来損ないの息子に対して献身的じゃないか。君の独断を守ってくれる気なんじゃない?

 じゃあそういうわけで、君に自殺でもされたら困るからね。この寄生干渉支配は解かない。ぼくは今から、ソーニャと一緒に正々堂々連邦王国軍の手近な基地に出頭して、君を引き渡す。いいよね? ソーニャ?」


 ぼくが振り返ると、ソーニャは隻腕の塹壕コートの男の頭を殴りつけて気絶させていた。


「こいつも共犯者だから連れて行く」

「そうだね。じゃあ、これは連邦王国の問題だ。後は向こうで片づけてもらおう」


 朝から散々な目に遭った。

 これからしばらく――下手をすると一生、ぼくとソーニャに向かって死ぬことを前提に襲いかかって来た市民の姿を忘れられず、夢に見るかもしれない。


「ソーニャ。もう一度言っておくけど、これは連邦王国の問題で、この馬鹿が勝手に暴走しただけで、ソーニャが気にする必要は、全然無いからね?」

「大丈夫」

「大丈夫な娘は泣かないよ」


 服の袖で目元を拭ったソーニャに、ぼくはできるだけ優しく声をかけた。

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